二章 リスと始める共同生活①
二章①
アメリアの朝は早い。
いつ
これまでは
(セドリック様がいるし、無理よね)
仕方がないと
そして朝食の準備をする。
(
昨夜、「俺はここで薬ができるのを待つことにする!」と宣言された。
よっぽど公爵家に帰りたくないのか、はたまたアメリアがきちんと薬を作るかどうか不安で見届けたいのか……。
──生活リズムを乱されているアメリアは早くも
いくら見た目が
「キュウ……」
「あ、おはようございます。セドリック様」
起き上がったセドリックは机に登り、サンザシの薬を
「おはよう。アメリア」
「朝食の準備ができていますのでどうぞ」
「ああ……、あ、ありがとう」
謝ったり、礼を言ってきたり……、小動物化したことによって気持ちも弱くなってしまったのだろうか。
割っておいたビスケットを
(可愛い……)
ほのぼのとした光景に
ついさっきまで世話をするのが面倒くさいと思っていたのに、クルミ入りのビスケットでも焼いてあげたら喜ぶかな、などと考えてしまう。これがペットを飼う
(……いやいや、相手は人間だし。ペットじゃないんだってば……)
「む? なんだ、さっきからじろじろと」
視線を感じたらしいセドリックが顔を上げる。
口元にビスケットの
常に
「いえ、なんでも……。あの、今日は薬の材料を探しに
セドリックはぴくりと反応する。
「薬の材料……、俺の
「もちろん解毒剤に必要な材料もありますが、パーシバル家で使う野生の薬草もそろそろ採りに行かないといけないので」
「お前一人で行くのか?」
「ええ。リンジーやキースはあまりやりたがりませんから」
「わかった。俺も一緒に行く。馬車や護衛は……、いるわけがないよな」
アメリアと一緒なんて
「では、食事を終えたら行きましょう」
大量に
昨日、町で買ったばかりの小麦粉を出し。
おやつにしている、こんぺいとうの
ずっと入れっぱなしになっていたハンカチとちり紙も出して。
それから、教会から引き取ってきた
「な!?」
カラーン! と音を立てて皿にビスケットを落としたセドリックが固まっていた。
「お、お前、その、
「瓶?」
「ど、どこでそれを手に入れたんだ」
セドリックの視線はアメリアの持っている薬瓶だ。安く買った瓶のくびれ部分に、黒猫の形に切った紙をラベルのように
「手に入れたも何も、これは私が個人的な用で使っている瓶です」
パーシバル家の品物として納品する薬は
なぜか瓶を見たセドリックはあたふたと
「個人的な用でとはいったい……」
「街に行った時に薬を売っているんです。お店に
「た、たとえば、……教会……とか?」
「ええ。昔、お世話になったことがあるので」
「世話に? ど、どういう
セドリックはやけに食いついてくる。
別に隠すようなことは何もないのだが、アメリアはちょっぴりためらった。
話していてそんなに楽しい内容ではない。
「私が
「そうだったのか。そんな
「ですので、代金の代わりとして薬を作ってお
「ん? ということは、パーシバル家に来る前からお前は薬が作れたのか?」
……しまった。
昨日の薬草の見分け方に引き続き、また余計なことを言ってしまった。
「え、ええ、まあ、独学のようなものですが」
「独学でできることではないだろう。
「あー、そうです。私、昔から
「なるほど。質の良い薬草を的確に見分ける才といい、お前はパーシバル家の血を
感心したようなセドリックに
セドリックは「なるほど。それなら、俺が──に行き出す前に『先生』がいたことの説明がつくな。古い知り合いだと言っていたし」と何やらぶつぶつ
これ幸いにとアメリアは立ち上がった。
「私、
手にした
セドリックは自分が医者の子だから、同じように薬師の子であるアメリアが幼い
きっと彼は幼い頃から、「
(別にいいんだけどね。聞かれたら正直に答えたって。だってこんな話、誰に言っても信じてもらえないと思うし……)
薬草の見分け方も薬の作り方もある人に教えてもらったこと。
彼女との話はあまりにも不可思議すぎて、誰にも言えていないだけだ。
*****
下町の、今にも
父親は「いない」家庭だった。
下町では
父親のことについてあれこれ考えるよりも、日々の生活費を
「アメリア、先に
テーブルにランプをつけ、
(こんな生活が続けば、お母さまは
母はアメリアを
医者にかかるお金なんてないし、薬は高価で気軽に買えるものではない。
(薬……)
うつらうつらとしながら考える。
(『これさえ食べていれば医者いらず』って言っていたけど、それって本当かな? 家中がすごいニオイになりそう。でも、効果があるなら
お医者さんがくれる薬じゃなくてもいい。
(そういう簡単なお薬って、自分で作れないのかな)
『──作れるぞ?』
『ぎゃああああ!?』
しまった、夜にこんな大声を出すなんて近所迷惑になる──慌てて口を
『えっ!?』
何もない真っ白な空間にアメリアは立っていた。
『こ、ここ、どこ!?』
『
『夢……?』
宙づりの女性はいつの間にか転んだアメリアの側にしゃがみこんでいた。
アメリアと同じ、ダークブラウンの
年は……二十代後半だろうか。若くて
『わらわはエリーザベト・F・パーシバル。エリザと呼んでくれ』
『はあ、あの、アメリアです……?』
自分の夢の登場人物に対して名乗りは必要だろうかと思ったが名乗った。
エリザと名乗った女性はアメリアのおでこをツン、と
『わらわの血を
『え……?』
『薬の作り方、知りたいのだろう? 教えてやろうか?』
『え? お、教えてくれるの?』
でも、薬って作るのが難しいんじゃ……。
(いつの間に?)
『ほれ。なんの薬の作り方が知りたい?』
『え、お、お母さまが元気になるような薬……?』
『「元気になる薬」か。それなら、フェンネルにホーステールが良かろう。摘んでおいで』
『摘むって、どこで……』
アメリアが
ちょろちょろと小川が流れ、木々は
『……夢ってすごい』
『ほっほ〜。すごいじゃろ、すごいじゃろ? そなたなら、必要なものが何か、わかるはず』
エリザの言う通り、アメリアの目は正しくフェンネルとホーステールを見分けられた。
サラダに使うフェンネルも、野に咲くホーステールも見たことのあるものだが、目が吸い寄せられるように材料を
アメリアが摘んだ材料をエリザは
『こうして刻んだ後、ごりごりごり〜っと。で、
『え、待って待って、もっとゆっくり』
『
『煮込めや煮込め、魔女の秘薬。マグワート、アトルラーゼ、スチューン、ウァイブラード、カミツレ、スティゼ、ウェルグル、フェンネル、タイム……』
『なにそれ?』
『「九つの薬草の
『知らない』
『ふーむ。ああ、もうよいぞ』
エリザは煮込んだ薬草の
『これで一番簡単な
『この時代?』
ふわっと宙に浮かぶ感覚がした。
気付けばアメリアの身体は浮いている。
『え? ええっ!?』
エリザや
(飛んでいってしまう!)
ジタバタするアメリアの手をエリザが摑んだ。
エリザは
『そなたに魔女の祝福を
『アレって何!?』
『よいか? 呪文は──』
耳元で
『あっ!』
エリザに手を
手を
薬草園もエリザの姿も遠ざかり、真っ白になって消えていく。
自分はいったいどうなってしまうのか──ぞぉっとして、不格好な体勢で暴れて、そして落ちた。ゴツンと頭をぶつけたのは固い
「痛ぁ……」
「……おはよう、アメリア。
顔色の悪い母が、
「ちょっと待って! そのフェンネル、食べないで!」
アメリアは家を飛び出した。
ホーステールはすぐ見つかった。
(さっきのは夢じゃなかったの!?)
──結果として、不格好ながら薬は作れた。
「アメリア、いったいどうしたの?」
急に薬を作り出した
「ううん。その、……夢で見たのよ」
「夢で?」
「うん」
「本当に? 誰かから教わったんじゃないの? 誰か──男の人、とか」
「え? 女の人だったよ?」
首を
「
アメリアは慌てて言い
(夢で見たって言っても信じてもらえないよね。変な子だと思われたら嫌だし、あんまり人に言わないでおこう)
そしてそれきり、エリザの夢は見ていない。
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