間章 セドリック、アメリアの境遇を知る
間章①
セドリックが十七歳の時に父が決めた
パーシバル
アカデミーに入学した彼女はめきめきと頭角を現し、成績は常にトップ、革新的な論文を次々に発表し、セドリックの父の目に留まった。「ぜひ、お宅の優秀なお
パーシバル家は
(優秀なアメリアを俺の嫁に。つまり、父上は俺に期待してくださっているということだ)
ちょうどその時期、父は
親族や一部の貴族の間では「フレディを養子にするのでは?」などと
もとより、貴族として産まれたからには家のために
だが、両家の顔合わせの時のアメリアときたら……。
「直接言葉を
「……よろしくお願いします、セドリック様」
三年前。友好的に差し出したセドリックの手をアメリアは取らなかった。
宙ぶらりんになった手が
パーシバル伯爵は
「も、申し訳ありません。アメリアは市井で暮らしていたせいで、
「いえ」
この場で
父も同様の考えのようだった。
「私が
「あ、ああ、そうですね。私もパーティーなどは
「でしょう? 我々オジサンでもこうなのですから、気負わずに
父の言葉にアメリアの表情は
そう。礼儀作法など追々覚えていけば良い。
ぼさぼさの頭は
きちんと、ちゃんと、しっかりしたら……。
婚約者との顔合わせの席でやる気のない格好をしているのは
「アメリア、良きパートナーになれるように共に努力していこう。その才で我がセスティナ公爵家を支えて欲しい」
ここは「はい、セドリック様!」と
「……。どうぞ、よろしくお願いします」
無表情にちょこんと頭を下げて、それだけ。
(それだけ!?)
まるで
……もっとも、アメリアの才能を
後日、とあるお茶会でリンジーと会った。
アメリアは当然のように欠席だった。セドリックとは元々顔見知りだったリンジーは浮かない顔で話しかけてきた。
「セドリック様、お気を悪くしないで欲しいのですけど……。お姉さまはあまり結婚に乗り気ではないみたいなんです」
アメリアが乗り気でないことは顔合わせの時から感じていたため、別段
「アメリアにとっては戸惑うことも多いのだろう。いきなり婚約者だと言われて、すぐに受け入れられない気持ちもわかる。彼女の心を開けるように俺も努力していくつもりだ」
「セドリック様……」
リンジーは感じ入ったように口元に手を当てる。かと思えば、その瞳に
「なんてお
「お、おい、どうしたんだリンジー!?」
何事かと周囲の視線が集まり、急いで彼女をその場から連れ出す。
「どうしたんだ。急に泣き出すなんて……」
「……すみません。実は昨日、お姉さまにセドリック様との仲を
感情が高ぶって泣いてしまったらしい。
しかし、アメリアはそこまで俺のことが気に入らなかったのか?
妹に婚約者を譲ろうとするくらいに?
セドリックの自尊心にヒビが入る。
「そればかりか、わたしたちとは口も
「……いや。確かに引きこもっているのは問題だな。セスティナ家に
「ええ……。あの、お姉さまのこと、
涙を
セドリックの目には
セドリックは次に会った時にアメリアに注意した。「きみは俺のことが好きじゃないのかもしれないが、社交の場ではそれなりの態度でいて欲しい」と。
「それなりの態度、とは?」
アメリアはちょっとだけ首を
相変わらず無表情で
「まずは場に
口数の少ないアメリアは暗く見えがちだ。それだけで周囲に
貴族社会での処世術とでもいうべきセドリックのアドバイスに、アメリアは
「はあ、わかりました」
「……だから、その……、笑ってみろ」
アメリアの
「……こう、ですか?」
に"っ"こ"り"……。
「いや……、そうじゃない……! なんだその顔は!」
「申し訳ありません」
「申し訳ないと思っていないだろう! と、とにかく、今度の茶会にはきちんと顔を出すように。あと、先週の夜会を欠席した件についてだが……」
──こうして口うるさい婚約者セドリックと、それを
アメリアは何度注意しても身なりを改めず、不愛想で、婚約者
今となっては本当に申し訳なく思っている。
知らなかったのだ。アメリアがこんな目に
*****
カチャ、カチャ、と皿とカトラリーが
アメリアが夕食をとっている様子を、セドリックは彼女の
夕食に同行すると言ったセドリックを隠すため、アメリアは
彼女の席はなぜか家族から離されている。
長テーブルの上座にパーシバル伯爵が座り、夫人と妹弟は向かい合わせに。
そこから二つも空席を作られた末席にアメリアはいた。なんという
(だが、一応ちゃんとした食事を
意地悪をされてまともな食事にありつけていないのではないかという
「ところで姉さん。どうして今日はショールなんか巻いているの? 珍しいね」
キースの口調は姉を
何も知らなければ言葉通りに受け取っただろう。
だがしかし、こいつはついさっき書庫でアメリアに暴力を
(よくも平然としていられるな!)
「少し、寒気がするの」
アメリアはいつも通り、淡々とした
「ふーん。
「やだぁ、うつさないでくれる? 具合が悪いなら大人しく引きこもっていてよ」
リンジーは
(リンジーめ、なにが『お姉さまはわたしたちとは口も利きたがらなくって……』だ。こんな態度をとられたら
そしてパーシバル夫人はアメリアの部屋に乗り込んできた時とは
「リンジー、キース。あなたたちのお部屋のカーテンを新調しようと思うのだけれど、何色がいいかしら?」
「僕はお父さまの部屋のものと同じがいいです。
「あらまあ、キースったら。あれは特注品よ。あれは確か、わたくしが嫁いだ年に作ってもらった品でしたわよね。アナタ?」
「ああ」
「ふふっ、キースの部屋にはまだ大人っぽすぎるのではなくて?」
「そんなことないよ。リンジー姉さんはいつまでも僕を
楽しげな家族の会話にアメリアだけが加えてもらえない。
アメリアの表情は窺えないが、呼吸が乱れた様子も、身じろぐ様子もなかった。彼女がこの
(こいつら全員どうかしている!)
いい年をした大人が
特に伯爵! お前にとっては血を分けた娘だろう!
セドリックは自分が
(アメリアはいつもこんな扱いを受けていたんだな……)
キースやリンジーはアメリアが家族から
なぜ俺に相談しなかったのかと思ったが、言えるはずもない。
がみがみと口うるさい婚約者に相談する気にはなれなかっただろうし、リンジーやキースからアメリアの悪い話ばかり聞いていたセドリックは明らかに冷たい態度をとっていた。もっと彼女のことを知ろうと努力していればと思うと
食事を終えたアメリアは手を付けずにいたパンをナフキンで包みだした。デザートに出されていた皮付きのブドウの皿も手に取る。
「すみません、こちら、夜食用にいただいていきますね」
家族からの返事はない。
無視され慣れているらしいアメリアはそのまま立ち上がった。
(ようやく帰れる)
最初にアメリアの離れを見た時は「こんな
しかし、退席しようとしたところをパーシバル夫人に呼び止められた。
「待ちなさい。あなた、まさかペットに
「!」
セドリックはぎくりとした。
ペット? とリンジーとキースが
「お母さま、ペットって何のことですの?」
「アメリアは
「あはっ、友達がいないから動物を飼い始めたの? みじめねぇ」
「ああ、そういうことですか。書庫で会った時にぶつくさ喋っていると思ったら、もしかしてポケットにでも入れて連れ回していたんですか?」
まずい。
セドリックは身を固くした。
アメリアにひどい仕打ちをするような
「申し訳ありません。すぐに捨ててまいります」
やはりアメリアは冷静だった。感情を殺したような声で話す。
波風を立てないようにするのは心得ているかのようだった。だが……。
「あら! 捨てろと言ったのにまだ飼っていたの!?」
「あ……。申し訳ありません」
珍しく失言したアメリアにキースが優しく声を掛ける。
「やだなあ、母さま。姉さんのお友達なんですから、すぐに追い出してはかわいそうですよ」
「わたしもリスちゃんが見たいわ。お姉さま、ここに連れていらしてよ」
「……すぐに追い出します」
失礼します、と頭を下げたアメリアが足早に退席しようとすると、
セドリックは
「そのリスちゃん、追い出すのなら餌を持っていく必要はないんじゃなーい?」
ぐちゃっ。
ブドウの実がリンジーのヒールに
「……これはリスの餌ではなく、私の夜食です」
「あら、そうだったっけ? あははっ、ごめんなさーい」
ヒールを
「お姉さまの餌を踏んだせいで
(この
セドリックは激高したが、アメリアは放り出された靴を
「……わかりました。洗って
(なぜ引き受けてしまうんだ! 断れ!)
セドリックの心の声がアメリアに聞こえるはずもなく、一人と一匹はダイニングルームを出る。セドリックの
「あのー、やはり我が家から出て行かれた方がよろしいかと思うのですが」
「…………」
「ここにいてもろくな目に遭いませんよ。家族に見つかったら何をされるかわかったものではありません」
アメリアの言葉をセドリックはショールの中でじっと聞いていた。
「セスティナ公爵には私から事情を説明しましょう。
セドリックはすぐに返事ができなかった。
こんな状況で暮らしているアメリアのことを知ってしまった以上、自分だけ安全な場所に帰ってぬくぬくと暮らすのもどうかと思う。
彼女を家族の危害から守ってやりたい。
しかし、今のセドリックは小さなリスなのだ。キースたちがペットのリスにひどいことをしてアメリアの心を傷つけてやろうと考えていてもおかしくはない。
このまま居ついてアメリアの手を
「……考えさせてくれ」
「ええ、そうしてください」
ほっとしたようなアメリアの声。やはり、ここにいるのは迷惑なのだろうか?
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