一章②
なにやら必死の形相で窓を開けて欲しいと
「どうしたの、リスさん。犬や猫にでも追われていたの?」
野生のリスなんて珍しい。
飛び込んできたリスはキューキューとアメリアに向かって鳴いた。しきりに手を動かし、何かしらのジェスチャーをしている。
「ずいぶんと人に慣れているのね?
芸でも仕込まれていたのかと思うほどに表情豊かなリスだ。
「キューッ!」
「ええと……。それ、なんのポーズかしら……。お
「キューッ!」
「違う? お水? あ、
「キューッ! キューッ!」
違う、違う! と言いたげにリスは首を
リスは
小さな手でCの文字をばしばしと
「C、E、D? R、I、C……、セドリック?」
そして、M、Eを差した後に自分を指差す。まるで自分がセドリックだと言わんばかりの
「セドリック様? えっ、セドリック様なんですか?」
キューキューと鳴いたリスは何度も
「これは古代
アメリアが
そして、もだもだと転がりだす。
「ああっ、リスさん! 勝手に飲んではダメですよ、動物には
「げほっ、げほっ! こんなおかしな薬を研究しているとは、信じられない女だなまったく……はっ! こ、声が出せる!」
なんと、リスはセドリックの声で喋り出したのだった。
*****
つぶらな
こげ茶の毛に
「あのう……。本当にセドリック様ですか? いったい、どうしてこんな……」
お可愛らしい姿に?
セドリックだと名乗るリスは
「知らん! お前が帰った後、俺も具合が悪くなって帰ったんだ。今思えば、あの時飲んだワインの味は少し
パニックになったセドリックは、たまたま部屋を訪ねてきた
『リス? いったいどこから入ってきたんだ?』
『キュッ! キューッ!』
『はっはっは。その
『キュ、……ッ!? ……!!』
『ほら、お
『キューッ! キューッ! キュウウウウ!!』
―― 説明の余地もなく、窓の鍵をガチャンと閉められ、追い出されてしまったらしい。
「それで……、行く当てもなく私のところにいらっしゃったと? というか、私がこの小屋に住んでいるってご存じだったんですね」
「リンジーとキースから聞いたことがあったからな」
フンとセドリックがそっぽを向く。
喋れるようになったリスの声も口調もセドリックそのものだ。
「お前は薬学の専門家だろう。もしも俺に毒が盛られていた場合、お前なら解毒できるかと思って―― いや、待てよ? お前か? お前が俺に毒を盛ったんだろう!」
「まさか!」
いきなり悪者
「私は帰れと言われてすぐに帰ったんですよ。セドリック様に毒を盛ることなんてできません」
「ではなぜ見計らったかのようにさっきの薬を出したのだ。事前に用意していたんじゃないのか! 俺を……こんな姿にして、
「……復讐?」
「お前につらく当たってきたことを
そんなことを言われても困る。
「……残念ですが、私は何も知りません」
「ふざけるな、なんとかしろ! 『
パーシバル家は魔女の家系。
社交界ではそう
「そんなの、ただの
ご先祖さまたちは研究熱心で、
暗い部屋で
「魔女や
「お、俺だって信じているわけではない! だが、現に俺はリスにされたんだ!
「リスを人に戻す薬なんて作ったこともありませんし、いきなり言われてもわかりませんよ……」
混乱しているらしいセドリックは無茶苦茶なことを言っている自覚もないらしい。アメリアは
「ともかく、調べてみるだけ調べてみます。セドリック様はお屋敷に帰ってご家族に事情を説明してはいかがです? とりあえず話せるようにはなったわけですから」
「それは」
やかましく喋っていたセドリックは口ごもった。
口元を押さえ、ぱくぱくと開け閉めしたかと思うと、「キュウウゥゥ……」という鳴き声が
「セドリック様?」
「…………キュ……」
「あ、もしかして薬の効果が切れたんでしょうか? もう一度舐めますか?」
アメリアが先ほどの薬を
「馬鹿な……こんなことがあってたまるか……」
「薬は一定時間しか効果がないんですね。もう少し
「ふざけるな……俺、俺は、一生この野ネズミのような姿なのか……?」
悲しみに打ちひしがれる姿はやや
「セドリック様、元気を出してください」
「…………」
「ひとまず……、公爵家に
ここで
だが、セドリックは首を振った。
「やめろ。家に連絡は入れるな」
「なぜです?
「いいからやめろ、やめてくれ。こんな訳のわからん
セドリックは
「そうですか……。では、えっと……、庭にブナや
「は? お前は婚約者を外に放り出すつもりなのか? こんな真夜中に!」
「え? だって……」
アメリアを嫌っているセドリックのことだ。
同じ部屋で過ごすなんて
「追い出そうとするなんて
「…………」
「わ、悪かった。すべて俺が悪い。……
アメリアが何かを言う前に、セドリックは土下座した。
これまで冷たく当たってくるセドリックのことは苦手だと思っていたし、リスの姿になったところで知ったことではないが、つぶらな瞳ともふもふのしっぽに
「わかりました。でも、文句は言わないでくださいね」
「文句を言いたくなるような
「それは私ではなく……、いいえ。なんでもありません。とにかく今夜はもう
「そうだな。……そうでないと困る。明日は朝一番にオイゲン
王宮医としての仕事のことを思い出したらしいセドリックは頭を
アメリアは部屋にあったカゴの中にハンカチやタオルを
「どうぞ」
「……すまない……か、感謝する……」
小声でぼそぼそと礼を述べたリスは、意気
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