一章 非日常は突然に

一章①


 王宮からの馬車を降りたアメリアは、よごれたねずみ色のドレスをよっこらせとたくし上げてパーシバル家の門をくぐった。

 門を入ってすぐにむかれてくれるのは美しい庭園だ。庭師によってきちんと手入れされたはなぞのは、おとずれる客人の目を楽しませるように計算しつくされている。

 その庭園をり、げんかんへと向かう道をれ、アメリアが向かうのはしきの裏手。

 人に見せるための表の庭園とは打って変わり、こちらははくしゃく家のプライベートゾーンとなっている。

 まずは実用的な畑。食用のバジルやディル、サラダに使うチシャの葉やプチトマトが実っている小さな畑は料理人たちが管理しているものだ。

 そして温室。野生ではることが難しい、めずらしい薬草を育てている。 こちらも使用人たちによってらすことのないようにきっちりと管理されている。

 さらにその奥。

 農具などが置いてある倉庫をはさみ、パーシバル家のすみの隅にはかくてき新しい小屋が建てられていた。

 築五年。夏はあつく、冬はすきかぜの多い

 ……ここがアメリア・パーシバル伯爵令嬢、、、、 の自室である。

 かぎすらもない部屋に入ると、まず鼻につくのは薬草のにおいだ。部屋の上部に張ってあるあさなわには根元をしばった薬草がずらりとるしてある。

 作業用の机の上には小型のかまと試験管。

 手が届くたなには、にゅうばちかんそうさせて小分けにした薬草をしまっている。

 薬やかんったストーブに火を入れたアメリアはねずみ色のドレスをてた。固いヒール付きのくつをぽいと放り、ほんていの使用人たちによってぎゅうぎゅうにげられたかみも解いてしまう。

 部屋着にえて白衣を羽織るころには湯がいた。

 その湯を使ってネトルとカモミールのハーブティーをれる。心が落ち着くお茶を飲んだアメリアはようやくひとごこつくことができた。


「……やっぱり、パーティーは苦手……。学会や発表会の方がましだわ」


 白衣さえ羽織って立っていれば格好がつくような場とはちがい、四六時中品定めをされているようなごこの悪さを感じてしまう。


(それは、私がきっすいの貴族の生まれじゃないからかもしれないけど)


 この家で血のつながりがあるのは父しかいない。

 アメリアは父がうわ相手に産ませた子どもだった。

 妹のリンジーとは一歳しか年が違わない。正妻の座は良家の出だったままははで、アメリアとしがない商家の出だった母はにんされることもなくせいで暮らしていた。

 しかし、五年前の冬――アメリアが十二歳の時に母が病でくなり、父に引き取られることになった。アメリアの生活は一変してしまった。

 いきなり家族の一員になった「むすめ」に、継母と彼女の子どもである妹弟きょうだいが反発するのは当然のことだろう。さらに、その娘が市井で暮らしていたくせに薬学の才能があり、入学したアカデミーでもすぐに学年トップになったとなれば、おもしろくない存在に決まっている。

 冷たく当たられ、はくがいされるようにこのはなれに追いやられたが……、彼らにとっては幸か不幸か、勉強しかやることがなくなったアメリアは飛び級で卒業してしまった。今は薬師である父の仕事を手伝うかたわら、研究論文やレポートを学会で発表させてもらいながら生活している。

 アメリアは机に積まれた研究書を手に取った。

 この部屋にある本のほとんどはセドリックの父、セスティナこうしゃくおくってくれた本だ。

 アメリアは王家のを務めている公爵からは気に入られていた。理由はわかりやすい。

 アメリアが「ゆうしゅうだから」だろう。

 医者の家系であるセスティナ公爵家の一人むす、セドリック。

 薬学の家系であるパーシバル伯爵家の長女、アメリア。

 植物をわせてより良い品種を作り出すかのように、優秀なあとぎを産むことをアメリアに期待しているのだ。だが、セドリックは……。

 アメリアが論文を出せば出すほど、研究に打ち込めば打ち込むほど、彼はアメリアに冷たく接するようになっていった。

 おそらく彼が求めているのはもっと可愛かわいらしい女性なのだ。

 セドリックの半歩後ろを歩き、常に彼に称賛と尊敬の目を向け、れいじょうらしくれいなドレスに身を包んだリンジーのような……。

 年中ぼさぼさ頭で薬草くさいアメリアは、はっきり言ってきらわれていた。

(私もセドリック様のことは苦手だし、嫌われていたって別にいいけど)


 家のためのけっこんなんてこんなものだろうか?

 ただでさえ仲の悪い二人が結婚したところでまともな家庭なんか築けそうにない。ギスギスした、けんの絶えない居心地の悪い家になりそうだ。そうまでして優秀な血筋を残したいと考えているならおそる。

 しかし、再三こんやくを辞退したいと申し出てもセスティナ公爵が折れてくれなかったので、アメリアはもうすっかりあきらめていた。結婚なんてこんなものだと自分を納得させる。折れないセスティナ公爵の心を変えようと働きかけ続けるほどのガッツはアメリアにはなかった。

 王宮での一件は頭のかたすみに追いやり、研究書を読むのにぼっ

とうしていたアメリアだったが――真夜中近くになり、異変に気が付いた。

 カタカタ、カタカタと聞こえるしんどうおん

 本から顔を上げて首をかしげる。


「……風?」


 それにしては小刻みだし、一方向からしか音は聞こえてこない。どうやら窓をさぶられているようだった。


(外にねこでもいるのかしら)


 気になったアメリアは音が聞こえる窓のカーテンを開けた。

 くらやみの向こう側にランプの明かりを近づけると……。


「まあ……」


 そこにいたのは可愛らしい野リスだった。

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