リスになってしまった婚約者が、毛嫌いしていたはずの私に助けを求めてきました。
深見アキ/ビーズログ文庫
序章 アメリアの日常
「きみみたいな女が
冷ややかに
「……。申し訳ありません」
「申し訳ないなんてちっとも思っていないだろう!」
ここはディルフィニア国、王宮。
きらびやかにシャンデリアが
そんな将来有望な青年が婚約者に対して
セドリックは声のトーンを落としながらもアメリアを
「だいたい、王家
「え、いえ。別にそういうつもりでは」
「じゃあどういうつもりなんだっ。なぜ俺が事前に
「当てつけ?」
「俺が選んでやったドレスは気に食わなかったとでも言いたいんだろう!? だが、きみの好みに反していようとも、こっちはきみが少しでも会場で
んだ」
愛らしいペールピンクに、大人びたライラック、
アメリアのねずみ色のドレスは明らかに悪目立ちしている。ダークブラウンの
セドリックは早口で
「きみは俺のことが
「…………」
人目があるためか、一応は敬意を持って「きみ」と呼ばれていたセドリックからの
確かにセドリックからは夜会用のドレスが贈られてきた。
だが、ちょっとしたトラブルがあって着られなくなってしまった。
クローゼットにはこのねずみ色のドレスしかなかった。
……そう
ここまで
結局、アメリアは誤解を解こうとする努力よりも、この場を収めることを選んでしまい、もう一度「申し訳ありません」と口先だけで謝ってしまう。
セドリックからの返事はなかった。
二人の間には冷え冷えとした空気が流れる。
そこへ、タイミングを見計らったかのように明るい声が
「ああ、いたわ! お姉さま、セドリック様~!」
プラチナピンクの髪にぱっちりとした瞳の令嬢と、同じくプラチナピンクの髪を耳にかけた利発そうな美少年が
二人はアメリアの異母妹弟だ。そのため、容姿はアメリアとはまったく似ていない。
近寄ってきた二人に対し、セドリックは打って変わって親しげな態度を見せた。
「リンジー、キース。来ていたんだな」
「ええ、もちろんです。姉一人では心配ですし、……もしかして、僕たちがいない間に姉がまた何か失礼な態度をとってしまいましたか?」
「……いや。ドレスのことで少しな」
「アメリアお姉さまったらせっかくセドリック様がドレスを贈ってくださったのに、こんな
「パーシバル家の者として、姉に代わってお
キースがかしこまった態度で謝罪した。
あどけなく、
それが逆にセドリックには
「ふっ。十三歳とは思えない大人びた態度だな?」
「すみません。失礼でしたか?」
「いいや。パーシバル
セドリックはキースがお気に入りだ。
二人の会話をぼんやりと聞いていると、アメリアの
振り返ったはずみでぼとりと
リンジーがアメリアを指差す。
「やだ、お姉さまったらドレスが
腰の部分にクリームチーズがべったりと付着してしまっている。
「いったい、どこでくっつけられたのかしら?」
「気が付かずにぼうっとしているなんて……。姉さんは本当に注意力
心配するそぶりを見せながらも二人の口元は笑っている。どう考えてもリンジーにしかできない犯行だが、二人はアメリアが反論してこないとわかった上でやっているのだ。
そんなリンジーはレースでたっぷりと
「お姉さま。わたしが
リンジーがかがむ。その様子は周囲の男性の視線を
「――あれは、パーシバル伯爵家のリンジー
「それに比べて姉の方は……」
「人前で妹にドレスを拭かせるなんて
そんな
「あなたがそんなことをする必要はないわ。自分で拭けます」
しかし、これは良くない対応だったらしい。
「ご、ごめんなさいっ、お姉さま……!」
びくっ、と大げさに身を
「なんて冷たい姉だ……」
「
丸聞こえのひそひそ話に
公爵家の嫡男らしいスマートな対応だった。
好んで悪しざまに言われたいわけではないので、アメリアも心持ちほっとして「ありがとうございます」と礼を言おうとした。だが、
「アメリア、今日はもういいから帰れ」
これもよくあることだ。アメリアは最後までパーティーに参加できたためしなどない。
しかし、今日は参加した目的があったために反論する。
「わかりました。ですが、セスティナ公爵にご
セスティナ公爵というのはセドリックの父だ。
「父には体調不良で帰ったと伝えておく。そんなみっともない格好で会場をうろうろするな。
「…………」
「えーと……。あっ、そうだ、セドリック様! 姉の代わりと言ってはなんですが、僕がお父上にご挨拶させていただいても構いませんか?」
二人の間に、空気を読んだ顔をしたキースが割り込んだ。
リンジーまで甘えた声で加わる。
「あら。キースったらずるいわ。セドリック様、わたしも連れていってくださいませ」
ぴりりとした空気が二人によって
「ああ、そうだな。アメリアの代わりに二人に来てもらおう」
「はい。お姉さまは先に帰って、すぐにドレスを洗った方がいいわ。
リンジーは親切めかしてアメリアの帰宅を
「姉さんの代わりは僕たちがしっかり務めますから」
キースも
アメリアは人波に消えていく三人を見送る。
渡されたセドリックの上等なハンカチではなく、自分のハンカチで汚れたドレスを拭いた。来たばかりだというのにすごすごと王宮を後にし、馬車に乗り込む。
こんなふうに
別に、今さら悲しむような気持ちはないけれど……。
「……リンジーがセドリックと
そうしたらすべてが丸く収まるのに。
リンジーはあからさまにセドリックに気があるし、セドリックも地味女よりも可愛いリンジーと
だが残念なことにセドリックの父、セスティナ公爵は「アメリアを」とご指名なのだ。
格下のパーシバル家は従うしかない。
やれやれと肩を竦めたアメリアは背もたれに身を預けて目を
……ああ、早く自分の部屋に帰りたい。
小さな自分の部屋だけがアメリアにとって
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