EP.057 エリュシオンライン
「──まず前提の確認だが、俺達はあの謎の声による指示でエリュシオンラインとやらに向かわなければならない……これはハルカもわかっているよな?」
クロウの確認に、神妙な表情でハルカは頷きを返す。
「もちろんです。あの声──母体型ガイストを倒した後の夜会で私達に話しかけてきた超常の存在と思われる声が、エリュシオンラインに向かえ、とそう言いましたよね」
母体型ガイストとの激闘を制した後に行われた戦勝記念パーティーにて、クロウとハルカを相手に話しかけてきた謎の声。
時間を停止するなどの超常的な力を持つそいつが、クロウ達に対しエリュシオンラインに行けと命じたために、クロウとハルカはカメロットを飛び出したのだ。
「なぜあの声がそんなことを命じたのかはわからないし、向かったところで俺達になにをさせたいのかもわからない……ともすれば、母体型ガイストと同等か、あるいはそれ以上の脅威が待っている、なんて可能性も零じゃないだろう」
「もちろん、私もその点は理解しています。しかしあの声が私達にそれを告げた以上、それは私達に何かをさせたいということで、そしてそれが私達の使命だと私は思うんです」
ハルカが、そう使命感を滾らせた眼差しで言う。
そんなハルカをクロウは見返しながら「そうだな」と頷き、
「まあ、なにが待っているかは実際に現地へ向かえばわかる。それよりも、だ」
と、そこでクロウは一度言葉を切る。
数舜の沈黙を置いて、自分の言いたいことをまとめたのだろう、クロウが顔を上げ、そしてハルカを見やった上で──それを告げた。
「──そもそもの話なんだけど、エリュシオンラインってなんなの?」
瞬間、ずっこけるような仕草をするハルカ。
「く、クロウさん、エリュシオンラインのことを知らないんですか⁉」
やや大袈裟なぐらいの声量でそうハルカが驚きを露わとする。
いや、あるいは大袈裟ではないのかもしれない。
それこそこの世界の住民ならば、誰もが知っていてもおかしくないことをクロウは問いかけたのだろう。まじまじとしたハルカの視線が突き刺さる。
「あー、すまん。知らないから教えてくれるか?」
自分がこの世界の常識に疎いことを自覚しているクロウは、それを恥じて知ったかぶろうとはせず、素直にハルカへと教えを請うた。
やや困惑を浮かべながらも、クロウからの頼みにハルカは真剣な眼差しで応える。
「は、はい。わかりました。では、エリュシオンラインについて説明さていただきます」
そうして彼女は、エリュシオンラインとはなんなのかを教授しだした。
「エリュシオンラインとは、大陸の東へ向かった先にある
「ギガストラクチャ?」
オウム返ししたクロウの言葉に、ええ、と首を縦に振るハルカ。
彼女は右手の指を立てる動作をしながら、落ち着いた声音でそれを教えていく。
「超古代文明の人類が建造した建造物群のことです。その多くは現代では建造不可能な代物であり、エリュシオンラインはそのなかでも特に大きなものとなります。その規模は星を東西に──東半球と西半球に分断しているほどなんです」
「分断って……つまり、この星はそのエリュシオンラインっていう巨大建造物群によって真っ二つに分けられているってことか?」
驚きを露わにしながら問いかけたクロウに、ハルカが大きな頷きをもって返す。
「その通りです、クロウさん。私達がいるのは星の西半球側。対し東半球側はそのエリュシオンラインによって旧時代の大崩壊以来、いまだ人類は到達することができていません。文字通り、星を東西に分断し、その行き来を妨げているのがエリュシオンラインなんです」
そして、
「エリュシオンラインの突破は人類の悲願でもあります。それこそ13次にわたって、攻略隊を送り、その過程で十万人の人間が犠牲になってもなお止められないぐらいの」
存外、規模の大きな話が出てきて、クロウが圧倒される中、指を左右に振る動作をしながらハルカはさらに言葉を続ける。
「ですが、エリュシオンラインには大量のガイストが群生しています。特に対空砲型ガイストの砲撃により、航空機の多くが撃ち落されるため、空からは突破が不可能。よって攻略は内部からとなりますが、そこも膨大なガイストに阻まれ、ロクに進まないという現状でして……」
「??? 聞くにあまりにも危険な場所なんだが、そこをなぜに人類は突破したいと考えるんだ??? 一部の酔狂な人間以外にそこへ立ち入ろうとも考えなさそうな場所なんだが」
一般的な常識として、人は自分の命を粗末にはしたくないものである。なので、クロウとしてはよほど酔狂な人間以外は、とても立ち入ろうとは思えない場所に感じた。
そんなクロウの発言に、ハルカも表面上は同意するような態度をとって、
「クロウさんの言う通り、本来なら、そこへ立ち入らない方が犠牲者も出さず、平穏無事で済むでしょう……ただし人類がこのままだと行き詰るという事実を抜きにすれば、ですが」
「人類がこのままだと行き詰るだって……?」
神妙な表情を浮かべ呟いたハルカの言葉を、クロウもまた口にしながら彼女を見る。
眉根を寄せ、真剣な眼差しでクロウを見るハルカは、それこそこの世界に住まう人類の代表として異世界人であるクロウに、それを告げた。
「人類は現状、エーテルを生成するジェネレーターとそこから生み出されるエーテルによって生活しています。それはそこ以外でほぼ物質の生産ができないことに起因しているんです」
言って、視線を周囲に向けるハルカ。彼女が見やる先で広がる運び屋たちの街。
そこに立ち並ぶ建造物群と──さらにその先にあるうっそうと生い茂った木々。
「この場所はまだ緑豊かですが、大陸のそのほとんどは荒れ果てて草木も生えていない荒野と化しています。一部では砂漠化も始まっており、また旧時代の大崩壊が原因とみられる土壌汚染によって、ほとんどの地域で農作や畜産などができない状況です」
……思った以上に深刻だった。どうやらこの世界は相当追い詰められた世界らしい。
「なるほど。この世界はかなり窮地に陥っていると、そういうわけか」
「ええ。ですので、緑豊かでまだ資源が存在するとされる東半球側への到達はこのまま緩やかな絶滅を迎えようとしている人類を救うためにも必要なことなんです。そこへの通行路を形成できれば、あるいは人類はシティという場所に囚われず生活できる……かもしれない、という程度の話ではあるのですが、そう夢見られているんですよ」
最後に、苦笑をうかべてそう言葉を結んだハルカに、クロウはぱちぱちと長時間説明してくれた彼女の言葉を賞賛しつつ、その上で本題へと話を戻す。
「エリュシオンラインってのの概要はわかった。その上で聞くんだが、そのエリュシオンラインに俺達が行く方法はどんなものがあるんだ?」
ハルカのことだ。必ず答えてくれるだろう、と期待の眼差しを向けて問いかけたクロウに、ハルカもそんなクロウを見返して、深く頷く動作をした。
「まず前提として私達がエリュシオンラインに行くには次の第14次攻略隊に参加する必要があります。ただ、前回の13次攻略隊があまりにも被害を出したので多くの勢力ではもう一度エリュシオンラインを攻略することへ及び腰となっていると言われているんですよね……」
「おいおい、それは困るぞ。あの謎の声はエリュシオンラインに行けっていったんだ。なら何としても行かないといけない。それとも許可なんて得ず、不法侵入同然でそのエリュシオンラインへと行くとかそういうつもりか?」
眉根を潜め、そう懸念を口にするクロウ。
だが、幸いにしてハルカはそんなクロウの懸念にかぶりをふることで払拭する。
「ご安心ください。現状においても積極的にエリュシオンラインの攻略を支持している勢力がいます。その勢力に取り入れば、あるいはなんとかなるかもしれません」
さすがにあの謎の声も、クロウがまったくなんの手立てもないようなことに挑戦させるほど理不尽な存在ではなかったらしい。
エリュシオンラインの攻略にいまも積極的な勢力がある、と告げたハルカ。
その勢力の名は──
「──〈
都市連合、帝国、その二つの勢力に匹敵するもう一つの勢力。
そんな企業同盟こそが、クロウをエリュシオンラインに導く存在だ。
☆
と、長々外で話していたクロウとハルカだが、二人はそこで一度会話を中断する。
往来のど真ん中で会話をするのは通行人の迷惑だし、そうじゃなくても長い時間〈ラーヴェ〉で飛行していた疲れもあるので、一度ホテルに向かおうという話になったのだ。
向かったホテルはさすが副ギルドマスターであるキャシーが用意しただけあって街の中でも一等地にある場所だった。
話はすでに通っていたのか、すぐに入るなりすぐ部屋へ案内されたクロウとハルカ。
しかし、部屋へ入った瞬間、二人はその場で固まることとなる。
「げっ」
「えっ」
クロウが顔を引きつらせ、ハルカは驚きに口元を覆った。
客室におかしなところはない。間取りも、設備も、備品すらありきたりなホテルのそれだ。
ただ、その寝室。そこに置かれていたベッドが──
「なんで、ダブルベッドなんだよ⁉」
この瞬間、クロウはキャシーに嵌められたことを理解した。
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しばらく、月・水・金の週3更新になると思います。
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