2章〝唯一たる業を極めよ、さすれば万象に至らん/海の華〟
EP.055 ゼロから
みなさんお待たせしました。更新再開いたします。
本日2話更新。こちらその1話目となります
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企業同盟所属の傭兵メルは、アリーナの試合を観戦するため試合会場に足を運んだ。
同盟所属の各企業が威信をかけて製造したFOF同士を戦わせるアリーナ。
いわば、企業達の公開コンペと言えるそれへの熱狂はすさまじい。
各地では試合開始をいまかいまかと待ち望む人々の高まりが感じられ、試合の勝敗を賭けてでもいるのか、先ほどからブックメーカーが盛んにオッズの変動について叫んでいる。
「オッズは96倍! オッズ96倍だよ! 今夜の挑戦者! ヴァルゴ社の選手の倍率は96倍! 相手はあのアリーナランク第9位〈テルミナートル〉ネウダ・スプラッシュだ! この機会に大穴を狙ってヴァルゴ社の方に賭けてみないかい⁉」
と、周囲へ営業をかけるブックメーカーだが、彼の望むようにヴァルゴ社側へ賭けようというもの好きはあまりいない。
「オッズが96倍ってことは、それだけヴァルゴ社側が勝つ可能性が低いってみつもられているわけだもんね」
おおむね、あの手のブックメーカーと言う奴は、あり得ない方の可能性に高倍率を賭けるものだ。ここにいる人間もそのことを分かっているのか、一部の酔狂な人間を除けばヴァルゴ社側に賭けようなんて人間が現れるわけもなく。
「まあ、当然か。相手はあのアリーナ第9位。史上最悪と言われた第13次エリュシオンライン攻略隊の生き残り。順当に考えて、そちらが勝つと考えるのが当然だもん」
ぽつぽつ、と独り言をつぶやきながら、彼女は座席の上で足を抱える。
身を小さくするようにして座る彼女の目の前では、選手の入場が始まっていた。
『さあ、お待たせしました! ただいまより今期アリーナ第一試合!
司会役の男性がマイク越しに大きな声で叫ぶと同時、メルから見て左手側から一機のFOFがすさまじい勢いで入場してくる。
『おおーっと! さっそく現れました! 所属はキャンサーカンパニー! 史上最も犠牲者を出したとされる第13次エリュシオンライン攻略隊に参加してなお生き残った、猛者! アリーナランク第9位! ランカーコード〈テルミナートル〉のお出ましだァ‼』
流線型を多用した細身の見た目が特徴的な
本来なら後背武装を搭載する背面に、大型の増設ブースターを載せたその機体の銘〈テルミナートル〉──アリーナランク第9位に名を刻む猛者ネウダ・スプラッシュの愛機だ。
背面のブースターを吹かし、超高速機動でアリーナ内を駆け巡った〈テルミナートル〉は、そのままいっさいのブレがない綺麗な着地を見せ、ブレードを装備した機体の片腕を掲げる。
『諸君! 私が来た!』
スピーカー越しに、ネウダの声の叫びが鳴り響き、同時に湧きあがる歓声。
いまこの発言などからもわかるように、ネウダの人気は非常に高い。
一方でメルは冷めた眼差しでそんなネウダの駆るテルミナートルを見やっていた。
「……なに、あの無駄の多い動き。これから戦闘だっていうのに、あんな風にブースターを吹かしたら、必要以上にエーテルを浪費するだけでしょ」
これが実戦だったら、あんな風にエーテルを無駄に消費させるような動きは命取りになる。
そう、傭兵らしくネウダを評したメルに、しかし横からそれを否定する声があがった。
「──実戦ならそうだが、ここはアリーナだ。あれは上位ランカーとしての余裕の表れ、それと、企業専属として自社製品であるFOFの性能アピールを含めたものだろう」
声にメルが振り返れば、そこには全身を黒一色のパンツスーツに包み込んだ女性が。
比較して女性としては身長が高いほうなメルよりもさらに背が高い長身痩躯なその麗人は、空いていたメルの隣に座りこむので、メルはそちらへとその赤い眼を向けた。
「……キルシェ・フラワーズ」
「ごきげんよう。白き死神。以前参加したガイスト討伐作戦以来かな」
そう挨拶しながら女性──アリーナランク第4位〈ヴァルキリエ〉キルシェ・フラワーズが自身へ声をかけてくるのに、目を細めるメル。
「……なんのよう」
「別に用がなければ話しかけていけないという道理もあるまい。しいて言うのなら、かつてあれほど暴れて勇名をはせた英雄がいまなにをしているのか気になってね」
キルシェから英雄と呼ばれたメルだが、しかし彼女はそんなキルシェに冷めた目を向ける。
「英雄なんて柄じゃない。私はただFOF乗りであるだけ」
「あれほどの武功を轟かせた人間がただのFOF乗りとはご冗談を。その気になれば十二企業の専属パイロットにいつでもなれるだろう」
ちらり、と横目で視線を向けてそうキルシェが告げてきた。
だが、メルはそんなキルシェの言葉に首を左右に振ることで応える。
「私は、どこにとってもいらない子なんだって」
ポツリ、とメルが呟いた言葉にキルシェは一瞬目をすがめたが、彼女がメルに対して何かを言うよりも先に、目の前では続く選手の入場が始まった。
『続いてはぁ、ヴァルゴ社から……と行きたいところですが、ここで皆さんに残念なお報せです。本来ヴァルゴ社から出場予定だった
司会が告げた瞬間、メルから見て右側のゲートが開き、そこからドシンドシンと足音を立てながら、一機のFOFが入場する。
全体的に地味なFOFだ。
塗装もへったくれもない鉄色の装甲。
明らかに貧弱とわかる一つ目の頭部。ところどころケーブルがむき出しになった胴体。
脚部は太いが最新鋭のFOFに見られる工業的な美しさなど欠片もなく。一目で製造精度が甘いとわかる造りだ。武装に至っては左腕の
呆れるぐらいのオンボロFOFであった。呆れるぐらいのオンボロFOFであった(大事なことなので二回言いました)。
「なにあれ」
メルですら思わず呆然とする中で、隣に座るキルシェがふむ、と頷いて、
「確かあれはヴァルゴ社の標準機体である〈
「第二世代……? いまの主流って確か第三世代フレームだよね?」
怪訝に眉をひそめてそう疑問するメルに首肯をもって答えるキルシェ。
「そうだ。なんなら、他の十二企業では第四世代フレームのテストも始まっている。いまとなっては第二世代フレームなんて旧式も旧式。十二企業はおろか、そうじゃない企業でも自社の標準機体として採用しようとは思わん代物だよ」
本当に呆れるぐらいオンボロなFOFだった。
「……ヴァルゴ社も十二企業の一つだったよね? 面白いFOFの武器とか造ってる会社ってイメージがあるけど、もしかしてお金がないの?」
思わずそんな声がメルの口から洩れる一方で周囲の観客も同様の感情を持っているのか皆一様に旧世代機と言える〈シグルドリーヴァ〉を呆れたように見やる。
『えー、今回代理としてヴァルゴ社標準機体に搭乗するのはランカーコード……じゃ、じゃえ、じゃえが? えーっと、ジョーカーのスペルミスでしょうか⁉ とりあえず新
『ふん〈
『………』
ネウダの挑発に、しかし相手選手はなにも答えない。
通常アリーナでは試合前に選手同士が舌戦を交わすのも一種の見世物として恒例となっているので、一言も発さず沈黙を続ける相手選手のそれは異例な対応と言えた。
そんな相手選手にネウダも面白くないのか、ふんっ、と鼻を鳴らすような声を出して、
『おじけづいたか。怯えて言葉も発せないような弱者に、この場へいる資格はないよ。だが、私も紳士でね。せめてもの慈悲だ。一撃。ただ一撃でのみこの戦いを終わらせる』
『………』
『おーっと! ここで〈テルミナートル〉が一撃で試合を終わらせると宣言! それに対して〈ジョーカー〉選手は何も答えられない!』
明らかに結果が見えている試合だからか、せめて盛り上げようと〈テルミナートル〉と司会が無理やりにそう見せ場を作る中で、試合開始の時刻も迫ってきて、
『さあ、皆さま! ここからは瞬き厳禁! おそらく試合は一瞬で決着いたします! その一瞬を決してお見逃しなく!』
司会の叫び声がスピーカーを通して会場に鳴り響く中、FOF両機がそれぞれ開始位置に付く。互いに向き合い、二機のFOFが戦闘のための構えをとった。
『3、2、1……
『宣言通り、先手は取らせてもらう……‼』
試合開始と同時、背面の増設ブースターを勢いよく吹かす〈テルミナートル〉
一直線にすさまじい速度で接近する第三世代機に、旧世代機である〈シグルドリーヴァ〉はしかし反応が遅れている。
緩慢に動きようやっと腕を持ち上げることができた〈シグルドリーヴァ〉へ〈テルミナートル〉はその右腕に握ったブレードの切っ先を向け、そして──
『ぐはぁッッッ⁉』
それを避けた〈シグルドリーヴァ〉の反撃を食らって、逆に杭打機を突き立てられた。
杭打機の杭で胴体の主機を貫かれ機能停止する〈テルミナートル〉。
予想外の光景にメルもキルシェも、他の観客も全員が唖然と固まる。
『あ、え、は、えっ。えーと……勝者〈ジョーカー〉選手……?』
司会ですら、目の前で起こった光景が信じられないのか、しどろもどろになりながら、そうヴァルゴ社側の勝利を宣言する中──
──ザザッ、とそこでスピーカーが音を鳴らした。
『あーっとと、すまんすまん。慣れない機体だから外部スピーカーをオンにしてなかった』
ヴァルゴ社側の選手の声だ。それがいまになって会場へ鳴り響く。
『それと司会! さっきから俺のことをジョーカー、ジョーカーって言ってくれているが、ぜんぜん読みが違ぇよ! いいか、俺は〈
まだ幼さを残した少年の声でそう叫びながら、改めて自分のことを〈ジョーカー〉ではなく〈イェーガー〉だと名乗ったその選手に試合会場にいるすべての人間が困惑を浮かべる。
対し、その〈イェーガー〉と名乗った選手は、勇ましい声でこのように宣言した。
『俺は〝
クロウ。傭兵にして数か月前に起こった母体型ガイストを討伐した英雄。
なぜ彼が、企業同盟のアリーナでオンボロ機体に乗り、戦っているのか。
それを語るには時間を数か月前に戻す必要がある──
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