EP.050 鬼子母神を討てⅩⅣ/憧憬


「……勝った、のですか……?」


 クロウが放ったAPバーストにより表面が抉られ、完全破壊されたコアを見やりながら、呆然とした呟きを漏らすハルカ。


 それに対してクロウは各種計器へ目を走らせ、確かに目の前のコアが機能停止していることを確認した上で、ああ、という頷きを返した。


「勝ったんだ。こっちのコアは破壊された。後は、もう一つのコアだが──」


 と、クロウが告げた瞬間、ズズンッという振動が母体型ガイストの内部を襲う。


 同時に広域高精細レーダーに、ずっと存在し続けていたもう一つの大きな反応が消えさるのを見て、クロウは安堵の息を吐いた。


「……どうやらラストの方も仕事を遂げたみたいだな」


「はい。両方のコアが破壊されました。これで母体型ガイストの活動は停止するはずです!」


 歓喜の声を上げるハルカ。


 自分達を殲滅せんと襲い掛かっていた絶望的な脅威を退けられたことへ、心底から喜んでいるのだろう。


 その顔に笑みを浮かべる彼女へ、しかしクロウは「いいや」と言い、


「まだ終わってないぞ」


 はっきりとそう発言するクロウ。


 クロウの言葉に、ハルカが「え」と目を見開いた瞬間──それは起こった。





 白光。





「──ッ⁉ なにが⁉」


「コアの臨海爆発だ! 行き場を失くしたエーテルが暴走して、母体型ガイストごと飲み込む絶大な爆発を起こすぞ‼」


 ゲームでも起こっていたそれを口にして、クロウはすぐさま〈ラーヴェ〉を人型ファイターモードから飛行フライトモードへ変形させる。


 そうすることで脱出の体勢を取るクロウ。


 もはや時間に余裕はなかった。


「早く脱出するぞ! じゃないとこの爆発に巻き込まれることに──」


【──させると思うか?】


 声。


 驚き振り返ったクロウは、その視線の先で信じられないものを見る。


「アルデバラン──‼」


 アルデバランが、復活していた。


 確かにそのコアを吹き飛ばしたはずなのに、またも立ち上がったアルデバランの姿に、クロウは思わず息を飲む。


 どうやらアルデバランは本来自分が守るはずのコアから、逆にエーテルを貪り、逆に自分の糧として復活を遂げたらしい。


 とはいえ、その復活は不完全だったようで、足りないチェーンソーや抉れた表面装甲と言った風に、ところどころ大きな傷は残ったまま。


 それでも、牛頭のヘッドパーツが向ける眼差しはこちらへの殺意に染まっており──その目からも明らかにクロウ達を逃がすつもりがないのはありありと感じられる。


「クソッ。しつこい男は嫌われるぞ⁉」


【ハッ。あいにくとこっちはガイストに成り下がった身だッ。いまさら女にもてたいとも思わないし、なにより一人を除いて好かれたい女はいないッッ!】


 叫んで、アルデバランが疾駆する。


 ズタボロにも拘らず、超高速を発揮できるのは、さすが元凄腕FOF乗り。


 すさまじい速度で突進してくるそいつに、たまらずクロウは回避機動を取った。


「──ッ! クソが──!」


【せめてテメェだけでも道連れにしてやる! 世界を壊せないのだというのならッ。テメェ一人だけでも──!】


 なりふり構わず突っ込んできては、数少ないチェーンソーをぶん回し、絶死の暴風を暴れさせるアルデバラン。


 それは見るからに捨て身の攻撃だった。


 文字通り死兵となって、ただただこちらを殺すというそのことだけに執心するその様は、クロウをして恐怖させるに足る。


 臨海爆発の時間が迫る中で、それでもクロウは必死にアルデバランの攻撃を避けた。


 そうしてチェーンソーを潜り抜けながらクロウはアルデバランに叫び返す。


「知るかよ! 俺は、まだ生きるんだ‼」


 愛機の機種を翻すクロウ。


 クロウは、そのまま出口へと向かおうとした──


 ──だが、それをアルデバランは許さない。


 巨体をうねらせアルデバランがクロウの目の前に立ちふさがる。


 いましがた飛び込もうとした出口を防ぎ、そのままクロウへと向かってアルデバランが四方八方からチェーンソーを振るった。


 回避不能の一撃が迫るのに、後席でハルカの悲鳴じみた叫び声が起こる。


「──クロウさん! 避けてぇ!」


 そうハルカから乞われながらも、しかしクロウは臍を噛む。


(──加速力が足りないッ!)


 長い戦闘の弊害だ。


 もともとFOFは長時間の戦闘に適さない。


 それにもかかわらずここまで激しい戦闘を幾度も繰り返してきたせいで、クロウの愛機である〈アスター・ラーヴェ〉のエーテルが尽きようとしていた。


 結果、クロウは本来なら振り切れるはずのチェーンソーを振り切ることができない。


 加速力が足りず、そのままクロウはハルカもろともチェーンソーの餌食にされる──


 ──


「え──」


 思わず、驚きの声をクロウは出す。


 そんな彼の目の前、あと少しでこちらを切り刻める、という位置でなぜか停止するチェーンソーの群れ。


 その光景にクロウが理解できず目を白黒させる中、おもむろにアルデバランが口を開く。


【その声──お前、まさか現地人を連れてきているのか?】


 ポツリ、とそんな声を出すアルデバラン。


 攻撃を止めた状態で、発された予想外の一言にクロウは困惑を浮かべる羽目になった。


「……だったら、どうしたっていうんだ……?」


 慎重に、それでもそう発するクロウに、途端アルデバランの声音が変ずる。


【どうしただって……⁉ お前、わかっているのか⁉ ここが、どれほど危険な場所だということが──‼‼‼】


 その声音は正直クロウにはどうにも理解しえない感情が乗っていた。


 ただ、一つ言えるのは、なぜだかアルデバランはハルカの存在に憤っているということ。


 その意味が理解できずクロウが困惑する中で、さらにアルデバランは言う。


【こんな危険な場所に、戦えもしねえ人間を連れてくるんじゃねえ! そうやってお前の勝手なエゴに巻き込んで、この世界の人間を殺すなんてそんな──】


 と、アルデバランが何事かを叫ぼうとした──その時。


「──お言葉ですが」


 ぶった切られるアルデバランの言葉。


 そうしてアルデバランを制して、声を発したのはクロウの後席──そこにいるハルカだ。


 彼女はそのままアルデバランに対して、真っ向から叫び返す。


「そのような心配はご無用です。私は、私の意志でこの場に来ました。この場にいるのは私自身の選択であり、決してッ、誰かに強制されたものではありません──‼」


【な──】


 ハルカが叫んだ言葉に、アルデバランは二の句が継げなくなる。


 元人間とはいえ相手はガイスト。だというのに言い返してのけたハルカに、クロウは苦笑を浮かべつつも、そのまま彼もアルデバランを見た。


「──まあ、なんだ」


 がりがりとクロウは後頭部を掻く。


 顔を上げ、カメラアイ越しにその牛頭を見詰めながらクロウは、それを告げた。


「あんたが何に憤っているのか知らない。ただ、心配は無用だ──ハルカの言う通り、俺は失わせはしない」


「……! クロウ、さん──」


 クロウの言葉に今度はハルカが驚きの表情を浮かべる中、アルデバランはしかしそんなクロウをジッと見つめてきて、


【なにを、根拠に】


 アルデバランのそんな言葉。それに対しクロウが告げた答えは単純明快だった。





「だって俺、強いから」





 平然と、あまりにもあっさりとそう告げたクロウ。


 聞きようによっては子供の戯言めいたその一言も、しかしクロウが口にする場合は、純然たる事実となる。なぜならそれは覆しようのない現実だから。


【───】


 チェーンソーが地面に落ちる。


 クロウを取り囲んでいたそれらがすべて地面に突き立てられ、さらにはアルデバランですらその巨体を横たえる光景に、クロウは眉をひそめた。


「──? おい、いったいなにを──」


【バカバカしくなった。いけよ。もうお前達と戦いたくない】


 言葉通りにいっさいの敵意を喪失したアルデバラン。


 本気で戦闘体勢を解き、クロウの方を見向きもしないその姿に、なぜかはわからないがクロウはアルデバランの発言が真実だと悟る。


 ゆえにクロウは無言のまま機体を加速させ、そうして出口へと向かって突き進んだ。





     ★





 完全にクロウの姿が見えなくなった後、アルデバランはその巨体をくねらせ、やれやれ、というように頭を振った。


【結局、俺はお前に勝つことができねえってわけか】


 ポツリ、とそう呟きを漏らしながらアルデバランが思い起こすのは、この世界に来る前、まだ自分が一人のゲーマーだったころの記憶だ。


 そのゲームには絶対王者がいた。


 誰もが敵わない人間。


 幾度挑もうともそれらすべてを撃破してのけた最強の強者。


 ゲームをプレイしていたすべての人間の憧れであり、すべての人間が打倒しようと挑んでは敗れ去ったその姿は、いまもなおアルデバランの魂に燦然と刻み込まれている。


 結局、一度も勝つことはできないまま、気づけばアルデバランはこの世界に転生していた。


 そこから先はアルデバランにとって栄光と絶望の道のりだ。


【アコ】


 思い描く少女の姿。


 ガイストとなり果ててなお、いまも感情を引き裂く少女の名をアルデバランは口にする。


 自分は失敗した。


 それは自分が弱かったからで、自分と彼女がなにもわかっていなかったからだ。


 だから絶望にからめとられ、最期は無残に殺された。


【──でも、お前は違うというんだな】


 同じように現地の人間と絆を結び、それでもなお失わないと告げた少年。


 一見荒唐無稽のその言葉は、しかしなぜだろう。


 彼ならばできるとおもえてしまうのだから……ズルい。


【ああ、そうだろう、お前ならできるだろうさ】


 言って、アルデバランは顔を上げた。


 そうしてもう一度脳裏にあの燦然と輝く日々を思い描く。


、何度形を変えようと俺達の前に立ちふさがって、そのすべてを打倒してきたお前だ。あの中でのそれが現実になったところで変わりはしないだろうさ】


 彼の強さを知っている。


 なぜならば、繰り返しの世界の中で、自分は何度も負けたから。


 そんな彼がこうしてこの世界に現れたのだ。きっと、それはこの世界に大きな意味を持つ。


【いけよ、鴉野郎レイヴン。俺の分まで、この世界のずっと先へ──】


 アルデバランがそう告げた瞬間。


 彼の背後で、とうとう臨界点に達したコアが爆発する。


 白光がすべてを包み込み、膨大な熱量がアルデバランの巨体を焼き払う中。


 顔を上げた彼は。


 最後に、こちらへ手を伸ばす少女の姿を幻視した──










────────────────────

カクヨムコンもラストスパート


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