EP.049 鬼子母神を討てⅩⅢ/その鴉は最強なりて


 攻撃が来る。


「───」


 クロウはすぐさま機体を飛びのかせることで、迫りくるチェーンソーの群れを回避した。


 触手のようにも、腕のようにも見えるそれらのチェーンソーは、寸前までクロウがいた場所を擦過し、空間を切り裂いていく。


 ギュリギャリと音を立てて削れていく地面。


 それを確認しながら飛び上がったクロウは急噴射クイックスラストを利用して瞬時に加速──逆に自らアルデバランへと距離を詰めに行く。


「シッ!」


 斬撃。


 背面マウントから引き抜いた八十七式極型霊光刀〈白虹〉を振り抜きざまに切り下して、アルデバランの顔面を狙うクロウ。


【───!】


 しかし、アルデバランはその巨体をあり得ないほどの速さで駆動させることで、自身の顔面に迫る斬撃を回避してのけた。


 顔面を捕らえそこね、その装甲の一部分を削るだけに空ぶった一刀。


「速い……⁉ あの巨体でいまの攻撃を避けるんですか⁉」


 それを見たハルカが、悲鳴じみた叫び声をあげる中、アルデバランが疾駆を開始。


 巨体に見合わぬ超速度で接近しそのまま無数のチェーンソーを叩きつけてきた。


「こ、のっ!」


 機体を小刻みに駆動させ、クロウは紙一重でチェーンソーを回避していく。


 たまらず一度距離を取るクロウ。


 そうしてクロウはアルデバランへと視線を向け、その牛頭を睨む。


「……動きは速い。それに形状も変則的すぎて予想がしづらい──でも、ダメージを負わないわけじゃないみたいだな」


 告げて、クロウは先ほどの斬撃で削れたアルデバランの装甲を見る。


 そこには薄くではあるが、確かに一閃の斬撃痕が残っていた。


 FOFならばAPRAの守りがあるから、あの斬撃でもかすり傷一つつかないはずだ。


 にもかかわらず、それがついているということは──


「──完全にガイストと化した、ということか」


 哀れみはしない。


 だって、自分には関係ないから。


「でも、もとは同じ人間として、介錯ぐらいはしてやる」


 再度、クロウは加速した。


 真正面から迫るクロウを見て、アルデバランも動く。


 節足動物のような脚部を駆動させ、自らもクロウに接近しながらアルデバランは背面のチェーンソーを躍動させた。


「……ッ‼ 攻撃、来ます!」


「だな! いつもより動きが激しくなるぞ! 気張れよ、ハルカ‼」


 後席のハルカへ警告を飛ばしながら、これまで以上に機体を起動させるクロウ。


 右、左、上、斜め左上、斜め右下。


 上下左右からクロウへ殺到してくるチェーンソーは、さながらクロウを閉じ込めんとする鳥かごのようだ。


 逃げ場などない──クロウが、並みの乗り手なら、だが。


「───」


 機体の身を捻った。


 腰部のスラスターを吹かし、不規則な機動を魅せる〈ラーヴェ〉


 しかしそれが事故ではないのは、その機動によってチェーンソーをすべてよけきって見せることからも明らかだった。


「すごい……!」


 もはやハルカには理解できない超絶技巧でもって、チェーンソーを切り抜けてのけたクロウは、そのままアルデバランへ接近。


【───ァァァ‼‼‼】


 もはや人間の言葉ですらない獣の咆哮じみた叫び声をあげながらアルデバランもまた迫るクロウを迎え撃とうとした──その瞬間。


「ここ」


 クロウの眼がぐるりと回った。


 見据えるはアルデバランの背後──そこにある母体型ガイストのコアだ。


 それを睨み、クロウは左腕のエーテルビームライフルを構える。


 射撃。


 銃口から放たれるビームの一弾。それは、精確にアルデバランの背後。そこにある母体型ガイストのコアを捕らえていた。


 アルデバランの隙をついた見事な一撃。


 それは、確実にコアへ被弾する──


【───‼】


 チェーンソーが伸びた。


 クロウへ殺到していたはずのチェーンソーが突如として翻り、そのままコアの前へ。


 そうしてアルデバランは自らのチェーンソーの一つが砕け散るのも構わずに、エーテルビームを受け、見事コアを守り切ってのけた。


 アルデバランの行動にクロウは舌打ちする。


「なるほど、それを守るのをなにより最優先するってわけか──なら」


 クロウはまたしてもグルリと機体を回転。


 その間に、右腕武装をブレードからエーテルビームマグナムへ換装し、それと同時にチャージを開始した。


 チャージ完了とほぼ同時にクロウはその銃口をアルデバランに向ける。


 放たれた極太エーテルビームは、クロウを削り殺さんと迫るチェーンソーの合間を巧に抜けて、アルデバランの装甲へ被弾。エーテルの爆発を引き起こす。


 よろけるアルデバラン。


 強力なエーテルビームは、たったの一発でアルデバランの装甲を爆ぜさせた。


 表面装甲が抉れ、そうして見えるはすべてのガイストにとっての弱点であるコア。


 それを狙いすまして、今度はエーテルビームライフルの連射をクロウは叩き込んだ。


 連射は精確にアルデバランのコアへ殺到し──これを、破壊する。


「お前もガイストだ。コアを破壊されればさすがに耐えられないだろ」


 と、クロウの告げる通り、コアを破壊されたアルデバランはそのままくずおれるようにして地面へと倒れ伏した。


 チェーンソーも地面へ堕ちるのを見て、クロウは勝利を確信する。


 ──それが甘い考えだったと理解したのは次の光景を見た瞬間だ。


「──⁉ エーテル反応増大! アルデバランのコアが復活します!」


 レーダーを見ていたハルカの叫び声。


 ハルカの言葉通り、目の前で破壊されたアルデバランのコアが急速に復活していく。


 いや、コアだけではない。


 抉れた装甲や、最初に与えた斬撃痕まで瞬く間に修復。それら一切合切が、まるで最初からなかったかのようにアルデバランの巨体が復活していく。


「なん──⁉」


 まさかの復活を遂げたアルデバランは、そのまま先ほどの続きと言わんばかりにチェーンソーを乱舞させて、クロウへと迫る。


 やむを得ず回避軌道をとるクロウに、レーダーなどから各種の情報を分析していたハルカがその種明かしをした。


「──どうやら、アルデバランは、母体型のコアからエーテルの供給を受けているようです。アルデバラン自身ではなく母体型ガイストのコアを破壊しないと、アルデバランそのものを止めることはできません!」


「おいおい、そりゃあズルチートだぞ‼」


 さすがのクロウもその情報にたまらずそんな叫び声をあげていた。


 母体型ガイストのコアを破壊するためにはアルデバランを排除せねばならず、しかしアルデバランを破壊するにはコアを破壊しなければならない。


 これがゲームだったらクソゲーにもほどがある。


 とはいえ、ここは現実だ。ゲーム的な世界でも現実となった以上、そこに容赦もゲーム的な攻略方法も介在しえない。


 その事実にクロウは苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべた。


「……さて、どうするかな」


 呟きつつも〈ラーヴェ〉の機動を止めないクロウ。


 攻撃はさらに激しさをましており、もはや一瞬の停止も命取りと言う状況だ。


 かといって、その合間の攻撃も有効打を与えられた形跡はなく、先ほどのような強烈な一撃とてコアからのエネルギー供給でアルデバランが復活するとなれば無意味。


 一方でアルデバランの攻撃はさらに激しさを増していた。


 節足を動かし、身をくねらせ、背面から伸ばす無数のチェーンソーがクロウを追いかける。


 それでいて、一部のチェーンソーは常にコアを守れる位置に置かれていて、先ほどのような奇襲を防ごうとする意志が垣間見える。


(なかなか手堅い。ガイストに堕ちようと、もとは凄腕のFOF乗りだっただけある!)


 内心でかつての強敵を賞賛しつつ、迫るチェーンソーを回避したクロウ。


「だったら──」


 プラズマジェットを吹かし、全速力で〈アスター・ラーヴェ〉を機動させる。


 クロウの操縦する漆黒のFOFはその武器である常識外の加速力によって戦場を駆け抜け、アルデバランに追いかけられながら、コアを中心に反時計回りで大きく位置を移動。


 ……時に、クロウは戦闘において最も重要なのは〝位置取り〟だと考えている。


 初心者ほど……あるいは上級者ですら、戦闘中は目の前の敵に集中するあまり、周囲の状況が見えなくなるものだ。


 そうして思わぬ方向から攻撃を受け、そのまま落ちる……クロウはゲーム〈フロントイェーガーズ〉で幾度もそんな光景を見てきた。


 だから、クロウは常に自分の位置取りに注意している。


 そもそも、攻撃とは点と線の連続だ。


 攻撃と言う行動自体がすべからく点と線のどちらかに分類される。


 それはFOFも異形の化物も変わらない。


 さけるのも同じ。クロウは常に置かれる点を意識し、振るわれる線に触れない位置へと自分を置き続けていた。


 次に自分を攻撃するそれらがどこに生じるか。


 このことを意識し続け、そして同時に致命的な一打を生じさせない位置へ常に自分を機動させていくこと──これこそが高速機動をしながらも、クロウがほとんど被弾しないカラクリだ。


 それ自体に特別なことはない。上級者なら誰もが自然とできていること。だが、これを徹底し、どんな時も実行し続けることこそが、クロウを最強のFOF乗りたらしめているのだ。


 いまとてそれは同じ。


「───」


 振るわれるチェーンソーは線の動き。


 突っ込んでくる巨体は点。


 自分を殺さんと迫るそれとて結局は物理法則に従う以上、クロウは自らの位置取りをもって相手の線を避け、あるいは迫る点を潜り抜け、さらに続く攻撃をしづらい位置に自分を置くことで、攻撃のことごとくを回避し続けた。


 避ける、避ける、避ける。


 そうして得た猶予でさらに前へ。


 あまりにも当たらない攻撃に業を煮やしたアルデバランはその巨体を唸らせてクロウの駆る〈ラーヴェ〉に向かって体当たりしてきた。


 だが、それもクロウの予想内。最小限の動きでそれを回避しうる。


 クロウは着実に自分が有利な位置取りへと、自身とアルデバランを誘導していた。


 それを受けて、クロウは愛機の中でエーテルのチャージを開始。


 クロウの駆る〈アスター・ラーヴェ〉の中で膨大なエーテルが充填されていく。


 さすがにそこに至ればハルカもクロウがなにかをしようとしているのに気づいた。


「……ッ⁉ クロウさん。いったいなにをしようとしているんですか⁉」


「必殺技」


 軽い調子で口にしながらクロウは大きく機体を機動させる。


 小刻みな動きで、アルデバランに接近した。


 同時に機体内部の拡張エクスパッション機構を起動。


 FOFの内部機能増強システムがクロウの操作によって正常に動作し、それを解放した。


「──APバースト」


 爆発が起こる。


 本来なら機体を守るはずのアクティブフェイズリフレクション・アーマーAPRAがその効果を反転させて、外部へ向かって膨張。


 それは絶大な破壊力を伴って〈ラーヴェ〉の目の前にいたアルデバラン──そしてクロウの誘導によっていつの間にかアルデバランの背後に位置していたコアを同時に飲み込む。


 白光がすべてを覆いつくした。











────────────────────

クロウ の

だい〇くはつ !




【拡張機構】

 エクスパッション・システム。FOFに搭載されているカスタム機能の一つ。


 通常FOFはフレームの上から各種のパーツを着せていくドレスアップカスタム方式を採用しているのだが、その中には内部機構を組み替えるものも存在している。


 その中でも代表的なのが、第三世代フレーム以降に搭載されているこの拡張機構である。通常のフレーム単体に外部拡張パーツを組み込むことで、特殊な機能を追加することが可能となる。


 一般的なのは、APRAが全損した時、一度だけAPRAを回復する「リジェネレーション」や広範囲の敵の位置を特定し、現在位置も含め仲間と共有する「アクティブワイドレーダー」などで、その効果は他のゲームで言うところのウルトなどと呼ばれるようなものに近い。


 なお今回、クロウが使った「APバースト」はその名前の通り、通常は機体を守るAPRAを攻撃に転用し、その七割を失うことを代償に、周囲をドーム状に抉って、効果圏内にいる敵すべてに大ダメージを与えるという自爆技まがいの拡張機構である。


 このように使えば事態を逆転できるほどの可能性を秘めた拡張機構だが、大概のもの効果に癖が強く、またそれ相応に代償あるものも少なくないので、使用するタイミングは難しく、特に初心者などは拡張機構を私用したことでかえって自爆して敗北するということも多い。


 特にクロウが今回使った「APバースト」のような自爆技は、ほとんどの人間から当たろうが当たらなかろうがAPRA=体力が大きく削られ、そのくせ敵を確実に倒せないものだから産廃として嫌われているが、クロウはそれを熟練の技とAPRA管理によって必殺の一撃に化けさせているのである。

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