EP.048 鬼子母神を討てⅫ/ようこそ!


 ──そうしてクロウ達は母体型ガイストの内部へ侵入することに成功した。


「ここが──」


《──母体型ガイストの中……なのか?》


 それぞれのFOFを地面に着地させながら周囲を見渡すクロウとラスト。


 母体型ガイストという巨大極まりないガイストの腹中に入り込んだ彼らが見たのはあまりにも予想外の光景だった──





「……都市、なんですか……?」





 ハルカが告げた通りだ。


 街が──それもかなり近代的なそれが目の前に広がっていた。


 最低でも十階以上はあるビルが複数立ち並ぶ視界の果てまで続いている。


 その間に挟まれる形で六車線の道路が走っていて、しかも内部は疑似太陽光生成装置によって燦々と蒼く照らされていた。


 カメロットのそれともよく似た──しかしだからこそ異様極まりない光景。


 あまりにも予想外なそれにクロウ達は唖然とその場で固まる。


《なんだよ、こりゃあ。化け物の腹の中に入ったら、人の住む街が広がっていましたってか? だが、この街は……》


 予想外極まりない光景に思わずと言うようにそんな呟きを漏らすラスト。


 彼の言葉を引き継ぐ形で、ハルカがその続きを口にした。


「……はい。なにか、物寂しい感じがします」


 その街には物寂しさが蔓延していた。


 近代的で、いかにも住みやすく見える街の中に感じる違和感。


 なぜそんな風に感じるのか? と疑問しながら周囲を見渡したクロウ達は、それによって違和感の正体に気づく。


 それは一台も自動車が存在しない道路だったり。


 家具の類が一切なく打ちっぱなしの壁面をさらすビル内部だったり。


 整えられた芝生の中で、空っぽとなって水の一滴もない噴水だったり。


 全体を見れば、整然とした近代的極まりない都市なのに、そういったところどころに存在するあるべきものがない光景が、人間であるクロウ達に、まるでボタンを掛け違えたかのようなズレを生じさせているのだ。


 この感覚を言葉にするとしたら──


「──一度も使われることなく廃墟となった街って感じだな」


 クロウが口にした通り、この街には生活感がない。人間が一度でも使えば否応なく出るそれがいっさい、どこにも……


「……どうして、このような街が母体型ガイストの中に……」


 あまりにも異様な光景にクロウの背後でハルカがそう疑問を口にした──まさに、その時。





《ようこそ! 当艦はみなさまを歓迎いたします!》





 声が、生じた。


《……⁉ なんだ⁉》


「周囲のスピーカーです! そこから音声が流れています!」


 突然の大音声にクロウ達が戦闘体勢を取る中、そんなクロウ達の様子を気にした風もなく、スピーカーは陽気な音声を鳴り響かせる。


《当艦は〉! みなさまと共に星々を航海し、まだ見ぬ可能性を開拓することで、人類の発展を促すべく建造された艦です!》


《この艦にはすべてが揃っています。衣、食、住はもちろん娯楽や福祉なども完全完備! これより新たな可能性の開拓へ赴くみなさまを全力で支援させていただきます!》


《さあ、みなさま! 人類社会のさらなる発展のため、当艦と共に星々の海へ旅立ち、新たな因果係数を開拓しに行こうではありませんか!》


 ………………………………………………………………………………………………………。


《……すまん、クロウ。いま、なんて言ったか理解できたか?》


「……あ、えっと。可能性の開拓だとか、人類社会の発展のためとか、なんかそんな感じのことを言っている風に聞こえたが……すまん俺にも何を言っているかわからん」


 突然の放送に戸惑い気味となったラストとクロウが互いの機体のカメラアイを向け合う。


 後席を見やればハルカも同意見らしく首を左右に振っているのが見えた。


(なんだここ? 少なくともゲームの中にはこんな場所はでてこなかったぞ)


 心の中でそう困惑もあらわに独り言ちたクロウ。


 その上で彼は一度の嘆息を挟んだ後、気持ちを切り替えることにした。


「ラスト、ハルカ。とりあえず、いまの言葉は気にしないようにしよう。ともすれば、この街も含めて母体型ガイストが俺達を惑わすために用意した罠って可能性もある。気にして時間を浪費するよりは、さっさと俺達の役割を果たしたほうがいい」


《……確かにそうだな。カメロットの奴らや〝天輪〟に傭兵達が切り拓いてくれた道。それを無駄にしちゃあ悪い。俺達は俺達がやるべきことを優先しよう》


 クロウの言葉でラストもまた目の前の光景を気にしないようにしたようだ。


 それを確認したクロウは後席のハルカに呼びかけた。


「ハルカ。それぞれのコアの反応はまだ追えているか?」


「はい、いま表示しますね」


 クロウからの促しに応じてハルカが素早く機器を操作し、クロウとラストの視界内に、母体型ガイストのコアの位置を表示。


 二つあるそれは、最初に観測した時からわかっていたことだが、前後にそれぞれ離れて存在しており、いまクロウ達がいる区画はどうやらそのちょうど中間にあたる場所らしい。


「……ここからは、まあ内部を通っていけば、そこまで時間もかかりはしないか……問題は、一度別行動をする必要があるってことだが……」


《ま、それは最初からわかっていたことだ。作戦立案時から最終的に単独行動になるってのは織り込み済みだったろ。だから気にすんな、クロウ》


「……ああ、わかっている」


 ラストはあっけからんとそう告げるが、実際のところハルカの支援を受けられるクロウよりもそれがないラストの方が単独行動の危険は高かった。


 この後も何かしらの戦闘が待っているのは確実で、そうなるとハルカはクロウの支援にかかりっきりとなるだろう。


 一方のラストは完全に一人きり──最悪、ここで別れて最期、と言うこともあり得る。


 クロウとハルカからそう心配されていることを暗に感じ取ったのだろう、ラストは愛機の肩を器用にすくめるような動作をしながらクロウとハルカが乗る〈ラーヴェ〉を見やった。


《だから心配するなっての。俺はこう見えてエリュシオン・ラインの──それも、歴代最悪と謳われた第13次攻略隊のそれを生き残った人間だぜ。このぐらい、問題ない》


 力強くそう請け負うラストに、クロウもまた時間が迫っていることもあり、それを受け入れることとした。


 二人はそれぞれの機体の背中を向け合い、己が目指すべき道を見据える。


「それじゃあな、ラスト。後で合流しよう」


《ああ、お前達も生き残れよ》


 加速する。


 クロウとラストは、それぞれ背を向け腰部のジェットスラスターを吹かした。


 FOFの加速力をもってすれば都市の内部を突っ切るのもすぐだ。


「隔壁が見えました。おそらくあそこの向こう側に母体型ガイストのコアへと向かう道が続いているものと思われます」


「了解」


 クロウの応答と同時にハルカが隔壁へとアクセスし、それをハッキングした。


 数秒の間をおいてハッキングに成功したことで隔壁が開かれる。


 クロウは最大限警戒しながら隔壁内部へと侵入。


 そうして広がっていた通路へゆっくりと、しかし確かに足を踏み入れる。


《こちら、F‐1〝ホーネット〟。クロウ。俺も隔壁の向こう側に入った。ただ、通信状況が悪い。おそらく、この通信を最後に俺との連絡が途絶えると思ってくれ》


「こちら、クロウ。了解した。互いに健闘を祈る」


 ラストからはその言葉を最後に、通信と彼の反応が消失する。


 撃墜されたわけではないとはいえ、これで正真正銘、孤立無援。


 体表側でいまも戦っているだろうキャシーと傭兵達とも通信が繋がらない状況でクロウは、ただただ通路を突き進み続ける。


 幸いにして、というべきか、その通路はFOFが通っても問題がない程度の広さはあった。


 とはいえ、あくまで問題がないだけで、大きく機動するには若干広さが足りない通路だ。


「……ここら辺は、ゲームと同じ、か」


「??? クロウさん?」


 ポツリと呟いたクロウの言葉にハルカが目をぱちくりとさせたが、クロウはそれに対して首を左右に振り「気にするな」と告げた。


「なんでもないよ。それより、ハルカ。警戒は密にしてくれ。ここで前後を挟まれたら、最悪一方的な攻撃を食らいかねない」


「──! はいッ。警戒を続けます!」


 クロウの警告に表情を真剣なものにしてハルカが自らの仕事を始める。


 そんなハルカを見て、ずいぶんと成長したなあ、とクロウは内心で思った。


 当初出会った時に比べれば、かなり頼もしくなった少女を見て前席で小さく笑みを浮かべるクロウ。そうしてクロウはハルカの支援を受けつつ通路を突き進み続ける。


 そして、


「──ここか」


 突如として開ける空間。


 FOFが暴れ回ってもんなら問題ない空間がそこに広がっていた。


 同時にクロウは中央へ鎮座するそれを見つける。


「母体型ガイストのコア」


 ドグン、ドグン。


 まるで心臓のように脈打ちながら膨大なエーテルを生成し続けているそれ。


 全長10mを超えるFOFですら見上げるほどに巨大なそのコア──母体型マザーガイストの弱点であるそれを見上げクロウはコックピットの中で小さく目を細めた。


「これを破壊すれば、とりあえず母体型ガイストの力は低減する、んだよな?」


「だと思われます。ただ、もう一つのコアの反応が健在ですので、そちらが破壊されないことにはなんとも……」


 見やるとまだもう一方のコアが健在であることが見て取れた。


 反応を見やるに、まだラストはそこへたどり着いていないようだ。


「戦闘中なのか、あるいは別の理由か……まあいい、とりあえず先にこっちから壊すぞ」


 言いながらエーテルビームマグナムを構えるクロウ。


 そうしてチャージを始めた彼は、ビームマグナムの銃口を精確に目の前のコアへ向ける。


 引き金にはすでに指をかけていた。


 あとはチャージするだけ。


 機体のエーテルリアクターからエーテルを注ぎ込み、ビームマグナムが最大威力を発揮できるようになるまでクロウは待った。


 ──その瞬間。


「──⁉ エーテル反応が増大! 敵です!」


「ま、そうなるよな」


 ハルカの警告を受け、クロウは機体を大きく飛びのかせる。


 急噴射クイックスラストを交え、超高速でその場から回避行動をとったクロウ。


 それと共に、一瞬前までクロウがいた場所を【ソレ】が薙ぎ払う。


 ギャリギャリギャリギャリギャリリリリギャギャギャリリリリッッッ‼‼‼


 激しい音を立ててえぐり取られる地面。


 それが、チェーンソーの一撃であることは、クロウの眼にもすぐにわかった。


 そして、クロウの知り得る限り、チェーンソーを主武装として使う酔狂な奴はただ一人だ。


「アルデバラン──!」


 はたして、クロウの叫び声が示すとおりだった。


【アこコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオおおおおオオオオオオオオオオオオオオおおオおおおおおオオオオオオオオオオッッッ】


 狂ったような雄叫びを通信回線越しに響かせて現れたそれは異形の怪物だった。


 さながら節足動物のように地面を衝く無数の足。


 背面から伸びるのは触手のようにも腕のようにも見えるチェーンソーの群れ。


 その中で唯一かつての面影を残す牛頭が〈アスター・ラーヴェ〉を──その向こうにいるクロウを睨みつけていた。


 もはや人としての姿すら失って醜い怪物と化したアルデバランをクロウは見返す。


「……ここまで戦闘がないと思っていたら、なるほどお前が待っていたというわけか」


 そう告げつつ武器を構えるクロウ。


 対するアルデバランは激しく明滅するその眼をクロウへぶつけながら身をたわませる。


 巨体が加速した。










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信じられるか? まだ第一章なのにもう20万文字突破したって。



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