EP.047 鬼子母神を討てⅪ/鎧袖掠りて絆は結ばれん


 母体型ガイストが動き出した。


 その事実にクロウ達は愕然とする。


「そんな……! まだ1千万体のガイストを製造し終えていないはずです⁉ なのに、どうしていま動き出すんですか⁉」


《……1千万体を揃えるよりも、カメロットを潰す方が先決だって、そう判断したんだろ》


 ハルカの悲鳴じみた叫び声に、そう答えるラスト。


 声を強張らせる彼の言葉に、クロウも同意の頷きを返した。


「そうだろうな。エーテルビームカノンバスターに俺達だ。ここまでくると、先にカメロットを潰したほうが、最終的な目標を達成できるって踏んでもおかしくない」


 この世界は別にゲームじゃない。


 ゲームならばフラグが立つまで敵も動かないだろうが、そうではない現実のこの世界では、より合理的な手段のために当初の予定を繰り上げるなんて平気でできるだろう。


 結果として母体型ガイストが動き出したことに、クロウは顔を歪める。


「ハルカ。母体型ガイストはどれくらいで、カメロットに到達する?」


「ま、待ってください。いま、計算しますっっ」


 クロウからの要請を受けて、すぐさまハルカが計算を開始した。はたして結果は──


「……ッ‼ 二時間。いまの速度ならば二時間で母体型ガイストはシティに到達します!」


《二時間ってマジかよ、おい……!》


 最初は72時間だった。


 そこから一日たってはいるが、それでも40時間ほどは猶予があるはずだったのに……それがわずか2時間まで縮まったという事実。


 ラストが息を飲み、ハルカも顔を強張らせる中、一方のクロウは、やれやれ、と言う風に首を横へと振って。


「なら、行くしかねえだろ」


「クロウさん……?」


 ポツリ、と呟かれたクロウの言葉に、ラストとハルカの意識が彼へ向けられる。


 一方のクロウは操縦桿を握りしめ、精神を戦場へ集中させていた。


 見据えるのは大量のガイスト。


 自分達を阻み、母体型ガイストのコアへは決して近づけさせまいとしている、それらの軍勢をクロウはまっすぐその両目に捉える。


「あと二時間でカメロットが終わるってんだったら、その前に俺達が母体型ガイストを終わらせる──それがいまの俺達にやれることじゃねえのか?」


《──ハッ。違いねえ》


 クロウの言葉を受けて、動きが止まっていたラストが一歩を踏み出した。


 そうしてクロウの隣に並び立つラスト。


 二人が戦闘体勢を取るのを見て、ハルカもまたクロウの背後で自らの役目を果たすべく機器へ視線を走らせた。


「道は、私が示します! お二人は、それをどうか切り拓いてください‼」


「どうか、じゃなくて、絶対に、だ。だろ、ラスト」


《ああ、そうだな。絶対に切り拓いて、俺達の故郷を救ってやる!》


 加速する。


 二機のFOFがそれぞれの腰部にあるプラズマジェットスラスターから青白い光を噴射しながらガイストの集団へ、吶喊。そうしてガイストと激突するクロウとラスト。


 漆黒と黄色。


 それぞれの機体色が鉄色の集団と真正面からぶつかり合い、それを粉砕していく。


 クロウが両手の銃器を構え、精確無比な一撃でもって次々とガイスト達を破壊していった。


 そうしてクロウが切り拓いた間隙へラストが突っ込み、杭打機の一撃をもって押し広げる。


 急噴射クイックスラストで回り込み、翻弄し、連携を乱してガイストどもを撃破していくクロウ達。


 粉砕、破砕、撃砕、爆砕。


 一体、十体、百体と次々ガイストを倒しては前進を続ける二人──だが、


《倒しても、倒してもキリがねえ……‼》


 数が、あまりにも膨大だった。迫るガイストの数に圧倒されて、二人の全身が鈍る。


「……ッ! 敵の新たな増援です!」


 母体型ガイストも、自分の体表で暴れる二機のFOFが脅威だと理解しているのだろう。


 あろうことか、地上にいたガイスト達のいくらかを自分の体表へと昇り上がらせ、クロウとラストにぶつけてきていた。


 さすがは膨大な戦力によって踏みつぶすことを主戦略とするガイストと言うべきか。


 いくらクロウとラストが優れたFOF乗りと言えども、これほどの数を相手にすれば、どうしても前進を続けることは困難になる。


 転じて、それは2時間と区切られた時間内で母体型ガイストへ到達する機会が奪われて行っていることも意味した。


「このままじゃ……!」


《クソッ。せめて、あと数機FOFがいれば……!》


 クロウですら顔を歪め、ラストはそう叫び声をあげた。


 戦力差が圧倒的と言えども、倒せていないわけじゃないのだ。


 ただ、数が多すぎて、たった二機のFOFでは突破することも難しいという状況。


 それゆえにラストはせめてもう少し戦力がいれば、と呻き──


 はたして、それが起こったのは、まさにその時だった。





《──あら。だったら、ちょうどいい感じだったかしら》





 声。


 突如として、三人の通信に別の誰かが音声を割り込ませる。


「……⁉ その声、キャシーか⁉」


《ええ、こないだぶりね。クロウ》


 キャシー。それはクロウにとってもなじみ深い、運び屋の名前だ。


 あのグラム渓谷突破の依頼を出した相手でもある運び屋の女性が、突如として通信に割り込んできたことに、クロウやハルカが驚く中──それは起こった。


 


 上空に立ち込め、鎮座していた巨大な黒雲が、内側からはじけ飛ぶようにして裂けるという怪奇現象。


 そんな状況に頭上を見上げ、クロウ達が驚愕する中、そうしてできた切れ間よりそれが突っ込んできた。


 最初に目についたのは漆黒の翼。


 全身真っ黒なそれは、さながら巨大な怪鳥を想起させるそれにクロウが両目を見開く。


「航空機……⁉」


三大秘密兵器が一つ、極超音速輸送機〈ホルヴァルプニール〉よ!》


 キャシーが居丈高な叫び声を響かせながら突っ込ませたその超大型輸送機が、速度そのまま母体型ガイストの体表スレスレを飛行し、それと同時に機体下部のウェポンベイを解放。


 そこから飛び出す形で、数機のFOFが落着した。


《こちら、傭兵団〝誠実なる揺り籠オーネスト・クレイドル〟のオスカー・ウィンベル! 母体型ガイストを倒さんとする勇士を救援するため、駆け付けさせてもらった!》


《同じく傭兵団の〝狂気なる猫クレイジー・キャット〟を率いるクレイヴだ。面倒くせえが、これも仕事の続きだ。きちんと依頼を終わらせて美味い酒を飲むために手を貸してやる》


 通信回線に響いたさらなる声達に今度はラストが驚愕を浮かべる。


《傭兵団⁉ お前達は、シティの圏外に退避したはずじゃ……⁉》


 傭兵団の名を叫ぶFOF達を前にして驚きの叫びを出すラスト。


 それに答えたのは、はたして極超音速輸送機を駆るキャシーだった。


《だから救援に来たって言ったでしょ。先のバルチャー討伐作戦はまだ終わっていないのだもの。それが正式に解約されていない以上、あなた達に手を貸すのは当然だわ!》


 もちろん、それが建前なのは誰の眼にも明らかだ。


 それでもクロウ達を助けるため、彼らは、本来なら自然に破棄されているはずの依頼すら理由にして、救援に駆け付けてくれた。


《その通り! 特に我らはクロウ君に父の無念を救ってもらった恩があるからな! それを返すために力を貸すのは当然のことだ!》


《俺は、そこの優男ほど義理とかに厚くはねえが、ほったらかしの依頼があると気持ち悪いからな。とりあえず、ザコの掃除ぐらいはしてやる》


 そうして母体型ガイストへ落着した傭兵達はすぐさまガイスト達との戦闘を開始する。


《我らが活路を切り拓く! だから、人類を救うために、君達の役目を果たしてくれ!》


《活路のついでに、退路も、だ。帰ったらきっちり報酬として美味い酒を出せよ!》


 告げて〝狂気なる猫〟の総隊長クレイヴが駆る多脚型フレームFOFが前へ出て、その両腕に抱え持つエーテルビームガトリングを乱射した。


 併せて突っ込む〝誠実なる揺り籠〟のFOF達。切り込み隊長としてオスカーが前へ出てそんな彼に続くように他の傭兵達もまたガイストと激突していく。


《いきなさい、二人とも! こんな場所に来たってことは、なにか作戦があるのでしょう!》


 三者三様の声援。


 それを受けてクロウはラスト互いの機体のカメラアイをぶつけ合う。


「だそうだが……いけるか、ラスト」


《無粋な問いだな。行けるに決まってんだろ!》


 二人が再び加速する。


 傭兵達が切り拓いた活路へ突っ込み、さらに迫ったそのガイストもを撃破して、進む二人。


 そうして突き進み続ければ、目的の場所も見えてきた。


「……ッ! クロウさん! あれッ!」


 ハルカが叫び、それを示した。


 はたして、クロウ達の目の前には巨大な尖塔が立っている。


 それを見つけてクロウも大きく頷きを返した。


「ああ! あそこだ! あの中に入れば、母体型ガイストの内部に侵入できる!」


《了解! 行くぞ、二人とも!》


 叫び、最大の加速力でもって吶喊するクロウ達。


 迫るガイストを撃破し、そうして三人は尖塔へ至る。


「うおおおおおおおお!」


 フルチャージ状態のエーテルビームマグナムを構えるクロウ。


 撃鉄トリガ


 放たれたエーテルビームは空気を焼き焦がしながら尖塔の入り口に向かって突き進み──そして、その扉を破壊した。










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鎧袖掠りて絆は結ばれん → 袖すり合うも他生の縁




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