EP.043 鬼子母神を討てⅦ/作戦前夜


「──機体各部の状態を確認……よし。エーテルジェネレーターの出力を確認……問題なし。HbEハイビーの展開状態……異常なし」


 クロウの愛機〈アスター・ラーヴェ〉の中で、そのような声が響く。


 声の主は銀髪の少女──ハルカ・エーレンベルクだ。


 彼女は〈ラーヴェ〉との簡易ダイレクトリンクで機体各諸元を呼び出し、それを一つ一つ丁寧に確認していた。


 そんな後席へクロウは戸惑いもあらわな視線を向ける。


「なあ、ハルカ……本当に行くのか?」


 やや要領を得ないクロウの発言。


 そんなクロウの発言に理解ができず眉を顰めるハルカ。


「行くのか……とは、どういう意味でしょうか?」


 ハルカの返答に、クロウは頭を掻きながらその思うところを口にする。


「だから……本当に俺と〈ラーヴェ〉に乗って母体型ガイストと戦うのかって話だよ」


 その顔に何とも言えない表情を浮かべてハルカを見やるクロウ。


 それにハルカもようやくクロウが何を言いたいのか理解して、ああ、と頷く。


「もちろんですよ。私は戦う、と市民にそう宣言しましたから」


 先の演説においてハルカは〝私も戦う〟と宣言した。


 ハルカが覚悟を示したことで、結果として市民も団結する契機となった言葉ではあるのだが……まさか市民も思っていたなかっただろう。





 ハルカが、本当に戦場の最前線に向かうなんて、そんな。





「やっぱり無茶だって。ハルカ。いくらなんでも母体型ガイストの腹の中に自らも突っ込むとか、さすがにそれはやめとけよ」


 心底から少女のことを心配して、クロウがそう告げる。


 それにハルカはムッとした表情を浮かべた。


「なにを言っているんですか、クロウさん。それをあなたは成すのでしょう? だったら、私もオペレーターとしてついていくのは当然ではありませんか」


 にべもないハルカの態度にますます戸惑いの表情を浮かべるクロウ。


「いや、だからなあ。最前線は本当に危険だと俺は言いたいわけでして……」


「今の状況、危険なのはどこでだって変わりませんよ。それが遅いか早いかの違いです。そもそもクロウさんは、例え危険な場所でも生きて帰ってくるつもりでしょう?」


 ……それを言われると、非常に痛かった。


「そりゃあ、まあ」


 渋々ではあるが、頷くクロウにハルカはしてやったりと笑う。


「ならば、私もクロウさんと共に戦います」


 はっきりとハルカがそう告げた。


 彼女はすました顔をしながらクロウを見やる。


「そもそも、私がカメロットの市民に対して、ああも啖呵を切ってしまった以上、最前線に行くのは当然です。私自身が実際に戦っている姿を見せなくては、せっかくの市民の支持も崩れてしまう──これは市民を団結させるために必要なことなのです」


 覚悟のこもった眼差しを浮かべ、そう口にするハルカ。


 と、そこで一転ハルカは、表情を変える。


「それに、この状況ではクロウさんの元にいる方が一番安全までありますからね。市民の方々には悪いですが、私は、私がもっとも生き残る可能性が高い選択をさせていただきます」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて告げるハルカ。それにクロウは、やれやれ、と首を振った。


「いつの間に君はそんなにもふてぶてしくなったんだ?」


「無茶苦茶な操縦をして常に戦場の最前線へ突っ込んでいく誰かさんの影響ですね」


 ハルカの言葉にクロウは言い返す気力もなくして、降参というように両手を上げる。


「そう言われたらこちらの立つ瀬がな……ん? ちょっとまて」


 と、そこでクロウは言葉を切った。


 ダイレクトリンクでつながるカメラアイ──それがこちらへ歩み寄る人影を捉えたのだ。


 ハンガーにいる〈ラーヴェ〉へと歩み寄ってくる一人の男性。クロウはその人物を見て、意外感に目をぱちくりとさせる。


「あれは、ハルカのお父さんじゃないか?」


「えっ。わ、本当です」


 クロウの言葉に、ハルカも外部カメラへ視界をつなげて、外を見る。


 そこに立つ自分の父に驚くハルカにたいし、その父──ベリウス・エーレンベルクは鋭い眼差しを、クロウの愛機である〈アスター・ラーヴェ〉に向けた。


『……猟兵クロウ』


 おもむろに口を開くベリウス。


 そのまま彼は、睨むように〈ラーヴェ〉を──その先で自分を見るクロウを見詰め、それを口にする。


『少し、私と話をしないか』





     ☆





 ベリウスに誘われ、一度コックピットから降りたクロウ。


 娘抜きで、と言われたので、ハルカは置いてきた。


 そうしてベリウスと対峙するクロウはその姿を真正面から見やる。


「……それで、お話、とは?」


 娘を危ない最前線へ連れて行くな、というクレームかな、とあたりをつけつつ問いかけるクロウに、しかしベリウスはすぐに言葉を返さない。


 クロウが訝しげに眉を顰める中、ベリウスはおもむろにこんなことを口にした。


「……まずは、先の会議について謝罪をさせてもらいたい」


「??? 先の会議?」


 ベリウスの言葉に、クロウはしかし心当たりがなく首をかしげる。


 そんなクロウに、ベリウスが「君をガイストと疑った会議だ」と告げた。


「ああ。あれ!」


 何日か前、確か第45観測拠点で近衛従兵型を倒した後に、開かれた会議だ。


 ベリウスをはじめ、シティの重鎮に責め立てられた会議のことをしかしいまのいままで忘れていたクロウは、思いだすと同時に、それへ謝罪されることへ怪訝な顔を浮かべた。


「でも、どうしていまさらそれについて謝罪を? もう終わった事でしょう」


 そう、あっけからんと告げるクロウに、あっけにとられたのか、そこまでずっとしかめっ面しい状態だった表情を崩すベリウス。


「少し心残りだったんだ。言い訳にしかならないが、あの時は、ああするしかなかった。近衛従兵型という未知のガイストの存在。それが人へ擬態するという事実。これらを知ったシティの高官達の混乱を収めるためには、ああいった茶番をする必要があったのだ」


「はあ、さいですか」


 巻き込まれたクロウからすればいい迷惑だが……気持ちは分からなくもない。


 確かにガイストが人に擬態するとなれば、混乱の一つや二つも起こるだろうし、それに対して外の人間をいけにえにしようとする心理が働くのも理解できる。


 ゆえにクロウはそれ以上何も言わないことでベリウスの謝罪を受け入れた。


「まあ、どうでもいいですけどね。先にも言ったように終わった事ですから」


 いまは、母体型ガイストへの対処が最優先。


 それを前にすれば、過去に罵倒されたことなど些事にすぎない。


 だからクロウとしてはどうでもいい話、とするのに対し、ベリウスは無言でクロウを見る。


 妙な沈黙が二人の間に流れた。


 数秒ほど互いに見やった状態で沈黙するクロウとベリウス。


 クロウとすれば居心地が悪く感じるその沈黙は──しかしベリウスが視線を外したことで終わりを迎える。


「……あれが、君の愛機か……?」


 視線を逸らしたベリウスが、そのままハンガーの奥に鎮座する〈ラーヴェ〉を見る。


 いまも彼の娘によって各種のチェックが進められているそれをしばし見やるベリウス。


 クロウはそんな彼の視線に妙な違和感を覚えた。


「……ええ、そうですが」


 頷くクロウにベリウスが「そうか」と答える。


「確か名前はXTM‐001〈アスター……」


 と、そこで口をつぐむベリウス。


 妙なところで押し黙った彼にクロウは半ば反射的にその続きを口にした。


「〈ラーヴェ〉です。〈アスター・ラーヴェ〉」


「……そうだ。〈ラーヴェ〉だ」


 またも二人の間で流れる沈黙。


 いい加減クロウも、なんなんだこのおっさん、と内心で思ったが……幸いにして、というべきか、その沈黙も長くは続かなかった。


 その前にクロウ達を強い振動が襲ったからだ。


「……⁉ これは──?」


「きたか」


 ベリウスが顔を上げる。そんな彼の視線を追ってクロウもまたそちらへ視線を向けた。


 はたして、彼らが見やる先──ハンガーの外では起こる。


 まず地面が割れた。


 だが、それは自然の地割れではない。シティそのものに組み込まれた機構として、地面が左右に分かれ、その下に隠匿されたいたものを露わとする。


 そうして開かれた真っ暗闇より隆起するそれ。


 全長にして300メートル。


 ちょっとした戦艦にも匹敵するその巨体を出現させたそれは──大砲だった。


 巨大なる砲。


 その名を──エーテルビームカノンバスターと言う。


 本来なら、都市同盟の条約によって所持が禁止されている戦略兵器。


 しかしシティ〝カメロット〟が秘密裡に保持していた衆目の元に、その姿をさらした。


『シティ〝カメロット〟の全市民に告げます──』


 爆轟機士団の団長マリア・オーレインが市内各所に設置されたスピーカーを通して市民に呼び掛ける。


『これより、我がシティは母体型ガイスト討伐作戦〝暁〟を開始いたします』


 そして、作戦の時が訪れる。











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