EP.042 鬼子母神を討てⅥ/私

本日は二話更新(理由:書きたいところまで書いていたらクソ長くなった)。


こちらはその二話目ですので、前話を見ていない方は、前話を見てからご覧ください。

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 市民の注目の中。


 この後の歴史を大きく変えることになる会見が始まった。


「………」


 ハルカは静かに壇上に立つ。


 周囲に設置されたカメラがすべてハルカの方を向いていた。


 カメラを操作する人間も、その他の人間も全員の視線がハルカを視すくめる。


 総監の娘が何を語るのか、誰もが気にするところはそこだ。


 それを理解した上で、ハルカは一度深呼吸をした。


 呼吸を整え、精神を落ち着け、そうして覚悟を決めた少女は目を見開く。


「みなさん」


 呼びかけの声は、瞬時にシティ全体へ流れた。


 シティ総監の娘。


 元鋼槍機士団の訓練生。


 いまは傭兵として活動している少女の声が、シティ〝カメロット〟全体へ響き渡る。


「いま、我々の故郷は窮地にあります」


 演説のセオリーはそれを聴く者へ共感を与えることだ。


 明白な危機感をあおり、それに自分は共感できると示すこと──シティ行政府の長である父の背中を見て、学んだそれをハルカは活用する。


「皆さんも察している通り、我々のシティ〝カメロット〟はガイストに囲まれている状態にあります。その数──数百万」


 ざわめきがハルカの目の前で起こった。


 そこだけではなくシティ全体で同様にざわめきが起こる。


 数百万体のガイスト。それはこの世界を生きる人間が絶望するに足りるだけの数だ。


「しかもその数はいまなお増えており、後54時間ほどで一千万に達する見込みです」


 ともすれば市民をさらに絶望のどん底へ叩き落とす情報をハルカは躊躇せず口にした。


 隠し事をすれば市民の支持を得られない。


 たとえそれによってハルカ自身に憎悪が向けられることになろうとも、それを口にしなければなにも始まらない、とそうハルカは信じていた。


「それらはすべて母体型ガイストと呼ばれる超災害級ガイストによるものです。このガイストはガイストを産むガイストとして、いまなおそれらの驚異を量産している状況にあります」


 言葉は冷静に、しかし力強く。


 そう告げることで人々の注目を集める──これも父から学んだ演説技術だ。


「事態はひっ迫しており、状況は最悪を極めています」


 これも言い切った。絶望の状況にあるという状況を隠したり誤魔化したりしても市民の不安は紛らわせられない。


 ならば最初から断言した方がましだ。


「ガイストに包囲されたカメロットは現在他のシティと連絡が途絶している状況にあり、救援も容易には求められません──孤立無援。実質そのような状態で我々は数百万体というガイストと対峙する必要があるのです」


 隠し事はしない。


 絶望を希望だとは言わない。


 ただまっすぐと、馬鹿正直なぐらいに真実を口にして、真剣に市民と向き合う。


 それがもっとも人の信頼を得られる方法だとハルカは信じていた。


 だって父がそうしていたから──


「ですが、安心してください。この事態を解決しようと動いている方がいます。その方々は、この事態にあっても諦めず、明日のために母体型ガイストを倒そうといまも奮戦しています」


 ラスト達鋼槍機士団。マリアの爆轟機士団。


 そしてクロウ。


 彼らの顔を一人一人思い浮かべて、ハルカは希望があると市民に訴える。


「絶望的状況に見えるかもしれません。厳しい状況であるのは事実です。でも希望がないわけではありません。そのための戦いを我々はしようとしている。ですからどうか」


 まっすぐとカメラを見て、その先で自分に注目しているだろう市民の姿を思い描きながら、ハルカはそれを告げた。


「私達に力を貸し……っ」


 ハルカの言葉が途中で途切れる。


 彼女が見やった先、目の前のいるカメラマンや周囲の人々の姿が視界に入り、ハルカは驚愕に目を見開くこととなった。


 その時、彼らが浮かべていたのは、あまりにも冷めた──ハルカにたいしていっさいの期待を抱いていない、そんな表情。


「………」


 自分の演説が届いていない、とハルカは悟る。


 目の前にいるカメラマン達だけではない。


 おそらくカメラの向こうにいる市民達も、きっと同じ顔をしているだろう。


 それが理解できて、ハルカはなんとか言葉を取り繕わなければ、と思った。


 いまここで民心が離れればすべてが台無しになる。


 母体型ガイストという一致団結しなければ倒せない脅威に、対処できなくなる。


 その焦りのままハルカは言葉を口にしようとした。


 その時、


「───」


 ハルカの視界の端に黒髪がよぎる。ハルカのことを力強く見つめる瞳。


 クロウのそんな眼差しを受けて、ハルカは一度口を閉じた。





 ──結局人なんて成せば成るようにしかならないんだ。


 ──だったら、いつもの自分を意識して、いつも通りを心がけていれば、自然と人は自分がやるべきこと以外、忘れるもんだよ。





 この会見へ臨む直前、クロウが告げたその言葉がハルカの脳裏によぎる。


「……いつもの自分を意識する……」


 口の中でその言葉をハルカは呟く。


 ストンッと自分の胸にそれが落ちて行った。まるでかけていた何かを、今この場に必要だったのに、忘れていたそれを思い出したかのような気分になりながらハルカは顔を上げる。


 そして、彼女はカメラを──その向こう側にいる市民達をまっすぐと見据えた。


「──私は、このシティで生まれ育ってきました」


 ポツリ、とそんな呟きを漏らすハルカ。


 突然話し出した内容に、その場にいた人間の誰もが怪訝な顔をする。


 それを見やりながらも、それでもハルカは気にせず言葉を続けた。


「幼少よりこのシティを故郷として育ち、学び、成長してきた私は、このシティが好きです。このシティが故郷でよかったと心の底から思っています」


 民衆へ語り掛ける演説ではなく。自分自身の言葉として、それを口にしていくハルカ。


「このシティには多くの大切な人がいます。家族。友人……それ以外にも名前を知っている人、知らない人。そんな多くの人達が」


 自分が知っている人、一人一人の顔をハルカは頭の中で思い浮かべる。


 そうして最後に脳裏をよぎったのは黒髪の少年だ。


 朴訥としていて、でもすっごく強いその人のことを思い浮かべてハルカの口元は自然と微笑みの形を作った。


「そんな人々が暮らすこのシティ〝カメロット〟が私は好きです。この街のことを愛しています。この街に生まれて本当に良かったと思っている──」


 心の底からの言葉だった。嘘偽りのない本心を、人々の前にさらけ出していくハルカ。


 少女が告げるあるがままの言葉は、自然と人々を引き付ける。


 ハルカの気づかないうちにその場にいた人々の視線がハルカに集まっていった。


 カメラマンが向けるカメラの向こう側で市民達がハルカに注目した。


「でも、ただ好きなだけでは守れないものもあった。好きだから守りたいと願い、そんな想いを共有していたその人達は──いま、私の隣にいません」


 クララ、ユート、シン、アンナ。


 第45観測拠点で失われてしまった命。かつてともにシティを守っていこうと誓い合ったそんな友人達の姿、思い出……それらをハルカは思い起こす。


「理不尽はいつも突然に来ます。私が母を失った日、友を失った日……そして今日この日」


 ハルカにとって理不尽はいつも突然にやってきて、なにもできずに大切なものを奪う。


 母も、友人も、ハルカ自身がどうしようもできないところでどうしようもできないままに奪われてしまった。


 それをハルカは知っている。だからこそ、


「でも、それだけじゃないんです」


 一筋の光が、そこにあることも、ハルカは知っていた。


「理不尽に奪われるものと同じぐらい希望だっていつも突然に現れるのです」


 思いだすのは、クロウとの出会いの日。


 訓練用のFOFに乗っていたハルカがガイストに襲われ、ここで死ぬかもしれない、と恐怖した時にクロウは現れた。


 天空から降り立つその姿はまさに希望の光だ。


 理不尽と同様にそれは唐突に現れて、ハルカを救い出してくれた。


「その希望に私は救われました。そして私も希望でありたいと願った。そのためにいまここに立っています。私はいま理不尽にさらされようとしているシティを救いたい……!」


 心の底からの願いをハルカは絶叫する。


 少女の叫びは確かにカメラの向こうにいる市民達へ届いた。


 その心の中に飛び込み、小さな、でも確かな波紋を生じさせる。


「私は戦います。故郷のために、希望のために! そのために戦いますから、みなさんも力を貸してください。この理不尽にさらされようとする故郷を──私達のシティ〝カメロット〟を救うために、どうか、そのお力を私にくださいッッッ‼」


 ハルカが頭を下げる。


 深々と、ただ市民だけを見て希う──





     ☆





 それは、確かに市民に届いた。


 総監の娘が会見する。


 お偉方の娘でもシティから何か情報が出るかもしれない。


 最初はそんな気持ちで見始めた会見。


 しかし始まってみれば、ありきたりな、言ってしまえばばお役人が言うような言葉を口にするだけで、なにも心響かない演説が待っていた。


 挙句に絶望的な状況を口にしたその少女に、市民の多くは怒りすら覚えた。


 ふざけるな、とそうはっきりと口にしたものもいたぐらいだ。


 だけど、いまその気持ちは彼らの中にはなくなったていた。


 少女の心からの叫び。


 それは同じくカメロットで生まれ育ったものの心を打つのに十分すぎるほどの力があった。


 怒りを覚えていた者は、一人、また一人とその怒りを鎮める。


 いまにも行政府へ突入しようとしていた若者が、振り上げていた拳を下げた。


 絶望的な状況で無理心中を図ろうとしていた母親が子供の首から手を引いた。


 理不尽に絶望していた少年がベッドの中から顔を上げた。


「戦う」


「ともに」


「故郷を、守るために──」


 ポツリ、ポツリ、とそう呟きがシティの中に生じる。


 少女が告げたその言葉は彼らの心の中で波紋として揺らぎを造り。


 それはいつしか大きな波となって全員を飲み込んだ。


「ああ、そうだ。戦おう」


「俺達の手で、このシティを守ろう!」


「私達の故郷のために」


「僕達の故郷のために」


「我々の故郷のために」





 ──理不尽と戦おうッッッ!!!





 少女が発した言葉は、いつしか人々の決意と化した。


 その決意は、人々を一つに取りまとめる。


 理不尽を前に分断しかかっていた市民の心が一つになる。


 奪われてなるものか、と誰かが叫び。ならば一緒に戦おうと誰かが応じた。


 一人一人の小さい声が、幾千、幾万と集まって、大きな唱和となる。


 そうしてシティの意識が統一される。


 いま、この瞬間。


 理不尽と戦うために、すべての人間の心が一つになった。





   ☆





 そんな光景をクロウは、ハルカから離れた場所で見ていた。


「やっぱり、ハルカはすごいな」


 変わった潮目。


 人々の心が明らかに一致団結したのを見てとって、クロウは微笑する。


「さて」


 その上で、彼は顔を上げた。


「ここからは俺の出番だ」


 パンッと拳を打ち付け、気合を入れたクロウ。


 敵は母体型ガイスト。


 すべての元凶たる、それの討伐へクロウが動き出す。










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壮大なる序曲プロローグはここに終わりを向かえ──


──かくして、クロウとハルカの英雄譚ものがたりはじまる。





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