EP.037 鬼子母神を討てⅠ/Start to Countdown
【──その時は、来た】
それは、無音の叫びとして周辺領域に響き渡った。
かつてリヴァイアと呼ばれた遺構都市。いまや全長60キロメートルという規格外の巨体を持つガイスト──母体型ガイストの声が周辺へ発せられる。
【近衛将軍型ガイストより、コードΩを受信。運命変異体の存在を観測】
【超広域探査を開始。周辺文明状況の情報を取得】
母体型ガイストから不可視の観測波が放たれた。濃密なエーテル粒子の奔流が周辺地域へ拡散していく。
遠く遠くへ広がっていくエーテル波、その中にはシティ〝カメロット〟も含まれていて──
【発達した人類の文明を観測】
母体型ガイストの意識が人類の生存圏に向けられる。
【文明程度……危険域。
因果係数……異常閾値
運命増幅指数……許容値を突破。
脅威度プレカタストロフィ。人類文明が脅威水準まで発達していることを確認】
【因果崩壊現象発生の可能性大──よって、所定の制限を解放する】
【──プロトコル・アマノサカホコを発令】
その宣言は量子化したエーテルとして、比喩ではなく刹那の時間で周囲一帯すべてのガイストに轟きわたった。
【周辺全領域のガイストへ最上位命令権限を行使】
──支配完了。
【──周辺領域に展開するガイスト全100万機を指揮下に統合】
……。
………。
…………………………………………………………。
【なおも戦力足りず】
【併せて900万機を製造開始】
母体型ガイストの腹の中、すさまじい勢いで増幅するエーテル。
古の時代より、母体型ガイストの中に眠り続けた太古の機械群が駆動し、胎の中で恐るべき命が育まれ出す。
そうして新たに戦力を製造しながらも母体型ガイストは自分のもとへ集う100万あまりのガイストに向かって言葉を発した。
【全ガイスト傾注】
【これより我々は古より刻み込まれた我らが使命を遂行する】
【作戦目標は人類の救済】
【全ガイストは、これを達成するため──人類文明を駆逐せよ】
母体型ガイストが発した言葉。それはすべてのガイスト達に刻まれた
ガイスト達の思考が人類文明の駆逐という最優先目標に支配されていく。
殺気立っていくガイスト達。単なる機械生命体に過ぎない彼らが明確に、明白に、人類を滅ぼすべき存在と認め、そうして殺意を高めていく中。
【隷下、全ガイストへ命令】
母体型ガイストが最後の命令を告げる。
【第一命令、人類を駆逐せよ。
第二命令、文明を駆逐せよ。
第三命令──】
【──可能性を駆逐せよッッッ‼】
いまこの瞬間、人類にとって最悪の日が幕を開けた。
☆
「……端的に言う。最悪な状況だ」
シティ〝カメロット〟の軍施設にあるブリーフィングルーム。
そこにてラストが集う軍人とクロウへ向けて、そう口にした。
母体型ガイストが浮上を開始した瞬間。異変を感じ取ったラストの号令で、クロウを含めた鋼槍機士団や、傭兵達はその場からの即時撤退を選択。
命からがらシティへ逃げ戻った彼らを待っていたのは──母体型ガイストの元に集う総勢100万のガイスト集団という悪夢だ。
「周辺にいるガイストのすべて……カメロットだけではなく、それ以外のシティ周辺の梯団も含めたほぼすべてが遺構都市リヴァイア──いや、母体型ガイストの元へ集結しつつある」
ラストの言葉に表情を強張らせる軍人達。
「……
がりがりと頭を掻きながら、硬くなった空気を少しでも解そうと、ラストはそう口にしてみるが、しかしそれでどうにかなるわけではなく。
仕方なくラストは視線をブリーフィングルームの奥へ──そこに立つクロウへと向けた。
「あのガイストは、ガイスト達の親玉だってのは、間違いないんだな、クロウ」
「ん? ああ、少なくと俺が知っている知識では、だが」
言いながらクロウは顔を上げる。
クロウは知っていた。
あのガイストがどれほどヤバい存在なのかを。
「
ゲーム〈フロントイェーガーズ〉にも出てきたガイストである。
ゲームの半ばラスボスとして、登場したそいつの情報を頭から引っ張り出しながら語るクロウに、ラストは頷きを返した。
「クロウの言う通りだ。実際に、その後の監視部隊による観測の結果でも、集ったガイスト100万体をさらに超える数、反応が増加しているのを確認した」
言いながら、ラストは視線を隣に向けた。そこに立つのは金髪の美しい女性。
美貌を持つ彼女こそがマリア・オーレイン──ラスト達鋼槍機士団と並び立つ爆轟機士団の機士団長である。
「ここからは私が。現在爆轟機士団の偵察部隊により、観測された情報によりますと、母体型ガイストは急ピッチで新規ガイストの製造を行っております。その数、一時間で10万体」
マリアが告げた言葉に、軍人達の間でどよめきが起こる。一時間に10万体……それほどまでに膨大な数のガイストを生み出す母体型の生産力に圧倒されたのだ。
「このまま増大が続けば、遠からずその総数は1000万を超えることになるでしょう」
感情を廃し、あくまで淡々と告げるマリア。
だが、彼女の言葉に軍人達は激しく動揺した。
「1000万だって……そんなの人類が滅亡してもおかしくない数じゃないか……」
それがすべてだ。
一千万のガイスト。それは人類を全滅させるに足るだけの破壊力を秘めている。
一体一体がFOFを破壊しうる力を有するのに、それが1000万。ここにいるのが軍人だからこそまだ正気を保てているが、無辜の市民が聞いたらその場で気絶してもおかしくないほどの状況だった。
「もちろん、ガイスト達は通常、シティが持つ超大型エーテルリアクタの放つエーテル波によってシティ周辺に近づくことができません。それが可能なのは災害級と呼ばれる自身が放つエーテル波で超大型リアクターのエーテル波を無効化しうる存在だけです」
それだけならば、結局1000万のガイストでもシティへ接近できないように聞こえる。
だが、現実には、
「なお、母体型ガイストが放つエーテル波の波形とその濃度から、あれが災害級のガイストであることは確定しています」
……つまり、母体型が動けば、シティに1000万のガイスト達が大挙して押し寄せるということを意味していた。
マリアが告げた非情な言葉に、軍人達が言葉を失う。
それを見てラストもしかめっ面になりながら、マリアの言葉を引き継ぐ
「いま、母体型ガイストは新たなガイストの製造に注力している……」
そう呟いて自分へ視線を集めながら、ラストはブリーフィングルームの部下達を見渡し、
「おそらく、と付きはするが母体型ガイストはこの製造がある程度進むまでは俺達のシティに進攻することはないだろう」
「ラスト。その根拠は?」
クロウがラストを見やって問う。言葉だけならば、希望的観測にも聞こえたからだ。
はたしてクロウの問いかけにラストはこう言葉を返した。
「いますぐ侵攻を開始しても滅ぼせるのに、そうしないからだよ」
ブリーフィングルームに重い沈黙が落ちる。
カメロットとそこにいる人類を駆逐するだけならば現状の戦力でも十分。
そうしないのは、ただ単に更なる戦力を揃えて、カメロットだけでなく他の人類もまとめて叩き潰そうとしているからだ、とラストは言ったのだ。
そんなラストの言葉に押し黙る軍人達。
内一人が挙手をし、恐る恐るというようにラストへ問う。
「して、総隊長殿。我々に残された時間はあとどれくらいなのですか……?」
部下の言葉に、ラストはそこで初めて険しい表情を浮かべた。
苦り切った表情で唇を歪め、それでもなお軍人としての義務で彼はそのことを口にする。
「72時間。それが、1000万体のガイストを母体型ガイストが製造し終わる時間で……俺達人類が滅ぶまでのタイムリミットだ」
人類滅亡まで、後72時間。
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