EP.038 鬼子母神を討てⅡ/待ち受ける絶望を前に


 残り72時間。


 人類が滅亡するまでの時間を知らされたブリーフィングルームの中には重苦しい空気が蔓延した。全員が全員顔面を蒼白にする中、ラストも苦虫を噛み潰したかのような表情で言う。


「あと、72時間だ。この72時間で母体型ガイストを討伐できなければ、どの道、俺達のシティも……人類そのものも滅びる」


 きっぱりとそう宣言するラスト。


 それを聞いて、軍人達が息を飲む中、一人挙手をしてラストへと問いを発する。


「総隊長。我々にそれはできるのですか……?」


 軍人と言う立場としては、あまりにも弱気な発言。


 しかしそれを問いたくなるほどの絶望的な状況にあることをラストは認めながら、彼の問いかけに答えた。


「はっきり言って難しいと言わざるを得ない。まず戦力が足らないからな。ウチは単なる食料生産系のシティで、同じようなシティより軍事力を持つと言っても、それ専門の軍事系シティなんかと比べたら、やっぱりごく小規模って程度の戦力だからな」


「そ、それならば傭兵は? 先のバルチャー討伐作戦で参加していた傭兵達は戦力として数えることはできないのですか?」


 言いながら、その軍人は彼らの後ろでたたずむクロウを見た。


 クロウのような傭兵も戦力として数えられないのか、と問う部下に対しラストは、しかししかめっ面を浮かべ、


「……残念だが傭兵達には頼れない。先の作戦に参加していた傭兵達はそのほとんどがシティ外の領域に退避した……いまや、傭兵達はガイストの群れの向こう側だ」


 母体型ガイストの突然の浮上と、その直後に起こった膨大な数のガイストの集結。


 これらが併せて起こったことにより、撤退戦は困難を極めた。


 結果として、機士団と傭兵はそれぞれ別方向で逃げざるを得なかったのだ。


「言っておくが、傭兵達を責めるなよ。あの状況ではむしろ合理的な判断だ。リヴァイアがある位置はカメロットよりも他シティの方が近い。報酬以上にカメロットへ義理立てする必要がない傭兵達にとって、より確実に退避できる他シティの方へ向かうのは当然のことだ」


 ラストは部下達へ、そうくぎを刺す。


 あの時は、誰もが必死だった。鋼槍機士団にも少なくない犠牲が出たのだ。


 そんな状況下で、カメロットという故郷に縛られた機士団とそうではない傭兵で判断の違いが出るのはむしろ当然のこと。


 ラストもそれをわかっているからこそ、他のシティに退避した傭兵達を責めはしない。


 とはいえ、それでカメロットの苦境がどうにかなるかと言えば、別の話だが。


「……一応カメロット内部にもそこのクロウを含めていくらかの傭兵が残っているが……数が足りん。俺達も含め、なんとかかき集めて突撃させても、その大半は母体型ガイストへ届く前に、数百万といるガイスト達にすりつぶされるだろう」


 そこまで告げたラスト。彼の言葉にブリーフィングルームにいた軍人達は、いっせいに険しい表情を浮かべる中、さらに最悪な情報が彼らへもたらされた。


「……私からもう一つ補足を。これは爆轟機士団の偵察部隊が観測した情報ですが──母体型ガイストの周囲には強力なエーテルシールドが張られていることが判明しました」


 そう告げたのは、爆轟機士団の機士団長であるマリアだ。彼女の言葉に室内がざわめく。


「エーテルシールドというのは……つまり、エーテルの防壁で母体型ガイストは守られているということですか?」


 代表してハルカが問いかけるのに、頷きを返すマリア。


「はい。あくまで、遠望から観測した情報では、と留保はつきますが……それでも観測結果を見る限り、ただ近づいただけでは母体型ガイストに貼り付けないどころか、遠隔からの砲撃でも傷一つつくことはないでしょう」


 淡々と感情を廃して告げられたマリアの言葉に、もはや軍人達も言葉を失った。


「……近づくこと自体に、そもそも数百万というガイストの群れが立ちはだかり、さらによしんば近づいても、展開されているエーテルシールドのせいで撃破することも不可能、か」


 後頭部を掻きむしりながらラストがそう結ぶ。


「そ、総隊長殿っ。他のシティは? この際、なりふり構ってなどいられません! 他のシティに支援を依頼し、増援を受けるべきではありませんか⁉」


 半ば悲鳴じみた声でそう意見具申する部下に、しかしラストは真顔となって彼を見やり、


「それはできん」


「な、なぜですか⁉ 人類滅亡の危機なのですよ⁉」


 部下からの至極当然と言えば当然の質問にラストは嘆息を漏らしながらそれを告げた。


。他のシティは大を救うために、小を切り捨てた。カメロットおれたちを助けるためだけに、数百万というガイストの群れも突破するよりも、俺達がガイストになぶり殺しにされている間に戦力を整え、確実に母体型ガイストを討伐する腹積もりだそうだ」


「……そんな……」


 これもまた他のシティを責められはしないだろう。


 いまのカメロットは全集を数百万というガイストに囲まれている。


 シティが持つ大型エーテルリアクターのおかげで接近こそされていないが、逆に言えば、それらの群れが他のシティとカメロットを隔てている状況ともいえた。


 そんな数百万のガイストを突破してカメロットを救うよりも、カメロットが母体型率いるガイスト達の軍勢に蹂躙されている間に戦力を整え、万全を喫して迎え撃つ──あわよくば、カメロットが少しでも敵戦力を削れば。なおよし、とすら考えていることだろう。


 非難ができないぐらい極めて合理的な作戦だ。


 ……カメロット数百万の人命が失われることを無視すれば、だが。


「──増援は期待できねえ。戦力もごく僅少。だが、それでも俺達の故郷が、ひいてはそこにいる数百万の市民が生き残るにはここにいる戦力だけで……どうにかしなくちゃいけねえ」


 ラストがそう発言をする。


 だが、それを受けても部下達の反応は鈍い。マリアですら黙するだけで何も語らず、自分の言葉が誰にも届いていないのに気づいて、結局ラストは嘆息するしかなかった。





     ☆





 すこし、休憩にするか、とラストが提案して一度会議は中断となった。


「あと、72時間でカメロットが滅びる……」


 椅子に腰かけ、ハルカがポツリとそんな呟きを漏らす。


 彼女の手にはそこの自販機で買われた飲料が握られていたが、それの蓋が開いているにもかかわらず、いまだハルカは一口も飲んでいなかった。


 一方のクロウは、ハルカと共に買ったコーヒーに口をつけ、それを一気に煽る。


 喉をコーヒー特有の苦みが通り、カフェインが血流を活性化させる感覚を味わいながら、クロウはハルカの方へと振り向く。


「大変なことになったな」


 ポツリ、とそう呟くクロウ。


 彼としては、ここで慰めの言葉の一つや二つハルカへ告げるべきだったのかもしれないが、あいにくとこのシティの出身者でもなければ、そもそもこの世界へ来て日が浅いクロウからして、なにを言っても軽薄なそれになると思ったのだ。


 だから無難な言葉でとどめたクロウに対し、しかし顔面蒼白なハルカはそんなクロウの言葉にも気づいた様子もなく、手元の飲料を強く握りしめる。


「母体型ガイストを倒さなければいけない。でも、戦力は少なく、助けも来ない……そんな状況で私達にできることなんて……」


「あー、まあ。厳しい状況っちゃあ厳しい状況だよな」


 ハルカの言葉に、クロウはそう返す。それを聞いて初めてハルカは顔を上げ、クロウの方へと視線を向けた。


「クロウさんでもそう思うんですか?」


「そりゃあ、思わないわけないだろう。俺だって母体型ガイストがどれほどの驚異かってのは理解しているつもりだ」


 ゲーム〈フロントイェーガーズ〉では半ばラスボス扱いで出てきた母体型ガイスト。


 その時もゲームのストーリー上、様々な要素が絡み合ってようやく撃破できたという設定だったのに、現実となったいまは、そんな劇的な展開は望めない。


「母体型ガイストを突破するには様々なものが必要だ。でも、それを揃えている時間は残念だけど、俺達にはない。悠長なことをしていたら、確実に俺達の方が滅びるだろうな」


 クロウが告げた言葉に、ハルカが肩を震わせる。彼女はその顔を引きつらせながら、それでもクロウへと問いを発した。


「クロウさんは、怖くないんですか? いまのこの状況が……?」


「ん? あ、えっと、う~む」


 ハルカから問いかけられて、しかしクロウは即答できなかった。怖くないのか、と問われたその言葉。それを自分の胸に改めて問いかけて、クロウは自分自身の答えを出す。


「……まあ、怖くないか、怖いか、で言ったら怖いよ。そりゃあ」


 正直にクロウはそう認める。


 クロウだってバカじゃない。この世界がきちんとした現実でもうゲームの中じゃないゆえに一度死んだらそこで終わりだ、というのは理解していた。


 だからこそ自分も恐怖を感じないわけではない、とハルカの言葉を肯定しながら、その上でクロウが続けたのは次のような言葉だ。


「──だけど、これは俺がやるべきことだ」


「え──」


 クロウが呟いた言葉に、ハルカが両目を見開く。


 そんなハルカの目の前で、クロウは顔を俯かせながら拳を握りしめていた。


「母体型ガイストは俺が倒す」


 告げながら唇を吊り上げるクロウ。


「……どうして、そこまで」


「それが俺の役割だからだよ」


 ハルカの問いかけにクロウはそう返した。


 そもそもクロウがこの世界に来たのはゲーム〈フロントイェーガーズ〉がサービスを終了するとあって、運営が示した【最終高難易度ミッション】だ。


 クロウがそれを受注した瞬間に、この世界へ飛ばされた。そしてあの謎の声は、母体型ガイストを差してクロウが討伐するべき対象と言った。


「なら、俺はあれを倒すよ。そのために全力を出すつもりだ。たとえ、俺一人で戦いに赴くことになったとしても。その結果として俺が──」


 告げるクロウ。


 しかしクロウがその先の言葉を口にすることはできなかった。


 その前に、手を伸ばしたハルカによってクロウの言葉が遮られたからだ。


「クロウさん」


「……? どうしたんだ、ハルカさん」


 突然のハルカの行動にクロウが戸惑いもあらわに彼女を見る。それに対してハルカは両眼を震わせながら、それでもクロウを見やって、


「クロウさん──私と一緒に、このシティから逃げませんか?」


 ハルカの言葉に今度は、クロウが両目を見開いた。










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作者より一つおしらせ


次回の水曜日更新につきまして、いったんお休みとさせていただきます。

理由としては、作者の体調不良(風邪ひいた)と今後さらに展開が加速していくので、一度精神を休めて、そこへ向かってセットアップする時間がほしいなあ、と(ちらりとポ〇モンスカヴァイDLCを見ながら)、そういうわけで、次回は一度お休みをはさんだ後、その後来週土曜日に更新させていいただきます。


作品自体のよりよいクオリティアップのための期間ともしたいので、どうかご理解くださると幸いです。

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