EP.033 可能性の開拓者Ⅶ/〈ブリューナク〉
一般に、遠隔への砲撃を間接砲撃と言う。
まったくの目視圏外。相手の姿を捕らえずに、砲撃するには様々なものが必要だ。
その中でも特に重要なのが──
《──対象の諸元をお送りください》
対象の諸元──すなわち、その位置や砲手から見た方角などの情報を求めるB‐1。
しかしそれに対して後席のハルカが険しい表情をした。
「……すみません、B‐1。こちらの観測機器では諸元を送ることが……」
現在クロウとハルカが乗る〈ラーヴェ〉は狙撃を警戒して建物の影に隠れている。
B‐1の求める諸元を送ろうにも、顔を出せばウェアヴォルフから狙撃される以上、諸元の観測はとてもではないができそうにもなかった。
そう語るハルカに対して、B‐1は《そうですか》と、淡泊な声で呟き、
《ならば、おおよそでいいので対象の位置を教えてください。こちらで地図を参照します》
「えっ、あ、はい。それぐらいはできますが……」
戸惑いながらも、ハルカはB‐1にエーテルブラスターの位置を教える。
ただ地図の位置といってもそれはおおよその場所だ。
詳細に観測したわけではないから多少の誤差も含む。
さらに言うのならば、深い霧で覆われたリヴァイアは中と外で大きく環境が異なる。そんな環境下における砲撃は極めて難しいはずだが……
《ご安心を。我々爆轟機士団。その訓練の成果をどうぞご覧ください》
☆
B‐1──本名をマリア・オーレインと言うその女性は、愛機のコックピット内でハルカから送られてきたデータに目を通した。
「さすが、ハルカさん。限られた情報の中でも、正確なものを送ってくれますね」
口元に深く笑みを浮かべながら、マリアは各種情報を愛機に入力していく。
「風向き、風速、コリオリ力……計算完了」
地図の位置情報を元に、各種数値をFOFに入力していくマリア。
同時に彼女は僚機である部下達へも通信を向けた。
「爆轟機士団各員へ通達。砲撃用意。対象エーテルブラスター及びその護衛FOF。
砲撃は、TOBで行います。各自、送った情報を元に、仰角を合わせてください」
《了解》
部下達もマリアの指示に合わせてFOFが抱え持つ砲の位置を調整。
その上で部下の一人からマリアへ、こんな通信が入った。
《団長。砲撃は何度行いますか?》
部下からの質問は、砲手として当然の問いかけだ。
通常、間接射撃では一発目は試射として放った砲撃が対象へきちんと当たるか観測するために撃つ。つまり一発目は当てることを考えないわけで。
故に、最初は試射とするか? と砲手としては当たり前の確認をしてきた部下に、しかしマリアはコックピット内で首を横へ振る。
「不要です──一発で十分ですから」
そう請け負って、砲を構えるマリア。
「
砲撃が行われた。
☆
《む──》
遠くから響くカザキリ音。
それを受けてエーテルビームブラスターの護衛についていたウェアヴォルフは機体のカメラアイを頭上へと向けた。
《………》
視線を上空、霧の滞留するそこへ向けるウェアヴォルフ。
そんな彼の視線の先で──
《───!》
霧が突き破られた。
そうして現れるは緑色の尾を引く一閃。
《砲撃⁉》
濃霧の天蓋を突き破り、大穴を開けながら墜落してくる一条の光。
それは膨大な質量と熱量を伴ったエーテル砲弾だ。
直撃。
寸分たがわず、ウェアヴォルフとエーテルブラスターが存在するそこへ直撃した砲弾。
それは着弾と同時に、砲弾を覆っていたエーテルの被膜がはじけ、そうして内部に存在する膨大な熱量が解放される。
大爆発。
周囲を焼き尽くさんばかりに荒れ狂うエーテルの奔流が巻き起こる。
《チッ‼》
たまらず跳躍を成すウェアヴォルフ。
《ブラスターは⁉》
カメラアイをブラスターの方へ向けるウェアヴォルフ。
幸いにして、というべきか、ブラスターは砲撃を受けても無傷。エーテル砲弾は確かに強力だが、それ以上のエーテルを纏うブラスターには意味をなさなかったようだ。
《すぐに狙撃体勢を。我々の役目を果た──》
《させねえよ》
オープン回線越しに響いたその通信音声に、ウェアヴォルフが顔を上げる。
《な──》
黒鳥が迫っていた。
それは漆黒の大鴉。音速をも超える速度で迫る鉄の躯体が、いつの間にかウェアヴォルフのすぐそばまで接近していたのだ。
《ようやく目を逸らしたな、狙撃野郎!》
迫る漆黒のFOF──〈アスター・ラーヴェ〉を前に、ウェアヴォルフは空中でとっさに狙撃姿勢を取った。
両腕で抱え持つエーテルパルスライフル。その銃口を空中のそいつへ向け射撃。
そうして放たれたウェアヴォルフの狙撃は見事だったと言える。
空中と言う不安定な場で、さらに音速で迫る敵に対して、それでもウェアヴォルフは確かに正確な狙撃をなした。
並の傭兵が駆るFOFならばそれだけで行動不能に陥っただろう一撃だ。
そう相手が並みの傭兵だったならば、
《当たるかよ、そんな狙撃》
《───⁉》
機体を瞬時に切り返し、ウェアヴォルフのはなった狙撃を回避した〈ラーヴェ〉
それに驚愕するウェアヴォルフに対して、今度こそ肉薄した〈ラーヴェ〉はその機体を飛行モードから人型モードへ変形させ、
《じゃあな、狙撃野郎》
一刀両断。
人型モードで抜き放った〈白虹〉により、ウェアヴォルフは二度の斬撃を喰らい、APRAを全損。そのまま機体を動力部ごと破壊された。
胴体から一刀両断され地上へと堕ちるウェアヴォルフ。
彼はそれでも腕を伸ばした。もはや動力を切断され、ライフルを握ることもできないまま、大空を舞う漆黒の大鴉をそのカメラアイでとらえる。
《ああ、そうか、お前が──》
爆発。
両断されたエーテルリアクターから解放されたエーテルが現実の事象に干渉し、それによって起こった膨大な熱量の増幅により爆発四散するウェアヴォルフ。
それを〈アスター・ラーヴェ〉──いや、その機体を駆るクロウは見下ろしていた。
「ふいー、なんとかあのクソ厄介な狙撃手を倒せたな」
コックピットの中でクロウはそんな風に息を吐く。
背後のハルカもどこか疲れた表情で同意の頷きを返した。
「ええ、まったくです。まさか狙撃にあそこまで苦労するとは」
「ここら辺は鍛えるべきところだな。いやー、俺もまだまだだ」
そこまで言って、クロウは「さて」と呟き、
「本来の俺の仕事をこなすとしましょうかね」
言いながらクロウが向かったのは、高層建築の頭上に安置されたエーテルビームブラスターだ。クロウが本来やるはずだったその任務をこなすためそちらへと近づていく。
「膨大なエーテルに守られているって話だが……何、ブレードで叩き切れば壊れるだろ」
言いながらクロウはブレードを構えた。
「どんなに強固なエーテルで守られていても、これ一つで簡単解体、持っていてよかった一家に一振り八十七式極型霊光刀〈白虹〉さんがお通りですよっと」
「あ、ははは。私は一応周辺の警戒をしておきますね」
もはやふざける余裕すら持ってクロウがエーテルブラスターへ接近する。
その一方でハルカが各種観測機器で周辺の警戒を担っていた。
ゆえに、それへ気づくことができた。
「──‼ クロウさん、敵襲です!」
ハルカの絶叫。
それと同時に、クロウのすぐそばではじけ飛ぶビルの壁面。
いままさに上昇しようとしたクロウを狙って、現れたのは一機のFOFだ。
牛のような両側の角、と面長が特徴なその機体は──
「──アルデバラン⁉」
バルチャーの頭目。
またの名を〝トロイアの虐殺者〟アルデバランがクロウ達の前に現れた。
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↓の用語集、この後のネタバレが多くなりすぎるから、彼の生い立ちを語れなかったを(´・ω・`)
【ウェアヴォルフ】
バルチャーの一人であり、またそのバルチャーが駆るFOFの名称。
主に狙撃を得意とするバルチャーであり、遠距離からの狙撃は百発百中の精度を誇る。
ウェアヴォルフはそんなシティの秘密部隊に所属していた元軍人(そのシティには表向き軍人はいないので配管工を名乗っていたが)であり、特に狙撃系の技術に卓越していた。
彼の暗殺技術は独特で、機動力に優れた機体で暗殺対象がいる場所の奥地まで潜入。その後、一度機体を降り、暗殺対象の付近まで隠密しながら接近し、そうして暗殺対象を捉えたのち、それを狙撃。狙撃後は、機体の元まで戻り機体のFOFの機動力で離脱するという戦法を取っていた。
そんな彼に転機が訪れたのは彼が所属するシティをあるバルチャーが襲ったことである。数十機もいたFOFを単独で撃破したバルチャーの名は〈アルデバラン〉──後に〝トロイアの虐殺者〟と呼ばれることとなるそんな人物に感化されたウェアヴォルフはトロイア壊滅後、シティを出奔し、アルデバランの第一の配下として右腕的存在となる。
もともと狙撃が得意だったこともあり、FOFの武装も狙撃銃とした彼だが、APRAという絶対の守護で守られたFOFを相手には狙撃は効果が薄く自身で決定打を持たないが、その代わり他のバルチャーやガイストを誘導して、敵FOFを囲みタコ殴りにさせ、自身はエーテルパルスライフルの狙撃によって相手の動きを止め続けるという戦法を編み出すことに。
敵の攻撃が届かない遠距離から永延と自機をスタンさせる攻撃をしてくるウェアヴォルフの存在は近接攻撃に特化したアルデバランと相性がよく、それによってこれまで数多くの一流傭兵などを屠ってきた。
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