EP.022 可能性を喰らうプリテンダーⅤ/近衛従兵型
『──ミッションの内容を説明いたします。
目的はとある輸送基地の調査。現在、当該輸送基地は長く連絡が途絶えている状況にあります。あなたには、その輸送基地に赴き、連絡が途絶えている原因を探っていただきたい。
また、ミッションには〝ホワイトヴルム〟が先行して調査を行っております。
アトランティス防衛の英雄。その二人が並び立てば、遂行できないミッションはないでしょう。あなた方の成果を期待します』
──ミッション【輸送基地調査】
それはゲーム〈フロントイェーガーズ〉をプレイしたプレイヤー全員が口をそろえて胸クソだと断言したほど最悪のミッションだった。
とある輸送基地に赴き、そこで連絡が途絶えた理由を探れという趣旨のミッション。
そのミッションで僚機として帯同する〝ホワイトヴルム〟は、チュートリアル時からともにミッションをこなし、そこから互いに多くの戦場を共にして戦友と認め合ったNPCだ。
直前のミッションでは、とある都市を多くの軍勢から防衛するというミッションで最後まで戦い抜き、互いを認め合った関係にあるNPCもいるとあって、プレイヤー達は、そのNPCとのミッションに胸を躍らせた──しかし、そこで待っていたのは、
【おう、戦友。待っていたぜ】
──そんな
FOFを殺すことに特化したガイスト。物量と大火力を主とするガイストの中では例外的な性能をもったこの近衛従兵型の特徴は〝擬態〟だ。
そうして得た情報からパイロットの精神性を再現し、さらに乗っ取った通信機越しに他のFOFにも話しかけることで動きを鈍らせ、さらに被害を増させる──そんな悪意の塊みたいな存在が近衛従兵型であった。
ゲーム中でも最悪とプレイヤー達が口をそろえたガイストが、はたして現実に現れるとどうなるか、その答えがいまクロウの目の前に示される。
【総隊長殿! ようこそいらっしゃってくれました!】
【あら、総隊長。いったいなんの用ですか? それも傭兵なんて連れて】
【いや、そんなことよりも歓迎の準備をしないと! 総隊長殿がはるばるやってこられて、なにもしないとあらば、我ら第45観測拠点隊員の名折れだ! そうだろ、みんな!】
【ああ、そうだ、歓迎の準備を! 総隊長殿とそのご友人を我らで歓迎しよう!】
【歓迎を】
【歓迎を】
【歓迎を】
【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】【歓迎を】
狂ったように【歓迎を】と連呼する通信機。
《……なんだよ、これ》
ラストにとっては部下だったはずの者の声で、それらに擬態した近衛従兵型が調子っぱずれな音を繰り返す。
なまじ、かつてここにいたであろう人間達の精神性を再現しているだけに、そんな人達と実際に言葉を交わしたこともあるだろうラストにはきついものがあるだろう。
「……ゲームですらクソだったのに、現実になるともっとクソだな……」
クロウですら、そううめく中、他人の声真似を続ける近衛従兵型が包囲網を狭めてくる。
「……ッ。クロウさん、ラストさん! ガイストが……!」
後席でハルカがそう警告の声を発した。通信機越しにラストへ呼びかけたハルカだが──それが致命的な現象を呼び込むこととなった。
【──おい、その声ってもしかしてハルカか?】
少年の声。
近衛従兵型が取り込んだ人間の声の多くは成人した男性や女性のものであるのに、その中で例外的に年若いそんな声が、通信機を返してハルカに呼びかけてくる。
「え──」
【やっぱり、ハルカだ! よかった、お前もこの基地にこれたんだな!】
【わーハルカーよかったねー。私達と一緒に訓練できるー】
C‐3、続いてC‐2。そんな二人の声が無遠慮にハルカの耳を犯す。
【ハルカ! 来ているんだったら、いってくれよ! 迎えに行ったのに】
C‐5。
「あ──あ」
かつてともに厳しい訓練を共にした同期達の声で話しかけられてハルカの頭が真っ白になった。もはや声も上げられない彼女へ、さらに残酷な言葉が投げかけられる。
【ああ……! ハルカ! ねえ、聞いて! 私、あなたに謝りたいことがあったの!】
C‐4……かつてハルカとは同室だった、親友と呼べる少女の声。
【あの時はごめんなさい、ハルカ! 私の反応が遅れたばかりに、あなたがかばってFOFを大破させたでしょう。本当に後悔しているの。それで、あなたも軍を辞めさせられちゃって、そのことをずっと謝りたかったの──】
ねえ、ハルカ。
【本当に、ごめんなさい】
「おえっ」
ハルカが嘔吐した。
無理もない。
かつて親友の声を真似て、さらにその親友が抱えていたであろう想いをなんら躊躇うことなく言葉にしたそれは死者の魂を凌辱するようなものだ。
ただの謝罪ですら残酷な武器として、パイロット達の精神を蝕んでいく。
これがFOFを殺すことのみに特化したガイストの機構。
人の精神を壊し、そうして動きを止めた人間をFOFごと捕食して乗っ取り、さらにその人間を真似ることで別の人間の精神を蝕もうとする悪意の塊。
なまじ彼らとしっかりと絆を結んでいたハルカやラストにはきついものがあるだろう。
だからこそ、この場にクロウがいたことは僥倖だった。
「いい加減にしやがれ──‼」
すぐそばのFOFに向かってクロウはエーテルビームライフルを連射する。
さらに機体を急加速させて包囲網の一角へ吶喊。そこにいるガイストが擬態したFOFを八十七式で次々と両断していき、布陣の一部を崩した。
「ラスト! ボーっとするな! こいつらに殺されたいのか⁉」
《あ、いや》
あれほど闊達だったラストですら反応がおそろしく鈍くなっている。
それにクロウは奥歯を噛みしめつつ、もう一度ラストへと叫びかけた。
「いいから動けッ! ここは戦場で、目の前にいるのは敵だ‼」
端的に現状を叫ぶクロウに、しかしラストの反応はまだ鈍い。
《……だ、だがクロウ。こいつら俺の部下の声で──》
「バカ野郎! ここに生命反応はないんだぞ⁉」
《───》
この基地へたどり着く直前、クロウがハルカに指示して観測した結果は生命反応なしというもの。それはつまり、この第45観測拠点に生存者はいないということを示していた。
「お前の目の前にいるのは、かつてここにいた奴らを猿真似しているクソガイストにすぎないんだ! 決してお前の部下じゃない!」
結局のところ、その言葉がすべてだった。
目の前にいるFOF達とそこから響く声は、すべてガイストの猿真似。
死者のそれを模倣してこそいるが、似ても似つかない下手くそな音声だ。
そう断じた上でクロウは死んだ人々を侮辱するガイスト達を次々切り裂いていった。
「クソッ、キリがねえ! 一体何機のFOFが取り込まれたっていうんだ⁉」
明らかにこの基地へもともと駐屯していただけのFOFだけではない。
おそらくは周辺にいたバルチャーのFOFも取り込んだのだろう。不格好な見た目をした機体も混じりながら次々とFOF達が襲い掛かってくる。
「──クロウさん」
そんな時、後席でハルカが声をあげた。
「すみません、取り乱しました。オペレーターとしての業務に戻ります!」
決然とした声音でハルカがそう叫び声をあげると同時、素早く機器を操作した彼女によって周辺の情報が精査され、FOF達にそれぞれタグが付けられる。
「たすかる──!」
敵の位置、方角、距離、それらが把握できたことでクロウの戦闘精度が増した。
さらにハルカは精力的にオペレーターとしての業務をこなそうとする。
彼女だって、友人たちの末路を前に多大な精神的ショックを受けていただろうに、それでも強くあろうとするその心は──残る一人の中に火をともした。
《ああ、くそ》
黄色の機体が動く。
素早く機体を加速させ、小刻みなステップを踏んで目の前のFOF──そうガイストが擬態したかつての部下の機体にラストは接近した。
振り上げるのは右腕。そこに取り付けられたのは巨大な武装だ。
腕全体を負うその先には極太の杭がつけられており、ラストは拳と共にその杭をFOFに叩き込んで──そして、炸裂させた。
轟音。
内部のエーテル爆発と武装に作用する
それは精確に機体内部の導力炉に寄生していたガイストすらも捉え、それをOVPRの激烈なエーテル波動によって蒸発させる。
《ガキどもが戦ってんのに、大人の俺が立ち止まっているわけにはいかねえよな──‼》
叫ぶことで、無理やりにでも己の精神を鼓舞して、ラストは心の中に火をともす。
《クロウ! エーレンベルク! すまない、もう大丈夫だ!》
クロウの横に並び立つラスト。それに呼応するようにハルカも叫んだ。
「クロウさん! お願いします! 彼らを──かつての仲間達を解放してください‼」
両者の願いは、猟兵の心に届く。
「ああ、任せろ」
クロウは、機体を加速させた。
────────────────────
【〝ホワイトヴルム〟】
ゲーム〈フロントイェーガーズ〉の中でも、屈指の人気を誇っていたNPC。チュートリアルミッション時から、僚機として登場し、互いに新人猟兵としてミッションへ挑んでクリアすることで猟兵として認められた、というゲーム開始初期からともに戦えるNPCであり、その後も幾度と互いに戦場を共にするので、自然とプレイヤーの中でも印象に残るキャラクターとして認知されていった。
性格は闊達にして紳士的、犬っぽい親しみやすさと人懐っこさがあり、プレイヤーのことを「戦友」と呼んで、ゲーム開始時から認めるような発言を繰り返すその様は、他のNPCから殺伐とした言動を向けられることが多いゲーム中において、プレイヤーの中では彼の言動だけが癒しになる、と評判だった。
特に印象に残るのが【アトランティス防衛】というミッションで、ゲーム中どの勢力にも属さない中立都市アトランティスを防衛してくれ、というこのミッションは同都市出身のホワイトヴルムから、唯一主人公だけに向けられ、懇願するという形で依頼されたミッションだった。
中立都市ゆえ他の猟兵が誰一人として受けないなか、主人公だけが受けてくれたことでホワイトヴルムはこれを喜び、さらに大勢現れる敵を戦友として共に打破する展開は爽快感も強く、その合間合間で語られる台詞の良さもあってゲーム中最高に気持ちのいいミッションだとプレイヤー達も太鼓判を押している。
そうして見事アトランティスを防衛しきると、プレイヤーとホワイトヴルムはアトランティスの英雄。あるいは新時代の双頭竜などとも呼ばれ、二人並んで英雄視される強力な猟兵とみられるように。
……そんな彼との関係が大きく変わるのがアトランティス防衛の次のミッション。
ストーリー終盤に出てくるそのミッションの名を【輸送基地調査】と言うそれに、先行してホワイトヴルムが出撃している、と聞いてプレイヤーにまたホワイトヴルムと気持ちよく戦えると期待させたうえでいざ向かってみると、そこにいたのは──ホワイトヴルムに擬態した近衛従兵型だった。
彼の声真似をして、彼とプレイヤーであるFOFパイロットとの思い出を語り、さらに彼が内心で抱えていた思いまで吐露して喋りかけてくる近衛従兵型の在り方に多くのプレイヤーが憤慨。
ゲーム中最悪のミッションとして誰もが口をそろえる【輸送基地調査】は、あのクロウですら、全ストーリーミッションノーダメクリア中にそのムービーと音声を完全にカットして字幕すら表示させず、さらに速攻でガイストを討伐するという行動をとらせるにいたった。
それほど胸くそのミッションとして知られる【輸送基地調査】によって死亡したホワイトヴルムは、そんな彼の死にざまもあって、プレイヤーの間では特に印象に残るNPCとして知られる。
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