EP.021 可能性を喰らうプリテンダーⅣ/役を羽織る


 第45観測拠点は、異様なほどの静寂に包まれていた。


(なんとも嫌な雰囲気だな)


 クロウは愛機〈アスター・ラーヴェ〉を上空から降下させつつ、そんな風に思う。


 静けさに包まれた第45観測拠点には、本来その場にいたであろう軍人達の気配は微塵も感じられず、にもかかわらず──


。戦闘の痕跡もなく、なのに人だけがいなくなっているって感じだ……)


 内心でそう思うと同時にクロウは思いっきり顔をしかめた。


「クロウさん……?」


 そんなクロウの様子に気づいたのだろうハルカが後席から呼びかけてくるので、クロウはハッと顔を上げる。


「すまん。気にしないでくれ……」


 言いながらもクロウの内心ではザワザワとした感覚が消えない。


(この状況、この空気……チッ。いやなことを思い出す……)


 内心で吐き捨てながらもクロウが思い出したのはゲーム〈フロントイェーガーズ〉におけるとあるミッションのこと。


 クロウが愛した〈フロントイェーガーズ〉の中でもっとも最悪で、もっとも胸くそなイベント──それとこの状況が重なる。


「……ラスト。最悪の事態も想定しろ」


 通信機を起動して、ラストへとそう話しかけるクロウ。


《……わかっている。天輪。一度、安全な空域まで下がっておいてくれ》


《了解。スズメバチホーネット、クロウ。あんたらも気をつけなさいよ》


 キャシーが駆る大型輸送ヘリが身をひるがえして一度第45観測拠点から離れる。


 それを見送りながらも第45観測拠点に機体を着地させたクロウとラスト。


 改めて周囲を見渡すが、やはり破壊の痕もない第45観測拠点の中は異様であり、その異常さにクロウも後席のハルカも押し黙ってしまう。


 一方のラストは機体のカメラアイ越しに周囲を見渡して、


《やはり、生存者は──》


 いないか、とラストが告げようとした──まさに、その時。


 クロウとラストの目の前。


 第45観測拠点を構成する格納庫軍の一角。


 その合間に影が生じた。


《───‼》


「え──」


「………」


 驚愕するラスト。両目を見開くハルカ。眼差しを鋭くするクロウ。


 そんな三者が三者とも見やる先で、格納庫の角よりゆらりとうごめいた影がゆっくりとその姿を現す。


 どしん、どしん。


 そんな音を立てながら現れたのは巨大な人影だった。


「FOF……⁉」


《生存者か!》


 ラストが慌ててそちらへと機体を推進させる。


 そんなラストに呼応するように格納庫の角より現れたFOF──シティ〝カメロット〟所属の軍用機であるそいつは、ラストの存在に気づくと、ゆるりとした動作で振り返り、そのままザッ、ザッと音を立てながら通信をつなげてくる。


《おや? もしや、そこにいるのは総隊長殿ですか……?》


 驚いたような声を通信機越しに響かせるFOF。


 状況の異様さにたいして、明らかに場違いなほど明るい声音だったのだが、それにたいしてラストは気づいた様子がない。


《その声! F‐13〝ロースト・シープ〟だな! よかった! 生きていたのか!》


 機体をそのFOF──F‐13の方へと近づけさせながら歓喜の叫びをあげるラスト。


 一方のF‐13と呼ばれたFOFは、やはり場の空気にそぐわない朗らかな態度で、機体の両腕を広げて見せる。


《ええ。いや、しかしいったいどうなされたので、総隊長殿。その後ろにいるのは、もしや傭兵ですか? 傭兵を連れてこのような僻地にまで来るとはいったい何事ですかな?》


《そんなことはどうでもいい! お前以外に生存者はいるか⁉ 実戦訓練にきていた訓練制どもは⁉ とりあえず生存者の数を報告してくれ!》


《あ、はい。訓練生達は生きていますよ。今呼びま──》


 す、と言う言葉は続かなかった。


 その前にクロウが突如として〈ラーヴェ〉を加速させたからだ。


 近づくラストよりも高速で機体を急加速させたクロウ。


 そのままクロウは右手の武装をエーテルビームマグナムから八十七式極型霊光刀に換装しながら、瞬時に目の前のF‐13へと距離を詰める──そして、


《む──》


 斬撃。


 ブレードによる一撃でクロウは、F‐13を一刀両断した。


《は?》


 いきなりのクロウの凶行に、ラストがそんな風に唖然とした声を出す。


 後席のハルカすら突然の行動に絶句して何も言えなくなる中、そうして袈裟切りにした機体を足蹴にしたクロウ。それを見てラストが溜まらず叫んだ。


《クロウ‼ テメェ、俺の部下に何を──⁉》


「部下……? バカを言え、ラスト。【】はお前の部下じゃない」


 クロウが告げるのと同時だった。


 叩き切られたFOFが爆発する。


 いや違う。そう錯覚する勢いで何か真っ黒なものが飛び出たのだ。


 コールタールのような黒く粘膜質なそれが、全長10mというFOFの身の丈をも超えるほどの勢いでその体積を増大させる粘液。


 それと共にザッザッと雑音を立てて、通信機に通信が入る。


《おやおやお客人。ひどいなあ、いきなり斬りつけるなんて》


「ひっ」


 両断されたはずのF‐13の声で、通信を入れてくる【ナニカ】に後部座席のハルカが悲鳴を上げる中、通信機はさらに言葉を続けた。


《私なにか悪いことしましたかただ挨拶を申し上げようとしただけなのにいきなり攻撃するのはないでしょうあなたなにをやったかわかってます私はシティカメロットの鋼槍機士団に所属するFOF乗りなのですよそんな私を攻撃するということはシティを敵に回すというのも同ぜ》


「うるせえ」


 エーテルビームライフルを乱射。


 粘液に向かって撃ち放たれたエーテルの光線は確かに突き刺さり、その喜色悪いそいつを一瞬で蒸発させ、そうして消え去った黒い粘液を見てクロウは盛大に舌打ちをした。


「チッ。最悪だ。予想していた中で、一番当たってほしくない予感が当たりやがった」


 そんな風に言葉を漏らすクロウ。そんなクロウに対してラストは呆然とした声を漏らす。


《クロウ……。いったい、いまのはなんだ……?》


 ラストの問いかけ。それにたいしてはたしてクロウが返したのは端的な返答だ。


「ガイストだよ」


 クロウが呟いた瞬間、第45観測拠点のあちこちに無数の影が生じた。


 それは、FOF──否、そう擬態したガイストだった。


 建物の影よりまろびでたそれらを見て、クロウはその名を叫ぶ。


「──近衛従兵型ケントゥリオ……‼」


 かつてこの観測拠点に勤めていた人間を、擬態する最低最悪のガイストに、気づけばクロウとラストは取り囲まれていた──










────────────────────

【F‐13〝ロースト・シープ〟】

 鋼槍機士団に所属する一位従機士(大尉相当)のFOFパイロット。鋼槍機士団では席次十三位であり、実力実績共に中堅どころといったもの。


 そのためパッとした功績はないが、堅実で真面目な仕事っぷりから上層部の評価は高く第45観測拠点でも駐屯FOF部隊指揮官を務める。


 私生活では奥さんとまだ五歳の娘がおり、普段からその二人が映った写真を持ち歩き、隙あらば部下や同僚に自慢しまくる愛妻家にして親バカ。最近、子供が字を書けるようになったことを周囲に自慢しまくるあまり部下同僚たちからうんざりされて、結果、観測拠点の司令官から叱責を受けたなんてことも。


 そんな人だから、妻や娘とも毎日のように通信を交わしていて、特に娘とは次の休みの日にシティの遊園地へ遊びに行くことを約束していた……それももう叶うことはない。


 なお、彼のTACネームである〝ロースト・シープ〟とは、まだ訓練生時代に後の奥さんとなる恋人が体調を崩した際、代わりに料理を請け負った彼が後の奥さんから胃に優しいものをと頼まれて、なにをとち狂ったか焼き羊ロースト・シープを出したことを部隊の人間が笑い話にしてつけたものである。

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