EP.018 可能性を喰らうプリテンダーⅠ/第45観測拠点





 ──ここで、場面は切り替わる。





 日時はクロウがラストと出会う数日前。ちょうどクロウが傭兵ギルドにてハルカにオペレーターとして雇われないか、と提案した日の、その夜のこと。


「ふいー、やっとついたー!」


 FOFをハンガーに格納し、開いたコックピットから出てきた少年──C‐3がそんな叫び声を上げながら伸びをする。


 彼C‐3は、鋼槍機士団の訓練生だ。


 いまから二週間前、クロウがハルカを助けた時、ともにいた他のFOF。ラストに引率されていたあれらに乗っていたのが、C‐3である。


 そんなC‐3は長時間コックピットにいて凝り固まった体をストレッチでほぐしながら、ハンガーの足場へと降り立った。


 ふと、下を見下ろせば、他の訓練生達も機体から降りて、三々五々に集まっているのが見える。


「おーい、お前もこっちにこいよー!」


 呼ばれたのでC‐3もそちらへ向かう。カンカンと甲高い音を立てながら鉄製の足場を降りていき、地上階の合流する彼を、笑顔で迎え入れる同期達。


「お疲れー。いやー大変だったー今回の訓練ー」


 間延びした声音でそうC‐3に声をかけるのはお団子頭をしたC‐2だ。


 彼女から話しかけられて、C‐3も疲れをにじませたため息をつく。


「まったくだぜ。この第45観測拠点まで一日がかりの行軍。本当に疲れたー!」


 彼ら──鋼槍機士団のFOF訓練生がいまいる場所はシティ〝カメロット〟から数千キロメートルは離れた場所にある第45観測拠点ウォッチポイント・No45だ。


 ここはすぐそばにあるガイストの群生地を見張る役割を持った拠点であり、推定にして百万以上のガイストが潜んでいるとされるそこを観測し続け、万が一百万のガイストがシティへ向かって進軍したらそれを報せる役割を持つ軍事基地である。


 そんな第45観測拠点になぜかれら訓練生達がやってきたのか、というとその答えは、訓練生の一人で眼鏡のC‐5が口にした。


「これで明日はガイストとの実戦訓練か……僕達にやれるかな?」


 若干の不安をにじませながら同期にそう問いかけるC‐5。


 そんな彼へ、C‐3は、おいおい、と呆れた眼差しを向けた。


「今から不安になってどうすんだよ。だいたい、俺達はガイストに出会うのは初めてじゃないだろ。忘れたのか、この前のことを」


 彼ら訓練生はガイストと接敵するのは今回が初めてではない。


 彼らにとっては二週間ほど前のこと。本来なら安全であったはずのシティ周辺における行軍訓練で彼ら訓練生はガイストの集団と邂逅してしまったのだ。


「あんときは、訓練用の武装しか持っていなくて、ガイストから逃げ惑うことしかできなかった。それでも俺達は生き残っただろ」


「でもーそれってー、あそこで傭兵さんが現れなかったらわかんなかったよねー?」


 C‐2が茶々を入れてくる。


 それにC‐3も苦笑を浮かべた。


「まあ、そうだけどさ。でも、今回はあんときと違ってきちんと武装してんだぜ。訓練通り落ち着いて対処すれば、俺達全員生き残れるよ。絶対」


 ドンッと胸を叩いてC‐3が同期達へ請け負う。


 彼の発言に顔を強張らせていたC‐5も少しだけ表情を柔らかなものにし、C‐2もその時ばかりは笑みを浮かべてC‐3を見ていた。


 そんな中で、一人暗い表情を浮かべる人物がいた。ここにいる訓練生同期組の一人。茶髪にそばかすが特徴的な少女C‐4だ。


「……あの時、と言えばさ。ハルカ、残念だったよね」


 顔を俯かせて暗い表情でC‐4が呟く。


 彼女の言葉に同期達も同様の表情を浮かべた。


「クビ……になったんだよな? 訓練生過程を抜けたんじゃなくて……」


「うん。ハルカは軍籍を剥奪された。なんでも機体を大破させたから軍人としての資格なしって、上層部が判断したらしいんだ」


 C‐3の疑問に、C‐5が首肯を返す。


「ひどいよねーあの時の状況だったらー、FOFを大破させても生き残ったーだけでー十分だってのにー」


 と、発言するC‐2。口調は間延びしているが、彼女も憤りを覚えていることはそのしかめっ面から同期達も察した。


 その上で、両目に涙を浮かべたのがC‐4だ。


「……ごめん。私があの時、遅れたせいで……! それなかったら、ハルカだって機体を大破させずに済んだのに……‼」


 大粒の涙を浮かべ、嗚咽するC‐4。そんな彼女へ慌てたようにC‐3が声をかける。


「だーもう、ここで泣くなよ! お前のせいじゃない。だいたいあの時は仕方なかったじゃねえか! ガイストから逃げる途中で、誰がああなってもおかしくなかった! 死人がでなかっただけでよしとするべきだ!」


「そだよー。そもそも今回のクビ自体ーハルカがー、って理由でー。上層部が忖度したものだしー」


 C‐2が告げた言葉に、押し黙る訓練生達。


総監レムテナントの──シティ行政府ぎょうせいふ首長のご息女って本当に大変だよね……」


 結局、C‐5が結んだ言葉こそが結論だった。


「ったく、みんなして暗い顔すんなよ。確かにハルカは残念だった。でもさ、それを後悔するより、もっと頑張って俺達が出世すればいい! 上に立って風通しのいい組織にすれば、もうこんな問題は起こらねえんだ。いまが頑張り時だぜ!」


 パンパンッと両手を叩き悪くなった空気を払拭するC‐3。


 彼の言葉に、ようやっと暗い空気から抜け出してきた同期達を見渡しながら、それにしても、とC‐3が呟く。


「つーか、教官おっせえなあ。FOFを預けたらすぐにブリーフィングするって話じゃなかったか? まさか、よりにもよって教官の方が遅刻かあ?」


 ハンガーの入り口へと視線を向けて、いまだに来ない教官にC‐3は怪訝な顔をした。


 彼の言葉にC‐2も同意の頷きを返す。


「そだねー教官ーどしたんだろー? 見に行くー?」


「そうだな……よしっ、ちょっくら教官呼びに行くか。待機つっても、向こうからこないんじゃあ、仕方ねえよな!」


 実際のところは教官を呼びに行くという体を取って観測拠点を冒険したいという気持ちが表情にあふれていたが、同期達はそれをあえて指摘せず、そうしてC‐3とC‐2は二人ともに教官を呼びに行くためハンガーを出た。


 C‐3とC‐2の二人が外へ出るとそこには真っ暗闇に包まれた空間が広がっている。


「うお、暗っ。まだ六時とかなのに、やっぱりシティと違って明かりがない外は暗いなあ」


 自分の手足すら見分けるのに苦労するほどの暗闇の中を歩きながら、キョロキョロと周囲を見渡すC‐3──と、その時。


「あだっ⁉」


 真っ暗闇の中、突然壁か何かにC‐3が頭をぶつけた。


 後ろを歩くC‐2はそんなC‐3を見てケラケラと笑う。


「こんなー暗闇のなかー明かりもつけずにー、歩いていたらーそうなるよー」


「うるせー、笑うなよ。ったく、つーかなんだよ、これ。さっきFOFを入れた時は、こんな場所に壁なんて──」


 と呟きながらC‐3とC‐2が顔を上げる。


 ちょうどその時、彼らの頭上に広がる夜空で雲に切れ目が生じた。


 世界を暗闇に閉ざしていた闇の中で真円を描く満月が顔を露わとする。


 このような暗闇の中では月明りとて立派な光源だ。


 雲の流れと共に、差し込んだ月明かりが、徐々にC‐3の前にある〝障害物〟の正体を露わにしていく。


「え──」


「は──」


 二人が大きく目を見開いた。


 C‐3とC‐2どちらも〝それ〟を前にして驚きのあまり固まってしまう。


 それは人の形をしていた。


 全身を鉄で覆われた鋼の巨人。全長にして10mの巨体を持つそれが、仰向けに倒れ、物言わぬ亡骸と化している。


 C‐3はそんな亡骸の右肩──そこに塗られたエンブレムを見て愕然とする。


「……教官の、FOF……」


 倒れ伏す鉄の巨人──彼らをここ第45観測拠点まで引率してきた教官のFOFが倒れていた。よく見れば、ジェネレーターに大きな穴が開いている。


 どうやら背後からコックピットごと何か鋭いものに貫かれたらしい。


「な、は、えッ? なん、な、なん……⁉」


 突然の事態にC‐3は驚愕のあまり声を震わすことしかできない。


 横に立つC‐2ですら目を見開いて固まっているだけで、なにも発せず。


 そして──


【───】


 彼らの目の前。


 倒れ伏すFOFの向こう側で何かが立ち上がった。


 真っ暗な闇の中に溶け込むようにやはり漆黒色をしたその何か。


 それがゆっくりと、しかし確かに直立するそれは、


「FOF……⁉」


「ううん! 違う!」


 驚愕するC‐3の叫びをC‐2が即座に否定する。


 はたして、その叫びが響くと同時。


 立ち上がったそれが〝〟見開いた。


 ギョロリと周囲へ向けられる眼差し。


 決して機械ではありえない生物的な印象を持つその【両目】


 それを前にしてC‐3が絶叫する。


「まさか、こいつ──」


 影の眼が、眼下に立つ哀れな小人たちへ向けられた。










────────────────────

【鋼槍機士団の訓練生達】

 今回は鋼槍機士団の訓練生達4人のキャラクター紹介をしていく。


〝C‐2〟

 お団子頭の不思議ちゃん。 訓練生席次2位。純粋なパイロット適正は訓練生の中で最高だが、その捉えどころのない性格が原因で席次は二番目。別に本人は気にしていない。両親が傭兵団時代からの鋼槍機士団FOF乗りで、自身もFOFのコックピットを揺り籠に育った。最初はハルカのことを上層部のコネで一番になった奴と嫌っていたが、次第にその生真面目でどこか抜けている人柄に感化されて、いまではすっかり仲のいい友人に。実は頭の作りがクロウに近い。


〝C‐3〟

 ポジティブシンキングの権化。席次3位。生真面目だが天然気味なC‐1ことハルカ、不思議ちゃんでとらえどころのないC‐2と上二人がどこか抜けているので、必然的に彼がリーダシップを果たす役割に。どんな時でも前を向き、率先して訓練生を引っ張るその姿勢から上の憶えがめでたい。ゴミだめの中にも美点を見出すタイプ。たぶん赤毛。あと、C‐2とはみんなに内緒でつき合っている。


〝C‐4〟

 泣きじゃくっていていたそばかす娘。席次4位。ハルカとは訓練生時代ルームメイトだったこともあり、一番彼女のことを知っている大の親友だった。ガイストが現れた時、とっさに動けなかったせいで、ハルカが自分をかばって機体を大破させてしまったことをいまでも悔やんでいる。C‐3とC‐5とは同じ地域で育った幼馴染。C‐5にひそかな想いを抱いている(当人たち以外、それこそ〝あの〟ハルカも含めて周囲にはバレバレだが)。


〝C‐5〟

 ネガティブシンキングなメガネ君。席次5位。カメロットの中流階級が数多く集う地区の出身。C‐3、C‐4とはともに育った幼馴染で、FOFのパイロットになると言い出したのも彼が発端。そのため、人一倍FOFへの想いは強いが、実は訓練生になった時、最初はビリの成績で、しかも運のいい補欠合格という有様だった。それでもめげずに愚直な努力を重ね続けた末に、他のライバルを押しのけ実機訓練が認められる訓練生上位五名に入った。まさに努力の人。なにげに主人公適性がC‐3よりある。それと鈍感の朴念仁で、C‐4はC‐3が好きだと思っている。

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