EP.017 マードック工房
──工房に、行きましょう。
ハルカからそう提案された翌日。さっそく愛機〈アスター・ラーヴェ〉をメンテナンスするため、工房へと訪れたクロウ。
「……ここが、工房か」
なんというのだろうか。近未来的な町工場? みたいな、工場には雑然としているのに、見た目はSFチックな空間がそこに広がっていて、クロウは周囲をまじまじ見てしまう。
そんなクロウの横にハルカが立つ。
「──ここ、マードック工房は、私が鋼槍機士団に在籍していた時からお世話になっているシティ〝カメロット〟でも腕利きの工房なんです」
「お、おう」
微笑を浮かべ、そう解説してくるハルカだが、クロウはいまいちそこらへんがわからない。
ゲーム〈フロントイェーガーズ〉では、基本的にミッションが終われば、機体は格納されるだけで、もろもろの補給やメンテナンスをするという描写はなかった。
なので、クロウはいまいちなにをするのかわからず戸惑いながら工房の中へと足を踏み入れる──と、その時。
「───」
工房に入るなり目についたそれを前にしてクロウは両目を大きく見開いた。
入口のすぐ近くにドデンと鎮座された巨大な物体。
流線形の胴体に、四機分のFOFコンテナが引っ付けられたようなそれ。
「HMBユニット」
ゲームでも、巨大ボスへ突入するために使われた超高速FOF輸送機がそこにあった。
「おう? なんだ、オメェ、これを知ってるったあ、ナニモンだ?」
そんな時、クロウのそばから話しかけてくる声があった。
驚いてクロウが振り向くと、そこにはクロウも見上げるほど大きな体格をした巨漢が。
豊かなひげを蓄えたその男性は、胡乱げな眼差しでクロウを見下ろしてきており、男性の強烈な圧にクロウはやや引き気味になってしまう。
「こいつぁ、つい最近、近くの遺構都市からサルべージャーが設計図を持ち帰った代物だ。まだ組み上がったばっかのモンだってのに、その名を知ってるたあ、いったいオメェは──」
怪しげな目をクロウへ向けて、そう問いかけてきた男性。
しかし彼が続く言葉を口にするよりも、クロウの背後にいるハルカが口を開く方が早い。
「──マードック工房長、お久しぶりです」
ぴょこ、とクロウの背中から顔を出して男性に挨拶するハルカ。
そのハルカを見て、男性──マードックは肩眉をぴくりとあげる。
「おう、エーレンベルクんところの嬢ちゃんじゃねえか。あー、つーことは、この小僧が……」
「……ええ、本日FOFのメンテを依頼したクロウです」
自己紹介するクロウにたいし、マードックはひげ面のあごを撫でさすり、
「なるほど、オメェが今日いきなり依頼をねじ込んできやがった迷惑野郎か」
「……? 依頼をねじ込んだ……?」
クロウは背後のハルカへと振り向く。そこではハルカが、あはは、と苦笑していた。
「そ、その。いろいろコネを使いまして……」
どうやら目の前のマードックにかなり無茶を言ったらしい。
「あー、なんかすまないな。ウチのオペレーターが迷惑かけた。それもこれもきちんと確認しなかった俺の責任だ。依頼を断るっていうんだったら受け入れるがどうする?」
「……別に依頼を受ける分には構わねえよ。FOFのメンテなんて片手間でできる。ただ、他の依頼も立て込んでいるし、なんでもユニークフレームのFOFって話じゃねえか。割増料金になるのは覚悟しろよ?」
言いながらマードックがタブレット端末を差し出してきた。
そこに記載された軽く六桁はくだらない金額へと目を向けて、さすがのクロウも、おお、という声を上げてしまう。
「確かにお高めだな……まあ、だけど払えない額じゃない。わかった。支払おう」
PDを取り出しさっさと六桁万ビットの金額を決済するクロウ。
そうして支払いを終えたクロウを、マードックは信じられない者を見る目で見ていた。
「??? どうしたんだ。支払いに不備があったか?」
なぜそんな目を向けられるのか、とクロウが首をかしげる。
そんなクロウの疑問に答えたのは背後に立っていたハルカだ。
「えっと、クロウさん、こういった時は普通、値引き交渉をするものですよ……?」
ハルカから、言われてクロウは目をぱちくりとさせる。
「あー、そうだったのか……まあ、別に高いと言っても重装甲型あたりのガイストを十匹ばかししばいたらペイできる金額だ。急に依頼をねじ込んだ詫びも込めて受け取ってくれ」
追うように頷いてそう告げるクロウに、やはり信じられない者を見る目のマードック。
「……おいおい、嬢ちゃん。こいつはあれか? 噂に聞く帝国のお貴族様か何かか?」
「あ、あははは……」
思わず誤魔化し笑いをハルカが浮かべながらも、マードックはそんなクロウとハルカを見て、やれやれ、と首を振るだけにとどめた。
「まあいい。満額を受け取っちまった以上は、しっかり仕事はするさ。FOFのメンテナンスだったな? ついてこい、搬入口まで案内する」
「おう、助かる」
言いながらマードックについていくクロウとハルカ。そして巨漢の工房長を追いながら、ふとクロウは気になったことがあって隣を歩くハルカへと問いを発した。
「……なあ、ハルカさん。いまさらではあるんだが、そもそもFOFのメンテナンスって具体的に何をするんだ?」
「えっ、えっとそれは──」
小声で問われたクロウの言葉に、ハルカは戸惑いながらも説明しようとした。
ただ、その小声で交わされていた言葉はマードックにもしっかり届いていたようだ。
「おいおい、小僧。オメェそんなことも知らねえで工房に来たのかよ」
呆れた顔をしながらクロウへと振り向くマードック。
「いいか、小僧。FOFってのは基本的にメンテナンスフリーだ。多少の損傷ならば機体の簡易エーテルジェネレーターからの供給で修復しちまうからな──これぐらいだったら、オメェもわかってるだろ?」
「お、おう」
実際にはクロウとしてはいまの説明も初耳だったのだが、それをバカ正直に言って話の腰を折るわけにもいかず、わかった風を装って彼は頷く。
「だが、そうやって損傷をジェネレーターで治すつーのも完璧ってわけじゃねえ。そもそも、その修復自体が上からエーテルを塗り固めているようなもんだからな。そうじゃなくても、パイロット個々人のクセとかで機体には少しずつ歪みが溜まるんだ」
と、そこでマードックは自身の腕を豪快にたたいて見せた。
「そこで俺達工房の出番ってわけよ。俺達がするのはそうやって歪みが出たFOFのいうならば〝整体〟だ。フレーム各所へ必要以上に付着したエーテルや、長く使うことで出てくるフレームの歪み。そういったものを細かく修正してやるのがFOFのメンテナンスっつーんだよ」
「あー、つまり。機体の歪み? を修繕して新品同然に仕上げるってことか?」
そうクロウが結ぶのに、しかしマードックはハッとクロウの言葉を鼻で笑い、
「新品同然? バカを言え。それ以上だ。オメェが機体を操縦することで生じるクセも含めてFOFの内部構造を最適化することで、100%以上の120%に機体を仕上げる──それが、俺らの仕事ってわけよ」
乱暴な口調ながらも、確かに職人としての自負へと満ち溢れた態度のマードック。
その横から補足するようにハルカも言葉を付け加えてくる。
「マードック工房長はもともと企業同盟の本拠で整備士をしていたこともある方なんです。なんでも昔は
ハルカの言葉がどういった意味を持つのかはクロウにもよくわからないが、それでもマードックという整備士が信頼のおける人間だというのは伝わってきた。
クロウはそれまでの態度を改め、最大限の敬意をもって頭を下げる。
「そういうことならば、俺の愛機を頼みます」
そうして礼を見せたクロウに、マードックの方も破顔させてドンッと胸を叩いて見せた。
「おう、任せとけ──とりあえずは機体の搬入だな」
「あ、それは私が」
言ってマードックとハルカが駆けだす。二人はクロウの愛機〈アスター・ラーヴェ〉が格納されたポートカーゴをこの工房に運び入れる手続きに行ったのだ。
一方のクロウはおいて行かれる形となって、手持無沙汰になってしまった。
「あー、どうしようかな」
適当なことを口遊みながらクロウは周辺へと視線を向ける。
搬入口周辺には何機ものFOFが整列していた。忙しいというのは嘘ではないようで、見えるだけでも軽く十機はいるそれらをなんとなしに見上げていたクロウ。
「ん? あれは──」
ふと、その内の一機へと目がとどまる。黄色いカラーリングがされた二脚フレームのその期待は、確か──
「──ラストの機体?」
ラスト・フレイル。またの名をF‐1〝ホーネット〟。クロウがこの世界に来たばかりの時、ハルカともども最初に出会ったFOF乗りが搭乗していた機体がそこにいた。
それを見やって目を見開くクロウ。その時──
「おう、
ポンッと肩へ手を置かれてビクリと体を震わせたクロウ。そのまま彼が振り向くと、そこにはハニーブロンドの髪色をした男が立っていた。
優男という印象が似合うようなそいつは白い歯をむき出しにする笑みを浮かべながら、クロウへと親し気に話しかけてくる。
「生身で会うのは初めましてかな。よう、ラスト・フレイルだ。そして久しぶり、クロウ」
突然現れたラストに、クロウはまじまじとした視線を彼へ送る。
────────────────────
【この世界の商取引】
クロウが現在いるこの世界においては、基本的に商取引は値引き交渉を前提として行われる。
現代地球の日本国では先人たちの努力によって値札に書かれた値段そのままで商品を取引するのが一般化しているが、大崩壊を経たこの世界ではそうではなく、特に高額取引において、両者互いに値引き交渉するものという常識がある。
今回のマードックの場合も、最初に恫喝するようなことを言ったのは「いきなりねじ込んできたんだから、それなりの金額は払えよ?」と提示した上で「でも値引きを受け入れる用意はある」と示すための言葉だった。
マードックはその後に「いやいや、ちょっとお高いですよ、もう少しお値段を……」「チッ、しゃあねえな、嬢ちゃんの手前だ。多少勉強してやる」みたいな感じで、おおよそ半額ぐらいまでは値切られる(超割増料金が、ちょっと割増料金になるぐらい)のを妥協点にして交渉を始めるつもりだったのだが、まさかのクロウが全額払うという形でぶち壊されることに。
ゆえにマードックは驚愕する羽目になったのだが、その上で全額支払うというクロウの気前の良さをなんだかんだ気に入ったらしく、その後の流暢な解説につながったのである。
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