EP.016 初仕事を終えて


「……いま、なんと?」


 傭兵ギルドにて、クロウから知らされた情報を聞いて、女性従業員が顔をひきつらせた。


 そんな彼女へクロウはいっそ軽いと言える口調でその言葉を繰り返した。


「ええ。ですから、任務中に指名手配のバルチャーと遭遇してそいつを撃破したので、そいつにかかわる賞金が欲しいのと、あとついでにそいつから他のバルチャーの情報も手に入れたので、それを売りたいなー、とまあ、そんな感じで」


 ヘッド&ガデル兄弟を撃破した後、クロウはハルカの勧めもあり、ヘッドから聞き出した情報を売るため傭兵ギルドにやってきたところだ。


 そんなクロウの発言にまじまじとした視線が女性従業員から向けられる。


「……グラム渓谷に続いて、バルチャー、ですか……」


 呆然とした口調で彼女は首を左右に振ると、そこでどこかに行きかけていたプロ意識を取り戻して真面目腐った表情をした。


「わかりました。受け取らせていただきます」


 言われたので、クロウはそれを渡す。内容を見て、確かにクロウの言葉へ嘘偽りがないと理解して、頭を抱える女性従業員。


「と、トリプルAクラスの重要情報じゃないの……⁉ 正確なバルチャーのアジト情報に、その保有戦力、リーダーの詳細な情報まで⁉」


 一度は取り戻したプロ意識をまたもどこかへ放り投げた彼女はクロウに「ちょっと待っていてください」と告げるとそのままどこかへと走り去っていく。


 かと思ったらすぐに帰ってきた女性従業員から「支部長からお話があります」と言われた。


 そのままついてくるよう促されてクロウが向かった先は、傭兵ギルドの最奥──なんというか銀行の頭取とかそういう系の人が使っていそうな雰囲気のやたら豪華な部屋だ。


「──君が、クロウ君かね」


 室内に入ると同時に厳かな雰囲気を持って、男性が話しかけてくる。


 年齢としては六十代の半ばから七十代ぐらいか。


 その男性を見てクロウとしては、なんとも言えない表情を浮かべるしかない。


「ええ、俺がクロウですが……あなたは?」


「おっと、失礼した。私はアレックス・フォーサー。このカメロット傭兵ギルドの支部長を務めるものだ」


 端的にそう名乗る男性にクロウとしては、はあ、としか言いようがなく。一方のアレックスはクロウのことを値踏みするような眼差しで見やってきた。


「……なんとも不思議なものだな。私の目には君が十代の子供に見える」


「その認識で間違いありませんよ。俺、18ですし」


 肩をすくめながらそう告げるクロウ。


 厳密にはクロウの年齢は地球の換算で、なので、こちらの世界だと微妙に計算が違う可能性もあるが、それを言い出すのも面倒くさいので、クロウは地球時代のそれで押し通す。


「ほう、18歳……年に似合わぬ落ち着きぶりだ」


 言いながらもアレックスはそれ以上何かを言うつもりもないのか、ニコリとした笑みを浮かべながらさっそくと本題へ入っていく。


「まず、君が我らに提供してくれた情報に感謝を。この情報のおかげで連中を駆除するための段取りを組めそうだ」


「それはよかったです。あと報酬はどれぐらいで?」


 相手が目上の人間だというのにそう切り込んだクロウに、アレックスの背後に控えていた秘書が鼻白んだが、当のアレックスはむしろ「それでこそ傭兵らしい」と言う笑みを見せた。


「きちんと、支払おう。それとついでだ。君を私の権限でBランクに昇格させる」


 アレックスがさらりと告げたことに、今度はクロウの方が眉を潜める番だ。


「……俺がいうのもなんですが、よろしいので? 俺ってまだ傭兵になって日が浅いですし、受けた依頼も二つだけですよ?」


「その二つだけで十分だと判断した。グラム渓谷の打通に、バルチャーの重要情報獲得。これをなせる傭兵がはたしてこの世にどれだけいるか。そんな者を単なるDランクにとどめておく方が、我がギルドにとっての損失だろうよ」


 そんなアレックスの言葉に、しかしクロウはいまだ戸惑いを浮かべていて、


「それって、そんなにすごいことなんですか?」


 思わず問いかけたクロウに、アレックスは、ふむ、と頷く。


「すごいという尺度がどれほどのものか、というのはあるが……まあ、すさまじいというのは事実だろうな。グラム渓谷の打通はいわずもがな。あそこが解放されたことで、シティが受ける経済的恩恵は計り知れない」


 言いながら自身のひげを撫でるアレックス。


「さらにバルチャーから情報を聞き出したのもすばらしい。グラム渓谷に比べれば地味かもしれないが、むしろ直接的な影響力で言えばこちらの方が上だ。君のおかげでバルチャーの被害を大きく減らすことにもつながるだろう」


「はあ、なるほど」


 やはり、何とも言えない表情でクロウは頷く。


「おいおい、もっと誇りたまえよ。君の活躍は大勢の人間の命を救う。本来なら大英雄として褒め称えられるべき偉業なんだぞ?」


「俺は別に、お金がもらえてFOFに乗れていれば、それでいいので」


 ひょい、と肩をすくめてそうクロウが答えるので、アレックスは苦笑した。


「なるほど、どうやら君は実に傭兵らしいようだ。うむ。気に入った。今後とも傭兵として君が活躍することを願うよ」


「ええ、依頼とあれば、否はありません」


 そんなやり取りを最後にクロウは傭兵ギルドを辞す。


 長い会話で凝り固まった肩をほぐしつつ、出口をくぐったクロウ。


 時刻はすっかり夜。日差しが落ち、真っ暗に染まった空を見上げていたクロウは、ふと自分のPDを取り出し、それを見やる。


「……今回は、あの謎の声が出てくることはなかったな……」


 クロウをこの世界へ導いた謎の声。そいつが現れなかったことにクロウは、やれやれ、と首を振る。PDをしばらく見つめてみるが、なにか接触が起こる気配はなかったので、結局クロウは自身のPDを懐へと仕舞った。


 クロウの方へ駆け寄ってくる影が現れたのはまさにその時だ。


「クロウさん! 傭兵ギルドの手続きは終わりましたか?」


 タタタッと走り寄ってくるハルカ。


 そんな彼女に、よう、とクロウは片手を上げて応じつつ「すまないな」と口にした。


「悪い。時間がかかった。待たせたか?」


「いえ、そんなに。私の方もFOFの格納手続きとかを行っていたので」


 微笑を浮かべてそう告げるハルカにクロウは、たすかる、と感謝の言葉を継げながら二人並んで、ともに歩く。


「初仕事お疲れ様。オペレーターとしての仕事はどうだった?」


「うっ。その、ほとんどなんのお役にも立てなくて申し訳ありませんでした。けっきょく戦闘は見ているだけで、なにもできませんでしたし……」


 クロウとしては何気なく問いかけたつもりだった質問にしょぼくれるハルカを見て、おいおい、とクロウは呆れた眼差しを向ける。


「そんな顔をするなよ。君は十分に役立ってくれた。初仕事なんてそんなもんだ。だいたい元からオペレーターじゃないんだから、最初は俺の足を引っ張らないだけ十分だよ」


 クロウだって〈フロントイェーガーズ〉が最初からうまかったわけではない。それこそ最初は序盤の敵になんどもやられるぐらい弱かった時代はクロウにもあった。


 だからクロウは、初めての仕事で至らなかったところがあったと言っても、責める気になることは絶対にない。


「初めてで完璧なんて人間はいないんだ。これから精進していってくれればいいから」


「は、はいっ。ありがとうございます」


 恐縮した表情でクロウの言葉をハルカは受け取る。


 その上ですっかり夜半となった夜空を見上げながら、ふと、クロウは問いを発した。


「そういえば、明日はどうする? また依頼を受けるか? それとも初仕事で疲れたっていうんだったら、休日でもいいぜ」


「あ、そのことなんですけど、クロウさん。一つ、聞いてもいいですか?」


 問いを発したら逆に問いを返された。質問に質問で答えるな、なんていうほどクロウは狭量な性格をしていないので、それに疑問符を浮かべながらもクロウはハルカの問いに答える。


「ああ、俺に答えられることなら」


「では、一つ。クロウさんって所有するFOFのメンテナンスはどうしています?」


 そう聞いてくるハルカに、しかしクロウは目をぱちくりとさせる。


「……メンテナンス……?」


 本気で首をひねって疑問するクロウに、逆にハルカが顔をひきつらせた。


「えっ。も、もしかしてクロウさんって機体のメンテナンスをしていないんですか⁉」


 絶叫するハルカ。そこに至ってクロウはなにかこの世界の住民と自分との間で大きな齟齬が発生していることに気づく。


「あ、ああ。そのメンテナンス……? とやらはしたことないなあ」


 と答えたクロウに、はたしてハルカは神妙な眼差しを浮かべる。


 そして、彼女はそれを告げた。


「クロウさん──工房に、行きましょう」










────────────────────

【この世界のデバイス類】

 この世界で使われているデバイス類のこと。作中世界ではスマホに似たパーソナルデバイスPDや、タブレット端末が普及しており、それを使っている場面が多くみられる。


 なぜ遠未来的世界で、現代地球と同じような端末が多く使用されているかと言うと、これは大崩壊によってかつて存在した〝より発達した〟情報機器がその製造技術ごと失われたことに起因する。


 そのため現行人類はかつて存在した情報機器の代わりに、より原始的な(超古代機械文明時代に比べて、と言う意味で)現代地球に近い技術水準(と言っても百年、二百年単位での技術的なひらきはあるが)のものを使わざるを得ず、その中でも比較的再現が簡単だったスマホ型、タブレット型の端末が一般に普及することとなった。


 特にPDは所有者の生体情報と紐づけられることによって機器の操作や起動すらも正規の所有者じゃなければできず、これによってこの世界ではPDが事実上身分証となっているほか、情報資産による金銭の管理なども行うため財布の役割も果たしており、生活の必需品となっている。


 なお、これらの技術は遺構都市と呼ばれるかつての超古代文明が遺した人類居住不可な無人都市から〝サルべージャー〟と呼ばれる職業の人間が見つけてきて、それを企業やシティの研究者が研究解明することで開発されており、これはPDのみならずFOFなども同様である。

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