EP.015 愚者失墜


《アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼‼‼》


 絶叫がブレド高地に轟いた。


 声の主はヘッド。いましがた弟を失った彼は、怒りに任せてクロウへと突っ込んでくる。


「おっと、危ない」


 しかしそんな怒り任せの攻撃などクロウに通用するはずもなく、軽い口調で避けられた挙句クロウは逆に蹴りを叩き込んで、ヘッド機の体勢を崩した。


「敵機、体勢が崩れました! 追撃のチャンスです!」


 敵機が大きなスキをさらすのを見て、ハルカがそう促すが、しかしクロウは動かない。


「……? どうしたんですか、クロウさん。いまなら撃破も可能だと思うのですが──」


「うん。まあ、そうなんだけど……ちょっとあいつに聞きたいことがあるから」


 苦笑しながらそう告げるクロウに、ハルカは困惑した。


「聞きたいこと、ですか?」


「ああ。ハルカさんもあいつらの会話を聞いていただろ。あいつらが現れた時、こう言っていたはずだ──『ボスに命じられた』と」


「あ──」


 クロウの発言にようやくハルカも理解を得たようだ。


 声を上げ、それに気づいたハルカへクロウも肯定の頷きを返す。


「ここら近辺で展開しているバルチャーはおそらくあいつらだけじゃない。少なくともボスって奴がいるのは確定。ってことは、あいつらのアジトと言える場所もどこかにある──せめて、それを聞きださないとな」


 言いながらクロウが思い出すのは、以前見た前哨基地の光景。


 人々が飢え、いまにも死にそうになっていた惨状にクロウは強い憤りを覚えていたのだ。


『──お願いします。俺にご飯をください』


 かつて、大人達へクロウが告げた言葉。


 飢えの苦しみというもののひどさをクロウは知っている。この身でよくよく理解しているからこそ、それを引き起こした連中に激しい怒りを覚えているのだ。


 だからと言ってクロウは感情任せに相手へ怒りをぶつけはしない。


 きちんと聞き出すことを聞き出して──その上でしかるべき対処をするだけだ。


 そんな風にクロウとハルカが会話する中、倒れこんでいたヘッドがようやく立ち上がり、またも遮二無二な突撃をクロウへと行ってきた。


《クソがァ‼ よくも、よくもよくもよくもッッッ‼ 俺の弟を奪いやがったナ! 弟は、ガデルはッッッ‼ 俺の宝物だったんだぞ‼》


 叫びながら突撃してくるヘッドの攻撃を、しかしクロウは鮮やかに避ける。


「そうか。でも、同情はできんな」


 告げてクロウは斬撃を放った。


 四度、奔る剣閃。


 それは精確にヘッド機の右腕、右背面、左背面、左腕と斬撃を食らわせ──そこにあった武装をすべて破壊する。


《あ──?》


 一瞬で自分の武装を破壊されて呆然とするヘッド。


 そうして立ち止まるヘッドへクロウはまたも蹴りを叩き込む。


《ガッ⁉》


 地面へなぎ倒されるヘッド機をクロウはしかし追撃せず、代わりに足げとすることで地面へと縫い付けて動きを封じた。


 そうしてクロウは外部スピーカーをオンにする。


「──俺の質問へ正直に答えろ。もし回答を拒むなら……お前を殺す」


 一方的なクロウの通告。それは聞く者からすれば死刑宣告にも等しい言葉だとわかるほどの冷酷さでもって呟かれたクロウの言葉を、しかしヘッドは激しい怒りゆえに理解しない。


《うるせえ! この人でなしが! 何がお前を殺すだ! 人を殺してはならないって教えられなかったのか──ぎゃっ⁉》


 喚き声をあげたヘッドへ、クロウは強烈な斬撃を叩き込んだ。


 それだけでヘッド機のAPRAが半分は削れる。


「これでお前のAPRAは50%だ。あと一回、俺が攻撃すれば、お前の命は永遠に失われる」


《ひ、ヒッ。わかった。わかった! 質問に答える! 答えるから命だけは助けてクレ!》


 結局、弟を殺されたことへの怒りよりも自分の命が奪われる恐怖の方が勝ったのか、そう言ってクロウへ降参の意を示すヘッド。


 そんなヘッドへクロウは呆れたため息をつきながら質問を開始した。


「じゃあ、問うぞ。まずは──」


 クロウはいくつかの質問を連続して行う。


 ヘッドはそれへ正直に答えて行った。アジトの場所からバルチャーの規模、どれほどFOFを保有しているか、他の戦力はどのようなものか……それらすべてを洗いざらいはいていく。


「……すべての証言を記録しました。観測レーダーでも嘘の気配は感じられません。信用のおける情報かと」


 後席で誰に言われるまでもなく、ヘッドの証言を記録した上で、さらに嘘かどうかの検証まですませたハルカに、クロウは苦笑しながら頭を下げた。


「さすがだな。たすかる、ありがとう──さて」


 そこまで告げてクロウはヘッドへと視線を向ける。


 すべての情報を洗いざらいはいた彼へ、クロウは機体の中から冷酷な眼差しを向けながらも、足げにしていた脚部をのけた。


「俺からの質問は以上だ。後は自由にしろ」


《へっ、アア、そうさせてもらうよ……》


 言いながら立ち上がるヘッド。


 そのまま彼は逃げるのかと思いきや──


《お前をぶちのめしてからなァ‼》


 加速し、一直線にクロウへと突っ込んでくるヘッド。


 武装がクロウに破壊されたというのに、まだ残っていた機体の拳でこちらを攻撃してこようとするヘッドへ、クロウは呆れたため息をついた。


「やれやれ、やっぱりこうなるか」


 言いながらクロウはヘッドの攻撃を避ける。


 あっさりと攻撃を避けられそのままクロウの横を通り過ぎたヘッドへ、クロウは八十七式極型霊光刀〈白虹〉を大上段に構えて見せた。


「でも、ありがとう──おかげでお前を殺しても心が痛まなそうだ」


 斬撃。


 その一閃は太陽が落ち、夕暮れへと染まるブレド高地で最後のきらめきを放った。


「──敵機APRA全損……撃破しました」


 茜色に染まる空の下、戦闘が終結する。





     ◇◇◇





 ──ヘッド&ガデル兄弟が撃破される瞬間を遠くから見ている者がいた。


《……スキはなし、か》


 兄弟を撃破した漆黒のFOFへと銃口を向け、狙撃しようとしたその機体は、しかしいっさいのスキがない姿にため息をついて、戦場からの離脱を選ぶ。


 そのまま彼はとある場所へと通信を向けた。


《──ボス。悪い報告が一つ。ヘッドとガデルの兄弟が撃破されました》


《なに──?》


 通信相手が彼からの報告を受けて不機嫌そうな声を出す。


《おい、それは確定事項か? 言っておくが連絡が途絶えたというだけなら──》


《確定事項です。この目で確認しました》


 端的に告げられた言葉に盛大な舌打ちを漏らす通信相手。


《クソが。いったい誰がやった? シティの〝スズメバチ〟が動いたとは聞かない……まさか〝揺り籠〟の連中に捕捉されたか?》


《……いえ、それが……》


 口後こもる彼。それに通信相手は苛立ちを覚えたようだ。


《おい、言葉を濁すな。俺が隠し事と嘘が嫌いなのは知っているだろ》


 これ以上黙れば相手の不興を買う。そう判断して彼はそのことを報告した。


《……結論から申しますと、正体不明のFOFです。おそらく傭兵が乗っていると思われますが、黒いカラーリングと見たことないアーマーの機体と言う以外はなにもわからず》


《……なんだと?》


《さらに言えば、兄弟から情報が抜かれました。アジトの場所も連中の手に渡った模様です》


 最悪を数歩も先に跳んだような報告だった。


 それに通信相手はなおさら苛立つ。


《テメェがいてなにをしていたんだ。兄弟が倒されるまで指をくわえて見ていたのか……⁉》


《申し訳ありません。この罰は後ほどいかようにでも。ですが、いま問題なのはアジトの位置がバレたことです。ボス、早急にアジトを変えるべきではありませんか?》


 彼としては当然の提言だった。


 だが、通信相手から返ってきた反応は彼にとっても予想外のものだ。


《できねえ。アジトを変えることは無理だ──オレはここでやることがある》


 そう告げる彼の声音。


 いっけん使命感にあふれたその言葉は……しかし、どうしてか苛立ちにまみれていた。










────────────────────

【ヘッド&ガデル兄弟】

 傭兵ギルドから第一級殺人犯として指名手配されている〝傭兵崩れ〟のバルチャー。

 もとはB級傭兵団〝誠実なる揺り籠オーネスト・クレイドル〟に所属する傭兵。だがある日、団長から向けられた〝ある言葉〟が原因となって、その団長を殺害。さらに団長が乗っていたFOFを強奪し、逃走したことで指名手配を受けることとなる。


 そもそもこの兄弟は、とある工業系シティの貧民であったという出自を持つ。スラム同然の環境で、比喩ではなく汚水をすすりながら生きてきた彼らは親の顔も知らず、それどころかヘッドとガデルが本当に血のつながった兄弟なのかも不明という有様。


 ただ二人の絆は強く、助け合いながらヘッドとガデルの兄弟は生きてきた。そんな彼らの運命を変えたのは、〝揺り籠〟の団長と出会ったことである。


 この団長もまた同じような貧民出身であり、同様の境遇にある子供達を拾い上げては傭兵としての術を叩き込んで、安定した生活を手に入れられるようするという活動をしているような、そんな篤実な人物であった。ゆえに傭兵団の構成員もそのほとんどが兄弟と似たよう出身者で占められる。


 そうして団長から拾われて傭兵団に所属することとなった兄弟は、FOF乗りとしての適性からめきめきと頭角を現し、団長からも将来を期待されていた。


 しかしある日、兄のヘッドが団長から告げられた言葉を発端として突如裏切り、団長を殺害。


 挙句、団長のFOFを奪い、弟と共に逃走するという凶行へ走ることに。


 バルチャーとなった後も、互いの絆は揺らぐことはなく、事実、今回の戦いでもヘッドは何度か逃げ出すタイミングがあったが、それよりも弟ガデルの仇討ちに優先した。このことからも兄弟の絆の深さがうかがい知れるだろう。


 結局兄ヘッドは弟のみを宝物とし、弟ガデルは兄だけを慕って思考停止した。そうして他者を排斥し、奪い続けたのがヘッド&ガデル兄弟の人生であったのだ。


 なお、兄ヘッドが団長を殺害する発端となった一言とは「おい、ヘッド。着替えが出しっぱなしになっていたぞ。仕方ない奴だな。あとでちゃんと片付けておけよ」である。

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