EP.012 急襲、強襲、来襲


「──もう間もなく作戦領域に入ります……えっと、本当にやるんですか?」


 クロウの愛機〈アスター・ラーヴェ〉の後席に座り、そう問いかけてくるハルカに、クロウはその顔へ満面の笑みを浮かべて頷いた。


「おう、もちろん。そもそも作戦を立てたのはハルカさんのほうじゃないか」


 気合の入りまくったクロウ。彼としては自分好みな作戦を提案してくれて、むしろ感謝しているぐらいなのだが、ハルカの意見は少々違うらしい。


「えっと……そうなんですけど、あれは、あえて無茶な意見を最初に出すことでなにが無理筋なのかを互いに共有した上で、より安全な策を提案する一種のドアインザフェイスといいますか……とにかく、無理筋な作戦だったはずなんですけど」


 なまじハルカは優秀だったので気づいていない。


 ──ある種極まった人間にとっては、安パイより強烈な策の方が、安全策となることを。


「さて、そろそろ突っ込むとしましょうかね。機体にはヒッグス・バイ・エーテルHbEが作用しているから、Gではちゃめちゃになるってことはないだろうが、俺の戦いはかなり激しい──くれぐれも潰れてくれるなよ?」


 ニヤリと笑みを浮かべながらそう確認を取るクロウに、ハルカは真面目腐った表情で頷く。


「はいっ。オペレーターとしての職務を全うして見せます!」


「いい返事だ。それじゃあ、行くぞ! 猟兵イェーガークロウ。XTM‐001WC〈アスター・ラーヴェ〉。戦闘を開始する!」


 言ってクロウは機体を反転ロールさせた。


 頭上を地上へ、足元を天空へ。上下反転した状態でクロウは上昇する。


 もちろんその動きはガイスト達にもされることに。


 無数のエーテルビームが迎撃として放たれるが──悲しいかな、クロウの相手ではない。


「弾幕が薄いっての! グラム渓谷の方がまだマシだったぞ!」


 その言葉通り、つぎつぎ迫る光条を最小の動きと最高の速度で避けていくクロウ。


 クロウが地上へたどり着くまで数秒とかからなかった。


「お邪魔しまーす!」


 コックピット内で叫びながらクロウは機体を飛行フライトモードから人型ファイターモードへと変形。


 その状態でも速度は決して落とさず、むしろ加速しながらクロウは機体を蹴りの姿勢へ。


 バイク乗りの特撮ヒーローよろしく盛大な蹴りを地上のガイストへぶちかました。


 哀れな被害者となった砲撃型ガイストは、その一身へ〈ラーヴェ〉に乗っていた運動エネルギーと位置エネルギーを受け、原形もとどめぬほどぐしゃぐしゃに破壊される。


 ガイストに蹴りをぶちかますことで緩衝材とし、速度を落としたクロウは無事着地。


 そうして地上に降り立ったクロウは──しかしすぐに戦闘へと入らない。


「………? クロウさん、どうかされましたか? 戦闘に入らないようですが……まさか、機体トラブルが──⁉」


 息を飲んで問いかけるハルカに、クロウは首を横に振ることで否定した。


「ん? ああ違う違う。ちょっと武器を換装しようと思って」


 言いながらクロウはガイスト達がいまだこちらへ砲口を向けていない隙をつく形で両手にもっていた武装をいったん背面のマウントに格納。


 代わりに右背面のハードポイントに懸架けんかされていたFOF用ブレード武装──八十七式極型霊光刀〈白虹〉を引き抜き、それを両手で構える。


「??? えっ、えっとクロウさん? どうして銃を格納して、ブレードを……?」


「んー。ここ最近ずっと銃武装で戦ってばかりだったからな。そろそろブレードも使っていこうかなって。勘所は保っておきたいし」


 答えになっているようでなっていないクロウの返答。


 それにハルカが目を白黒させる中、クロウはその頬を鋭く吊り上げた。


「さあて、武装も換装したし──ガイストく~ん。あ~そ~び~ま~しょッッッ!」


 告げると同時にクロウはいっきに機体を加速させる。


 とりあえず、真正面にいたガイストへ突っ込んだ。


「えっ、ちょっ。クロウさ──きゃああああああ⁉」


 背後でハルカが悲鳴をあげるも極限に集中していたクロウにはそれが届かない。


 大上段にブレードを構え、クロウはそれを一息に振り下ろす。


 一刀両断。瞬時に近づいて振るわれた刃は、ガイストの一体を刀の錆に変えた。


 そこからはクロウの独擅場だ。


 宣言通り、銃武装はもちろんのこと左背面のビームランチャーすら使用せずブレード一本でガイストへと挑みかかるクロウ。


 本来なら自殺行為も同然のそれをしかしクロウは緩急を交えた巧みな操縦でガイスト達の攻撃を避け、返す刀で一刀両断。ガイスト達を切り捨てていく。


「すごい……!」


 ハルカですら息を飲み、感心するほどの絶技。


 それによって次々とガイスト達を討伐していったことで、もはやハルカがオペレーターとしての職務を果たす暇すらなかった。


「これで、最後──!」


 最後の一体となったガイストの脳天に八十七式極型霊光刀が振り下ろされる。


 そのガイストはせめて抵抗しようと砲口を向けていた。


 あと少しで発射するところだったが、悲しいかな──クロウの一撃はそれよりも速い。


 一刀両断。


 最後の一体を倒したことで、戦闘は終結した。


「……広域レーダーに敵影なし。対象となる全ガイストの撃破が確認されました。ミッション完了。お疲れ様ですクロウさん……」


 せめて最後ぐらいは、とハルカがそうオペレーターとしての業務をこなすが、逆に言えばこれ以上の職務をなにもまっとうできなかった。


 それぐらいにクロウの戦闘速度は速く、ハルカの処理速度が追い付かなかったのだ。


「ううっ……。これじゃあオペレーター失格です。すみません、クロウさん。私今回はなにも仕事ができませんでした……」


「ん? ああ、いや、そんなことないよ。そもそも今回は初仕事だからな、互いに息があっていないのはしゃあないしゃあない」


 クロウは気軽に言うが、それでハルカが満足できるわけではない。


 せめて、と彼女は広域探査レーダーに視線を走らせ、クロウを安全なルートで帰すべく、周辺の情報を探査した──結果として、その健気さがクロウの命を助けることとなる。


「──⁉ ロックオン警報! 攻撃が来ます!」


 ハルカの警告。それを受けてクロウは反射的に機体を機動させる。


 ──そこへ走る一筋の光条。


 エーテルビームの一閃が、それまで〈ラーヴェ〉のいた場所を薙ぎ払う。


《んあ? なあんだ、俺サマの攻撃をよけやがったぞ》


 野卑な声。機体の高性能高精細レーダーが捉え、音声化したそれが響くと同時にクロウとハルカはその姿を見る。


 二脚と多脚。


 足の数こそ違えど、人型という大きな枠組みは変わっていないその姿は、まさに──


「FOF⁉」


 ハルカが絶叫を上げる。彼女の言う通り、それはFOFであった。


 二機のFOFが突如としてクロウとハルカの前に現れる。


《にーちゃん。あいつ生意気だ。あのくろいの、にーちゃんの攻撃を避けた》


《おう、そうだな。弟よ。だが、俺サマはウツワってもんが広いからな。あの程度のことは許してやるってもんよ──つーわけで、おい、そこの黒いFOF》


 二脚のFOFが前に出る。


 そうして〈ラーヴェ〉の前に立って、そいつは叫んだ。


《俺サマはヘッド。んで、こっちが弟のガデル! 人呼んでヘッド&ガデル兄弟ブラザーズ! 巷を騒がせた〝強奪者〟とは俺サマ達のことよ!》


 大見得を切るFOF。


 それにたいして、クロウは大きく目を見開いた。










────────────────────

【HbE】

 ヒッグス・バイ・エーテル、またはハイビーとも。FOFをFOFたらしめている要素の一つであり、〝エーテルによるヒッグス場の操作〟という名称の通りエーテルの作用で機体にかかる慣性を制御することで、FOFは超速機動を可能とする。


 FOFという全身鉄製で10mの巨体を持つ〝物理的に跳んだり跳ねたりすることが不可能な〟機体を、エーテルの作用でヒッグス場に干渉することでかかる慣性を操り、超速度での移動すら可能にする技術こそがHbEである。


 特にパイロットが座る操縦席には強くHbEが作用しており、パイロットはHbEによって発生する疑似重力で操縦席に固定されるほか、操縦席自体にも強いHbEの作用が働くことで外界からの衝撃を緩和し、機体がどれほど激しく機動しようと内部は1Gの最適な慣性へ常に保たれる。


 事実、プロローグ及びEP.002にて、ハルカは自身が乗るFOFに重装甲型の突進を受け、機体がぐしゃぐしゃになるほどの衝撃をうけたが、内部の彼女は無事であった。このことからもHbEがどれほど強力な守りを操縦者に与えているかが推察できるだろう。


 そのほかにも機体そのものが高速機動する際に慣性を制御することで、FOFと言う鉄の巨人に急停止からの急加速と言う無茶な機動力を発揮させ、その変幻自在な機動性こそFOFが他の兵器を圧倒する要因ともなっている。



このHbEの制御は機体に搭載される高性能エーテルコンピュータによってなされ、エーテルコンピューターが常に最適な状態でヒッグス場を操作することで、FOFは物理法則を越えた機動性を発揮するのである。

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