EP.011 オペレーター

 クロウがハルカにオペレーターとして雇われないか、と提案してから数日後。


 ようやくグラム渓谷の調査が終わり、ミッションを受けることが解禁されたクロウは、ハルカを伴って愛機〈アスター・ラーヴェ〉が格納されている傭兵ギルド所有のハンガーに来た。


「──さて、ハルカさんには今日から本格的にオペレーターとしての業務をやってもらうことになるわけだけど……」


 言いながらクロウは目の前に座るハルカを見た。


 背筋をピンっと伸ばし、その蒼色をした瞳をまっすぐこちらへ向ける少女の生真面目な態度に、肩の力を抜け、とジェスチャーしながらクロウは言葉を続ける。


「まずはオペレーターとはなんなのか、ということから説明をしようか。とりあえず、ハルカさんはオペレーターについてどこまで知っている?」


 偉そうに語るが、クロウ自身オペレーターとして知っていることと言えば、この世界のネットで調べたことと、傭兵ギルドの職員からいろいろとレクチャーを受けたことぐらい。


 なのでこれは解説と言うより互いの知識のすり合わせと言う面が強い確認だった。


 実際にハルカもそんなクロウの意図をすぐさま察する。


「はい。私も基本的にはネットで調べた情報だけですね。できれば、クロウさんからもいろいろとお教えいただけるとありがたいですっ!」


 目をキラキラと輝かせ、なにやら期待たっぷりにハルカからそう言われたクロウ。


 あまりの勢いに一瞬引き気味になってしまったが、それをゴホンと咳払いで誤魔化しながらクロウは、ハルカに所望された自身の知識を開陳した。


「えーと、まずオペレーターの仕事で、もっとも重要な業務──戦場での管制業務から説明するぞ」


 言いながら、クロウはPDを取り出した。そこに写された情報をカンペ代わりに、クロウはオペレーターの仕事について解説していく。


「オペレーターは、FOFパイロットにたいして広域レーダーから得た情報を整理し、優先排除目標を選別します。戦闘中のパイロットに代わってポインティングを行い、どれを真っ先に倒すべきかを示すのがその仕事です……とまあそんな感じ」


「FOFの広域探査レーダーから得た情報などを使うんですよね。通常の戦況管制は傭兵ギルドなんかが貸し出すオペレーターブースを使うそうですが──」


 と、そこでハルカは一度言葉を切り、そのまま彼女は視線を上に向けた。


 ハンガーの中、彼らの会話を見守るように鎮座する漆黒のFOF。


 クロウの愛機〈アスター・ラーヴェ〉を見てハルカは目を輝かせる。


「クロウさんのFOF〈アスター・ラーヴェ〉は複座型。二人乗りが可能なので、私が後席に乗り込み、そこで直接オペレーション業務をするんですよね!」


 キラキラキラキラッッッ‼ とすさまじい輝きを放つ眼で言うハルカ。


 その眩しさにクロウは目を細めながらも、あー、と何とも言い難い表情を浮かべた。


「まあ、そんな感じだ」


 クロウの愛機〈アスター・ラーヴェ〉は世にも珍しい複座型FOFだった。


 ゲーム〈フロントイェーガーズ〉時代は一機のFOFにたいしてプレイヤーは一人しか乗りこめないため、せいぜい前席と後席を入れ替えて操縦できる程度の死に設定だったそれが、現実となったことで、いまハルカの言ったような活用法で使えるわけで。


 正直紙装甲でFOFとしてもあまり安全とは言えない機体に自分以外の命を乗せることにクロウは躊躇いを覚えないではないが、それを聞いたハルカからほとんど押し切られる形で承諾してしまい、いまのような後席でのオペレーション業務という形に落ち着いた。


「あー、えっと。話を戻すぞ。それで他のオペレーターの業務だが、えっと」


 PDをスクロールさせて、他の業務についてもカンペを見ようとするクロウ。


 それにたいしてしかしクロウが語りだすよりも前にハルカが口を開くのが早かった。


「そのほかのオペレーター業務としては、ミッション出撃時におけるシティへの入出手続き、ミッション後のFOFへのエーテル補充申請、ミッションの依頼者、仲介人との折衝、などがありますね。主に戦場での管制なども行う秘書業務、といったところでしょうか」


「お、おう。そうだな……」


 PDをカンペにしているクロウとは違い、なにも見ず、スラスラとそらんじながらオペレーターの業務について解説していくハルカ。


 あまりにも正確な理解だったので、もはやクロウには解説することがなくなってしまった。


「そこまでわかっているんだったら、俺の解説もいらなかったな。うし、それじゃあさっそくオペレーターの業務をやってもらうわけだけど──」


「はい。クロウさん。あ、それと事後報告になって申し訳ありませんが、すでにシティからの入出手続きとミッション後のエーテル補給申請はしておきました。それと、ミッション作戦領域における周辺地理情報などもギルドから得ていますから見ますか?」


「えっ、仕事早っ⁉ このミッションを受けてからまだ三十分しかたっていないぞ⁉」


 今朝ハルカと合流して、どのミッションを選ぶかと相談したのが一時間前。


 そこからミッションを選択して受諾した後、このハンガーに来たのがつい先ほど。


 移動時間としてわずか三十分の間にそれほどの仕事をすませていたハルカの異常な手際の良さにクロウの方が唖然とする羽目になった。


「独断する形で申し訳ありません。でも、業務のほとんどは訓練生時代に似たような経験をしたので、その知見が活かせた形ですね」


 謙遜するようにそう告げるハルカに、クロウはまじまじとした視線を送ってしまう。


(うすうすそんな気はしていたが──この子、けっこう優秀なんだな……)


 なんとなく言動の端々から知力の高さを感じ取っていたから、優秀な人なのだろうとは思っていたが、正直クロウの想像以上だ。


(……まあ、だからこそ。なんでそんなハルカさんが、あんな変な傭兵団へ入りたいとか言ったのかマジで気になるところだけど)


 優秀なのに、変なところでポンコツなんだよなあ、と少女の人間性を思いつつクロウはハルカへ視線を向ける。


「あー、話の腰を折って悪かったな。作戦領域の情報だっけか。わかった。教えてくれ」


「はい。では、まずミッションの概要から説明させていただきますね」


 ハルカはそう頷くと、そこで表情を微笑から真面目なものに変えて、それを解説しだす。


「今回のミッションはブレド高原に陣取った砲撃型ハスタガイストの掃討となります──


 ブレド高原はシティ〝カメロット〟と前哨基地を繋ぐ輸送路と隣接する要地。ここに、砲撃型が陣取ってしまったことで、輸送が阻害されている状況です。


 そこでこのミッションではFOFでこの高原を奇襲。そこにいる砲撃型含めたガイストを殲滅して高原を解放する、というのが目的となります」


 ツラツラとミッションの概要を説明するハルカ。そのわかりやすい説明に、クロウは逆に関心して、彼女の声へと聞き入っていた。


「ミッションにあたり、私もすこし作戦を考えてきました。クロウさんのFOF〈アスター・ラーヴェ〉は優れた飛行能力を有するとのことなので、それを活かす作戦がいいかと」


「ほう? 興味深い。聞かせてくれ」


 クロウの促しに、頷きながらハルカは、具体的な作戦について語りだす。


「私が考える中で、一番効率的な方法としては高々度上空から急降下しての吶喊とっかん、そして敵ガイスト集団の真ん中に突入し、敵陣形を内側から崩すという作戦で──」


「いいな、それ。よし、その案でいこう」


「──ですが、この作戦は砲撃型や対空砲型などの攻撃を真正面から受ける危険を伴いますため、私としてはより安全な低高度から遮蔽を使って近づ──ふえ? いまなんと……???」


 作戦について解説していた途中でクロウが挟み込んできた発言に、ハルカが慌てて解説を中断し、クロウへと確認を取る。


 それにたいしてクロウはニヤリとした笑みをその口元に浮かべた。


「だから、その真正面から突っ込む作戦でいこう。上空から突っ込んでど真ん中からかき乱す──いいねえ、すっげえ俺好みの作戦だ」


 さらりとそう告げるクロウ。


 まだクロウと知り合って数日のハルカはわかっていなかった。


 クロウというFOF乗りイェーガーがどれだけとんでもない奴なのかを──










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【オペレーター】

 主に戦場で戦うFOFパイロットにたいして、戦況や優先排除目標などを指示し、管制することを仕事とする職種。


 一定規模の傭兵団や一部独立傭兵などではミッション遂行を円滑にするため、後方勤務要員としてのオペレーターを雇用している。


 オペレーターは、戦場での管制業務のほか、パイロットに変わってミッションの依頼者や仲介人と交渉したり、その他物資の補給やシティとのやり取りなども担当したりと、そのさまはさながら戦場での管制も行う秘書とでもいうべきものとなっている。


 腕のいいオペレーターがつくかどうかでFOF乗りの生存率は天と地ほども変わるので、相性がよく手際のいいオペレーターがいるかどうかは傭兵にとって文字通りの死活問題となる。

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