EP.010 呼吸ができる場所


「ですから! なんで、私が傭兵になれないというのですか⁉」


 ハルカ・エーレンベルク。


 クロウがこの世界に来た初日にガイストから助けたあの少女が、どういうわけだか傭兵ギルドで傭兵になりたいと騒いでいる。


 正直、クロウは最初無視しようかと思った。


 顔見知りとは言え、しょせん詳しく知らない赤の他人。深入りする事情はない。


 そう思って別の窓口へ向かおうとしたクロウは──少女の悲痛な叫びを聞く。


「お願いします。私にはもうここしかないんです!」


 別にそれがなんだと言えばそうだ。


 ただその言葉がクロウの耳にやたらと強く残った。理由は分からないけど。


「……はあ、しゃあねえな」


 そう呟いて、ハルカのもとへ駆け寄るクロウ。


 クロウはハルカの肩を叩いて従業員と言い争う彼女へ話しかけた。


「おい、そこの。ハルカさんだったか? 一体何を言い争っているんだ?」


「──??? ……えっと、どちら様でしょうか。なぜ私の名前を?」


 なぜか、警戒心をあらわにした表情をするハルカ。


 なぜ警戒を向けられるのか、クロウは一瞬分からなかったが、すぐに自分と彼女が直接顔合わせしたのは、これが始めてだと気づく。


「ああ、すまん。俺だ、クロウ。えっと、前に君を助けた黒いFOFの猟へ……パイロットと言ったらわかるか?」


 うっかりゲーム時代のクセがでそうになりながら自己紹介するクロウ。


「クロウさん⁉ え、わ。お久しぶりです! こんなところで会えるなんて……! あ、改めてあの時はありがとうございました! おかげで私も、私の同期も全員命がたすかって──」


「OK、OK。いったん落ち着こう。お互い積もる話もあるだろう──とりあえずそっちで話さないか?」


 それまでの警戒心はどこへやら、矢継ぎ早に話しかけてくるハルカへクロウが指し示したのは傭兵ギルドの隅に置かれたソファだ。 


 テーブルをはさんで対面して座れるそこで落ち着いて事情を聞かせてくれ、とクロウは提案した。





     ◇◇◇





「それで、いったいどうしてまた君はギルドの職員に詰め寄っていたんだ?」


 机をはさんでハルカと対面しながら、どっしりとソファに体を預けるクロウ。


 そんなクロウからの問いかけに、はたしてハルカはその唇を尖らせて憤りを露わとした。


「聞いてください、クロウさん! 傭兵ギルドが、私が傭兵になりたいっていう願いを断ってくるんですよ‼」


 話し出すやいなや勢い込んでそう告げてくるハルカ。


 どうやらここがまだ傭兵ギルドのなかだと忘れているらしい彼女の言動にハラハラしながら、クロウは問いを発する。


「そ、そうか。というかだな、そもそもの疑問なんだが、君って鋼槍機士団……えっと、このシティの軍隊的なところに所属してなかったか?」


 いったんハルカから傭兵ギルドの話題を逸らすべく、そう疑問を口にしたクロウ。


 それにたいするハルカの返答は非常に奥歯へものがつまったかのようなものだった。


「……その、非常に言いにくいんですが。クビになりました。鋼槍機士団」


「は? どうしてまた……」


 ハルカの返答に思わずクロウは目を点にする。たいするハルカは不貞腐れた表情を浮かべると、そのままどこか拗ねた子供のような口調で、こう告げてくる。


「私が機体を大破させたことが原因です。それが上層部で問題視されて私にはパイロットとしての適正なしと判断されました」


 感情を押さえつつ言うハルカにクロウは気まずい表情をした。


「あー、もしかして俺のせいもあったりするのか?」


 あの時、クロウは空中からハルカを見下ろしていた。彼女がガイストに吹き飛ばされるのをみていたのだ。


 もっと早く助けにはいれば、そうならなかったかもしれないと思うと少々申し訳なくなる。


 だが、ハルカはそんなクロウに首を横へ降って答えた。


「い、いえ。クロウさんのせいではありません! むしろこれは、その私の家庭の事情でして……」


「家庭の事情?」


 クロウの疑問にハルカは一瞬ためらったあと、おずおずとこんなことを話し出す。


「その、ここからは込み入った話になるんですけど。実は私、シティでもいわゆる上流階級と呼ばれる層の出身なんです。それで上の方が忖度してしまって……」


「あー、なるほど。理解した」


 納得顔でクロウは頷く。


 つまり、よくある話、と言うわけだ。


「……私だって軍を辞めたくありませんでしたよっ。でも命令は絶対です。正規の手順に則って行われた以上、それこそ裁判でもしないと──」


 と、そこまで言って言葉を切ったハルカは、その直後にとんでもないことを口にする。


「──それだったらいっそ傭兵になってやろうと思ったんです。軍がダメなら傭兵としてFOF乗りを続けようと!」


 それはそれがいい笑顔で言ったハルカにクロウは、わーお、と口にして、


「……なんとまあ、ずいぶんとアグレッシブな判断をしたものだな……」


 ハルカの予想以上な思い切りの良さに、眉間を揉む仕草をしたクロウ。


「でもな、それで従業員を困らせるのはいかんだろ。というか、俺が言うのもあれだが、そういう風に勢いで傭兵になって大丈夫なのか? 考え知らずで生きていけるほどこの世界は甘くないと思うぞ、俺は」


 最初からFOFを所持していてある程度戦いの心得があったクロウではあるが、それはあくまでゲーム〈フロントイェーガーズ〉で培った経験があるから。


 クロウだってゲームを始めたばかりは操縦が拙く、よくそこらの軽戦車型による一撃で撃破されていたものだ。それぐらいにはFOFの操縦と言うのは難しい。


 だから、老婆心ながらに心配するクロウへハルカは安心させてくるような笑みを浮かべた。


「それはご安心ください。私だってなんの考え無しに行動したわけではありません」


 だが、ハルカはそこらへんも考えていたらしい。彼女は持っていた手荷物からタブレット端末を取り出すと、その画面をクロウに見せて、なにやらプレゼンを開始する。


「私も傭兵になる前、最低限情報を調べました。それによると、私のようなFOF未所持の人間がFOF乗りとして傭兵になる手段は二つ──


 一つは、どこにも所属しない独立傭兵として登録し、傭兵ギルドからFOFをローンで購入する場合。ローンの返済はミッションをこなしながら行う形ですね。


 二つ目は、FOFに余りがある傭兵団に所属する方法です。集団で活動するので独立傭兵としてよりも安全で、なおかつ実績も積みやすいやり方です」


「お、おう」


 すさまじい勢いで話す彼女に引き気味となるクロウの目の前でハルカはさらにいくつかのグラフや情報を立体映像として出しながら解説を続ける。


「まず一つ目の道は正直私には厳しいと考えています。いくら鋼槍機士団でFOFの操縦を学んだとしても一人でできることはたかが知れていますし、それにFOFの購入費用である1億ビットは返済するのに何年もかかります」


 真面目な顔で意外とまっとうなことを言うハルカ。


「よって、私が行くべき道は、二番目にあたる傭兵団への所属です。その中でも、実績もあり、女性団員の比率も多い──この〝湖の乙女ブルーメイデン〟に入団申請しようと思いまして!」


 言ってハルカがタブレットを差し出してくるのでクロウはそれをみやる。


 なるほど、ハルカが言う通り、団員の比率はかなり女性に傾いている……というか、


(代表以外、全員女性じゃねえか⁉ しかも何人かは代表と名字一緒だし……あー、つまり団員の女性はこの狐顔とそういう関係なのか⁉)


 他人の色恋にとやかく言う趣味はクロウにはないが、それでもこの狐めいた胡散臭い細面のどこがいいのやら、と彼は思った。


 そうしてその傭兵団〝湖の乙女〟の情報に目を通していると、ある一つの違和感がクロウを襲う。


(……? この傭兵団、戦死率は悪くないが、なんかやたらと離職率が高いぞ? どうにもが……あ)


 見なかったことにしよう。


 まさか、人身売買の可能性なんて赤の他人であるクロウの気にすることではない。


 ただ、今のクロウに言えるのは絶対にここへはハルカを入れてならないと言うことだけだ。


(なんでよりにもよってこんなヤバそうな連中をピックアップするんだよッ⁉)


 もうちょっと他にいただろうと、声を大にしてクロウは言いたい。


 いまにして思えばクロウが、自分は君を助けたFOF乗りだ、と名乗った際も決して証拠を見せたわけではなかったのにやたらとすんなり信じていた。


 つまりハルカ・エーレンベルクという少女はとびぬけた天然で、箱入りで、なにより世間知らずなのだろう。ダメだ。食い物にされる未来しか見えない。


 そんなクロウの心配とは裏腹ハルカは、その両目を輝かせていて、


「どうです、クロウさん! 私としては、やはり女性比率が高い傭兵団はいいと思いますし、なにより代表の方がでよいと思いませんか!」


 と、ハルカがとんでもないことをのべたので、クロウは内心で絶叫をあげた。


(──この子。致命的に人を見る目がない!)


 もはや、一刻の猶予もない。慌ててクロウはハルカの説得にかかる。


「そ、そもそもなんだが、ハルカさん。君、別に傭兵になる必要はないんじゃないか? 上流階級の出ってことは何不自由なく暮らせるだろ。わざわざ傭兵にならなく──っ⁉」


 だが、クロウの言葉は途中で切れた。


 クロウの目の前、そこに座るハルカの雰囲気が一変したせいだ。


 能面のように感情がなくなった表情。それをクロウに向けながらハルカは言う。


「──クロウさんも、そう言うんですね。ええ、わかっていますよ。他の方から見れば、私の行動は単に特権階級の娘が我儘放題しているように見えるものだって」


 声は平坦なのに、強い憤りがにじみ出たハルカの発言。だが、それがクロウでもなく、ハルカ自身でもなく、この場にいない誰かへと向けられているのをひしひしとクロウは感じ取った。


「確かに私は上流階級の娘として、生まれ、それを受け入れて従順に振る舞っていればなに不自由なく生活できます。親の言う通りにして、いっさい歯向かわずしとやかな淑女であり続ければ……」


 だが、そんな自分は認められないのと言う意思がハルカの両目から迸る。


「……そんな生活クソ食らえです。親の束縛を受け、女だからと自分の意思を持てず、仔犬のように愛らしく、小鳥のように小さな声でさえずることを強制される──そんな場所じゃあ、私は


「───」


 クロウは思わず目を見開いていた。


 次の瞬間、クロウの脳裏にかつてぶつけられた言葉がよみがえる。





『──お前なんて産むんじゃなかった!』


『──お前は、一族の恥だ! 今後一生私の前に顔を見せないでくれ!』





 幼い自分にそれだけを言って消え去った人々の記憶。それが一瞬、クロウの脳裏に駆け巡る。


「そっか、そうだよな……俺も、そうだった」


 なぜ、彼女の悲痛な叫びを聞いた瞬間、飛び出したのか理解した。


 クロウは彼女のなかに自分と同じものを感じたのだ。


 鳥かごにとらわれ、自由になることを許されないもの特有の気配を。


 それを理解した瞬間、クロウはもう目の前の少女を他人だとは思えない。


「わかった。すまない。いまのは俺が悪かった。だから傭兵になるな、とは言わん。だが、この傭兵団はやめておけ。俺が見ても明らかにタチが悪いとわかる連中だ」


「へっ? え、そうなんですか……???」


 どうやら本気でわかっていなかったらしいハルカに苦笑を浮かべるクロウ。


「だからと言うわけでもないが、俺から一つ提案をしたい──」


 そこで、クロウはニヤリと唇を吊り上げる。


 笑みを浮かべ、ハルカを見やったクロウは、はたしてこんなことを告げた。


「ハルカさん──ちょっと、俺のオペレーターとして雇われてみないか?」










────────────────────

【ビット】

 この世界で流通している通貨のこと。

 都市連合、企業同盟、帝国のいずれに問わず全世界規模で流通する通貨であり、1ビットはどこへ行っても1ビットの価値を持つ。


 その正体は特定の通貨発行者を持たない暗号資産もしくは仮想通貨の類い。仕組みとしても地球のそれと近く、全世界のエーテルコンピュータ内にダウンロードされたアプリが演算領域を使い、取引情報をブロックチェーンで保存複製することで、全世界のコンピューターを壊しでもしない限りは一定の資産価値が保証されるシステムとなっている。


 ブロックチェーンの維持に必要なコンセンサスアルゴリズムは、地球のような人力(マイニング)ではなく、高性能なエーテルコンピュータが行っており、コンピューター内に設定されたAIが人間に知覚できないほど高速でコンセンサスを終了させることで、地球の仮想通貨の弱点である取引の遅さを解消している。


 これにより中央管理者を持たない分散的システムでありながら、通貨ビットはこの世界で黄金よりも高い資産価値を認められているのである。


 なお、ここからはメタ発言になるがビットの名前の由来は同名の仮想通貨からじゃなくて、前後にアクアとマンがつくあれ(たまたま目がついた)。なので将来的に補助通貨を出すなら、アクアにするかマンにするかで迷っている。

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