EP.009 大偉業


 グラム渓谷の打通だつう


 この事実は瞬く間にシティ〝カメロット〟に轟き渡った。


「号外! 号外! グラム渓谷が攻略された模様!」


 通りを新聞社に勤める記者が走り、電子映像紙エレクトリカルペーパーを配り歩き、道行く通行人たちは、それを受け取って記載された文字情報と映像情報へと視線を走らせる。


「(グラム渓谷が攻略されただって? 眉唾じゃないのか?)」


「(それが、本当らしい。渓谷で爆発が起こったのをウチの輸送部の社員が見たそうだ。なんでも凄腕の傭兵がやったとか。相打ちになったという話だ)」


「(えっ。私は総監レムテナントが招聘した傭兵団が攻略したという話を聞いたわよ? 企業同盟所属の凄腕傭兵を雇ったとか──)」


 噂に尾ひれがつき、もはやなにが本当でなにが嘘なのか誰にもわからなかった。


 だから誰もが想像しなかっただろう。





 ──これをなしたのが、前日に傭兵となったばかりの新人などと。





 そんなシティの人々に噂される大偉業を成した当人──クロウはいま、なにをしているのかというと……。


「うー、だばー」


 泊っているホテルの室内でだらけていた。


 怠惰の極みだ。仰向けになってふかふかなホテルのベッドに寝っ転がり、頭だけがベッド端にはみ出している。


「暇だー。暇すぎて、息できないー」


《……いい御身分ね。こっちが前哨基地のために駆けずり回っているってのに》


 PDから響く声。通信がつなげっぱなしになっていたそこから響くのキャシーの声だ。


 クロウによってグラム渓谷のガイストが掃討されたおかげで無事に目的地である前哨基地にたどり着けたキャシーは、いまも前哨基地にとどまっている。


「そっちは、どんな感じだー? 前哨基地は大丈夫かー」


《おかげさまでね。私が持ってきたエーテルで当面の生活は維持できそうよ……少なくとも餓死者がでることはないわ》


 後半は声を潜めてキャシーが言う。


 ──あなた方が来てくれなければ、我々は同胞の肉を食べる羽目になっていたでしょうな。


 クロウが渓谷を突破した後にたどり着いた前哨基地で、そこの代表から言われた言葉だ。


 バルチャーの跋扈で、物資が困窮していた前哨基地。


 前哨基地のエーテルリアクターは医療物資を生み出すのでせいぜいであり、あと数日、クロウ達がたどり着くのが遅れていたら冗談抜きで餓死者が出ていたことだろう。


「それはよかった。まあ、またエーテルを運べっていうんだったら依頼は受けてやるから、正規の手順で依頼してくれー」


《さすがにもうグラム渓谷の突破みたいなことはこりごりよ。あなただって重砲撃型みたいな敵と二度も戦うのは嫌でしょ》


「あー、まあそりゃあそうだが……」


 実際のところ重砲撃型はそれなりに手ごたえがあったが、そこまで苦労したわけではない。


(まあ、それに何の収穫もなかったわけじゃないし──)


 言いながら、クロウはあの戦いの後に起こったことを思い出す。





     ◇◇◇





 渓谷に静寂が訪れる中、クロウはいったん愛機〈アスター・ラーヴェ〉を地上に下ろした。


「ふう、とりあえずこれでガイストの討伐は完了したかな──」


《──ちょっと、クロウ! おい、こら。私の声が聞こえてないの⁉》


 ガイィンンッッッ、と通信機をハウリングさせながらそんな大声が鳴り響く。


「……ああ、キャシーか。なんだ、まだいたのか」


《はあ⁉ あんたねえ、っていうか。あんた大丈夫なの⁉ データリンクじゃあFOFのAPRAが10%しかないわよ⁉ 無事なんでしょうね⁉》


「無事無事。無事だから……俺の〈ラーヴェ〉はこのぐらいでどうとにもならねえよ」


 言いつつも、まあAPRAが10%にまで減らされるのはゲーム時代も含めて数年ぶりだった。なんかノリにノッていたからあまり気にしなかったけどかなりまずかったかもしれない。


《は~。とにかくあんたが無事でよかった。それとありがとう。あなたがガイストどもを掃討してくれたから、これで前哨基地への道が拓け──》


 と、そこでキャシーの言葉が途切れた。


「来たか」


 クロウは顔を上げる。その声が響くのはまさにその時だった。


《──あなたに告げます》


 謎の声。クロウをこの世界に連れてきたのだろうそいつが三度クロウの前に現れる。


《いまこの瞬間、因果の特異点がほどかれました。これにより世界の因果が大きく動きます。これにより【最終ミッション】は新たな段階に至りました。あなたよ、次なる特異点に備えなさい。その果てで〝私達〟とあなたが出会うことを望みます──》


 そう言って気配が遠ざかる。


 クロウは慌てて、その謎の声へ向かって話しかける。


「あ、おい待て。お前らいったい何者──」


 と、クロウが言うよりも先に、気配が完全に遠ざかってしまった。


 その事実にクロウは嘆息を漏らす。


「ったく。人へ一方的に話しかけるだけじゃなくてこっちの質問にも答えろっての」


 そうクロウが文句を言うのと止まっていた時間が動き出すのは同時だ。


《──たわ。これで物資を届けることができる……ん? クロウ、どうかしたのかしら?》


「いいや、なんでもない。気にするな」





     ◇◇◇





(と、まあ。そんなことがあったわけだけど──)


 時間は戻ってホテルの中。そこでベッドに仰向けで寝ころぶクロウは、先日のことを思い出しながら、不満げに眉根を寄せる。


「……ったく、人をこの世界に呼び出したんだったら、せめてなにをさせたいのかぐらい教えておけっての」


《はあ? あんたさっきからブツブツ何一人で言っているのよ》


 まだ通信が繋がっていたキャシーが、クロウの発言を聞きつけてそんなことを言ってくる。


「暇すぎて死ぬって話をしてるー。ああ、本当にやることなくてマジ死にそー」


《本当にいい御身分ねー。グラム渓谷突破の立役者がそれでいいの?》


「別にそれは俺には関係ないしー。まあシティが騒がしいけど、そのせいで傭兵ギルドからもろもろの調査が完了するまでシティ内でとどまってくれていわれて、むしろ迷惑しているぐらいなんだが?」


 おかげでガイスト討伐にも出れん、と嘆くクロウにキャシーは呆れた声を出す。


《そんなに暇ならいっそ豪遊でもしたら?》


 投げやりな口調で告げたキャシーの言葉に、クロウはしかし意外と真剣な表情で、ふむ、と頷きを返す。


「いいな、それ。そうしよう」


 クロウが呟いた言葉にキャシーは、え? と目を丸くした。


 善は急げとクロウはさっそく行動を開始する。


 キャシーとの通信を切り、その後にクロウはホテルの従業員を呼んだ。


「なにか御用でしょうか、クロウ様」


 教育が行き届いた従業員がクロウに向かって恭しく礼をする。


 それに対してクロウはニヤリとした笑みを浮かべてそれを告げた。


「客室の等級グレードを上げたい。いま空いている部屋で、ここより等級の高い部屋をみせてくれ」


 クロウの頼みにすぐさま従業員が答える。


 従業員が差し出してきたタブレット端末をクロウは見やり、そこに記載された高等級の部屋を流し見するクロウ──その中のある客室に目をとどめて、クロウは満面の笑みを浮かべた。


「ここだ。ここにする──」


 指さしてそう告げるクロウ。彼が示した客室は、次の通りだ。


「スイートルーム。ここに変えてくれ」


 ……スイートルームのスイートとは甘いスイートという意味ではなく〝複数の部屋を繋げた〟という意味らしい、とどこかでクロウは聞いた。


 事実、クロウの目の前にはそれにふさわしい部屋が広がっていた。


「おお……! マジ広え……!」


 中央の広い部屋を中心に、複数の部屋や果てはキッチンまでもついた室内。


 そこらのマンションだって広くないだろうという客室を見て珍しく興奮気味なクロウ。


 窓際に駆け寄ると、遠くまで見渡さる高い景色。極めて最上階に近い位置にある部屋特有の景色にクロウはくぎ付けとなる。


「やっぱスイートルームといったら高い場所だよなあ。見よ、人がゴミのようだ!」


 お決まりの台詞なんて口にしてみたりして、興奮冷めやらないクロウ。


 そんなクロウにたいして、ホテルの従業員が話しかけてきた。


「クロウ様。こちらがお部屋のお値段となります」


 言われてタブレット端末を差し出す従業員。


 そこにはこのスイートルーム十日分の宿泊料が記載されていた。


「ひい、ふう、みい……ふうん、桁数はこんなもんなのか。これならFOFの武器弾薬代のほうが高いな。ほれ、決済」


 自分のPDを読み込ませてあっさり決済を終えるクロウ。


 ……クロウは何気支払っているが、いま取引された金額は、シティ一般市民の年収に相当するほどの金額である。


 それと比べてもFOFの武器弾薬代の方が高いことが、FOF乗りはいかに高給取りなのかということを垣間見せつつ、支払いを終えたクロウ。


 続いて彼は、机の上へと視線を向けた。


 そこには大量の料理がすでに用意されている。


「食べきれない量の大量の食事! くぅ~、この無駄極まりない行為。まさに贅沢してるって感じがするぅ~!」


 あきらか地球時代で同じことをやったら批判を受けかねない行為をクロウは平然とする。


 まあ、ここら辺エーテル技術によっていざとなれば調理済みの食事でもエーテル情報体に変換することで、消費期限などを気にせずに食べられるからできることだ。


 とはいえ、この世界の基準で成金極まりないことをやるクロウ。


 食べきれないほど大量の食事を頬張り、高い景色から街路を歩く人々を見下ろし、クロウは悦に入った表情をする。


「ああ、俺っていま豪遊してるぅー!」


 そう言って食事を頬張るクロウ。そのまましばし飲み食いを行い、ある程度満腹になってもなお残る食事を見つめクロウは、ふう、と一息ついた。


「……俺、なにをしているんだろ……」


 なんか、むなしさを覚えてきた。


 いざ豪遊してみたが、あまり面白さを感じないとクロウは思う。


「なんか、やってみてから言うのもあれだけど……これってあんまり俺らしくないな」


 うんうん、と頷きながらクロウは呟く。


「やっぱ俺ってもとが小市民っていうか? もっというなら単に〈フロントイェーガーズ〉が好きなだけのガキっていうか……はあ、FOFに乗りたい」


 嘆きを口にして、今現在新たにミッションを受けることが禁止されているクロウは、自分の愛機〈アスター・ラーヴェ〉を思い起こしながら天井を振り仰ぐ。


「一回、傭兵ギルドに行ってみるかね。調査の進捗とやらを聞き出したいし」


 言いながらクロウは立ち上がった。


 せっかくとったスイートルームを出て、そのままの足で傭兵ギルドへと向かう。


 往来ではまだグラム渓谷打通の噂でもちきりになっていたがクロウはそんなことどうでもいいとばかりに通行人たちの横を通り抜ける。


 傭兵ギルドの建物は宿泊するホテルから十分とかからない場所にあった。


 こっちでも変わらない横開きの自動ドアを抜け、傭兵ギルドの中へ入ったクロウ。


 そして傭兵ギルドの中へ入ったクロウが見たのは──





「──ですから、私を傭兵にしてください!」





 叫び声。


 驚いてクロウが顔を上げた先で、銀の輝きを見る。


 銀髪の少女。その姿を見て、クロウは目を見開いた。そう彼女は──


「──ハルカ・エーネンベルク?」


 かつて、クロウが助けたFOF乗りの少女──ハルカが、そこにいた。










────────────────────

【電子映像紙】

 エレクトリカルペーパー。この世界では一般的に普及している映像再生可能な紙状の情報伝達媒体のこと。


 紙面自体に特殊な素子が入っており、これがエーテルの作用で事前に記録されていた映像と文字情報を映し出すことで紙のような材質をもちながら、映像も流せる。


 これにより、この世界の新聞では写真ではなく映像で情報を伝えることが一般化している。


 また再利用も容易なので、一般的に紙といえば電子映像紙を使うことが多い。

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