EP.008 渓谷の激戦・下
「わ、私のせいだ……」
輸送用の大型ヘリの中。キャシーは、声を震わせながら自戒した。
「こ、このままじゃあクロウが。私がこんな場所にまであいつを連れてきたから……!」
……キャシーにとってこの依頼が無茶なものだということは、最初からわかっていた。
傭兵ギルドからもこんな依頼、まともな傭兵は受けないと警告を受けた上で、それでもキャシーは一縷の望みをかけて、依頼を出したのだ。
その結果、現れたのがクロウである。
誰が見てもわかるあきらかな新人傭兵。
卓越した飛行技術を持っているようだが、どうせ入り口の対空砲型からめったうちにされて、泣きを見ることになるだろう……というキャシーの予想は裏切られた。
あっさりと対空砲型を殲滅し、それどころかどんどんと奥地へ突き進んでいくクロウ。
あとからおってきたキャシーの大型輸送ヘリが実際にその搭載武装を使わなくてもいいぐらい完璧に掃除された渓谷の様子を見て、キャシーも彼がすさまじい腕前の傭兵だと認めざるをえなかった。彼なら渓谷を突破できるのではないか、と。
──それが、とんでもない勘違いだったとわかったのは、重砲撃型が現れてからだ。
「じゅ、重砲撃型なんて……! あんなの勝てるわけが──ヒッ⁉」
爆撃が鳴り響いた。遠く離れた場所にあるはずなのに、キャシーの操縦する輸送ヘリが、軋みを上げるほどの衝撃。
同時にデータリンクで共有していたクロウの機体情報に異変が生じた。
彼が操縦するFOFの
「ああ……!」
このままではあの少年が死んでしまう。
「せ、せめて。私も戦わないと。あいつ一人を死地へ送るなんてさせないんだから!」
悲痛な表情で勇ましく叫ぶキャシー。
それは単なる恐怖からの逃避だ。だが、彼女はそれに気づかず、通信機へと手をやった。
「クロウ。私よ。私もあなたに加勢するわ。このヘリには少しは武装を積んであるし、いざとなったらあなたの肉壁にでも──」
と、彼女がクロウへ告げようとした、まさにその時。
《──アハハハハハハハ‼‼‼ 楽しい、楽しい、楽しいッッッ‼‼‼》
すさまじくハイテンションな笑い声が通信機越しに響いてきた。
◇◇◇
……少しだけ時間はさかのぼって。
場面は、クロウが〈ラーヴェ〉を加速させた直後。イッツショウタイムと宣言したクロウへ重砲撃型が、砲撃を行ったところだ。
「───ッ!」
とっさにクロウは機体を加速させる。
クロウの愛機〈アスター・ラーヴェ〉は、その速度においてゲーム中でも最高速を誇った。
特に飛行モード時の速度はマッハ3にも達するほどの超速度を持つ機体だ。
おかげで、降ってきた爆撃の回避に成功したクロウ。
渓谷の岩陰に飛び込むことで、発生する爆炎からクロウは逃れる。
「ハッ、やっぱりな! ゲームと
あんなの、たいしたことはない、とクロウはキャシーに言ったが、それはいっさいの誇張抜きで事実であった。
クロウにとって、重砲撃型はたいした相手ではない。正直に言って、何度も倒してきた程度の……言ってしまえば、多少図体がデカいだけの
ゲーム時代と同じ行動原理で動いているというのなら、対処法はいくらでもある。
(確かにあいつの砲撃は強力だ。余波だけでも当たれば、相当なAPRAが削られる)
重砲撃型の威力はすさまじい。
直撃すれば紙装甲な〈ラーヴェ〉ではひとたまりもないだろう。
しかも爆発範囲が広いので、下手に渓谷の上へ顔を出せば、直近に落ちた砲撃の余波だけでかなりのAPRAが削られることになる。
それを避けるためにもクロウは変わらず渓谷の中を飛行することを強いられていた。
だが、それでへこたれるようなクロウではない。
(
十秒。それだけの時間があれば、クロウの駆る〈ラーヴェ〉は重砲撃型にたいしてかなりの距離を詰めることができる。
(重砲撃型との距離はざっと25kmか……〈ラーヴェ〉の平均巡行速度はマッハ1。距離から計算できる到達時間は約70秒だ──つまり、あいつの元にたどり着くまでに最低でもあと7回の砲撃を受ける)
逆に言えば7回の砲撃を潜り抜ければ、クロウは重砲撃型に肉薄できる。
そこまで近づけばクロウの間合いだ。
「7回。その7回を避ければ、俺の勝ちだ、重砲撃型‼」
叫んでクロウは機体を加速させた。
少しでもずれたら岩肌にぶつかりかねないような無茶な飛行で渓谷を駆け抜けるクロウ。
少しでも距離を詰めようとするクロウに対し、再装填を完了させた重砲撃型が砲撃をかます──爆撃がクロウに向かって迫ってきた。
「───‼」
クロウは一直線に渓谷を駆け抜ける。
スラスターからプラズマジェットの青白い光をたなびかせながら、渓谷の岩陰へ。
飛び込んだ直後、一秒前までクロウがいた場所を爆炎が覆いつくす。
「あっぶね!」
紙一重の回避とはまさにこのこと。もし判断が少しでも遅れていたら、あの爆炎の中に〈ラーヴェ〉は巻き込まれ──それはそのままクロウの死へと繋がっていただろう。
「───」
ブルリと体が震える。
死の感覚。それが近づいてくるのを感じたのは、この世界に来てから二度目だ。
一度目はこの世界に来たばかりのころに遭遇した重装甲型との戦い。
あの時も、クロウの体は迫った死にたいして恐怖した。
いまはそれ以上に危険な状況だ。
落ち着いて対処すれば簡単に倒せた重装甲型と違い、
重傷も瀕死も許されない。直撃はそのままクロウの死を意味した。
「はっ」
その事実ゆえにかクロウの喉からか細い呼気が漏れ出る。
最初は小さな息だったそれは、次第に荒くなっていって、
「は、はは、ははははははは──ああ、気持ちいい」
いま、クロウは最高の快感を得ていた。
……これまでクロウの中には常に乾きがあった。
その渇きはゲーム〈フロントイェーガーズ〉の時代から、ずっと存在し続けて、たとえ世界大会で優勝しても、PvPでどんな強敵と戦っても満たされることはなく。
むしろ、ゲームへ本気になればなるほど乾きは多くなっていった。
結局、クロウがどれほど本気になってもゲームはしょせん
現実でそうするように命を懸けているほどの熱量で取り組んでも周りからすれば〝ゲームが上手いんだね〟の一言で片づけられてしまうような、そんなものだ。
クロウにとってはそうじゃない。〈フロントイェーガーズ〉こそクロウにとって唯一の居場所で心底から本気になれる場所だった。
でも、そんな感情を共有してくれる人はついぞサービス終了時まで現れてくれなかった。
「──だけど、いまは違う」
ゲームだった世界は、いまや現実となった。
ここでならクロウの本気でいていい。命を懸けるというその事実を表に出しても誰もおかしく思わない。なぜならここは圧倒的な現実だから!
「俺はゲームの時から本気だった。自分の命を懸けてそれを天秤に乗せて、なによりも誰よりも高くあろうと居続けていた」
それが
実際にそうなったことで恐怖し、もはや本気にもなれないかといえば──まったくもってそんなことはない。
むしろ〈フロントイェーガーズ〉の世界こそがなによりも
「──〝
咆哮をあげ機体を加速させるクロウ。
そこへ襲い掛かる重砲撃型の爆撃。
三度目となるそれを避けた瞬間、クロウの前に岩陰からガイスト達が顔を出した。
「邪魔だよ! お前らなんざお呼びじゃねえ!」
吠えてクロウはエーテルビームを乱射。
一見すると無茶苦茶に撃ったように見えるそれが、しかし精確に対空砲型へと吸い込まれて行き、ガイスト達を爆発四散させていく。
発生した青白い爆炎の横を駆け抜けてさらに重砲撃型との距離をつめようとするクロウ。
四度目の爆撃は突き出た崖を遮蔽とすることで避けた。
まったく速度を落とさないクロウ。
「──オラオラオラオラ! 全員ぶっ倒してやるわゴラァ‼」
もはやクロウは
探査レーダーを使わずとも対空砲型の位置がわかる。顔を出すよりも先にはなったエーテルビームが対空砲型につきささり、砲撃するよりも前に爆散させた。
五度目の爆撃は、もはや落ちるよりも先に警告を駆け抜けて置き去りに。
あと二回。あと二回の砲撃でクロウは重砲撃型をその射程に捕らえる。
──だからこそ、ガイスト達もなりふり構ってはいられなかった。
「──⁉ なんだ⁉」
目の前に影が差す。
そう思った瞬間に、クロウが駆る〈ラーヴェ〉の頭上から巨体が降ってきた。
対空砲型だ。驚くべきことに、崖上にいた対空砲型ガイスト達が崖上から飛び降り、クロウへと向かって突進してくるではないか。
「そんな
溺れる人のように空中でもがきながらもクロウへ向かって砲撃してくる対空砲型達。
想定外の行動に、さすがのクロウも一瞬行動が遅れる。
その隙を重砲撃型はついてきた。
六度目の砲撃。
クロウの動きが鈍った隙を狙いすませて、放たれたそれは、飛び降りてきた複数の対空砲型に四方八方から砲撃を食らって、動きを鈍らせたクロウの頭上に落ちる。
「──‼ クソが──‼」
叫びながらもクロウは期待を加速させる。
《APRA、残り50%》
余波でこれだけ。
五割もAPRAを減らされたクロウ。そこへさらに対空砲型達が身を投げ出して振ってきて、それを足止めに重砲撃型が再装填を急ぐ。
絶体絶命。それでもクロウの顔から笑みは消えない。
「ハッ。いいねえ、面白い‼」
叫んでクロウは機体を加速させた。
「どうせ当たったら死ぬんのなら、こっちからあたりに行ってやるよ‼」
宣言通り、上空から落ちてくる対空砲型へ逆に自ら接近していくクロウ。空中の対空砲型をクロウはすれ違いざまに砲撃して一体を撃破。
しかしそこへさらに対空砲型が飛び込んでくる。
クロウはそれに対して右背面にマウントしていた武装〝八十七式極型霊光刀〈白虹〉〟を起こす。機体を上昇させ、ロールしながらクロウは空中の対空砲型を切り刻んでいった。
「──アハハハハハハハ‼‼‼ 楽しい、楽しい、楽しいッッッ‼‼‼」
次々とガイストを撃破。
そうして道を切り拓いたクロウ。残すは一直線の道。ここを乗り切れば、クロウの勝利だ。
重砲撃型もそれはわかっているのだろう。遠隔砲撃を旨とするガイストとしては珍しいぐらいに身を乗り出し、クロウへ向かって方向を向けていた。
「その一撃、避ける!」
宣言し、クロウは超過駆動を開始する。
もはや小細工なし。一直線にクロウは渓谷を駆け抜けた。
それに対する重砲撃型の返答も単純なものだ。
砲撃が迫る。
ここにきて初めてクロウは重砲撃型の砲弾を見た。
そうして知る。砲弾がエーテルで編まれた外殻で覆われているという事実を。
それは直撃するまでに内部でエーテル作用により莫大な熱量を発するということを。
──そして、爆発するまで、爆発しないということを。
「そこ──‼」
ほとんど直感だった。もはや賭けといってもいい。
愛機〈アスター・ラーヴェ〉を限界まで加速させ、クロウはあえて砲弾のすれすれ──エーテルの波動を伴う莫大な熱量を持ったそれへ逆に近づき、紙一重ですれ違う。
《APRA、残り10%》
砲弾が持つ熱量だけで、APRAが削られた。
だが、クロウは生き残る。重砲撃型と対面する。
「よう、遊びに来たぜ、
最後の加速を行うクロウ。
クロウはいっきに渓谷を駆け抜け、そのまま上昇。
渓谷を直上に行った末に、重砲撃型と対面する。
愛機〈アスター・ラーヴェ〉を飛行モードから人型モードへ。
右腕のエーテルビームマグナムはすでにフルチャージ済みだった。
砲撃。
強烈なエーテルビームが重砲撃型の砲口へと吸い込まれる。
それは砲口内で直結していたコアを貫き、その中で貯められていた膨大なエーテルを解放。
太陽が顕現したようだった。
エーテルの奔流が渓谷内を駆け抜け、周囲にいた他のガイスト達をも巻き込み消し去っていく。轟音と衝撃波が発生し、渓谷の土地が大部分削れた。
爆音、そして静寂。
すべてが消え去った後、そこには赤く赤熱して溶岩と化した地面だけが残っており──
──ガイストはただの一体も存在していなかった。
そうして重砲撃型を撃破したクロウは、コックピットの中で笑みを浮かべる。
「楽しかったぜ、また遊ぼう」
渓谷の激戦。
それがいま、終結した。
────────────────────
【XTM‐001WC〈アスター・ラーヴェ〉】
クロウの愛機。通称、
〈アスター・ラーヴェ〉は、実を言うと三種類存在し、オリジナルでありゲーム中最強のNPCが操るXTM‐001、それを一般猟兵向けにリミッターをかけ、機能を低下させたモンキーモデルであるXTM‐001
クロウが操るのはこのWC型。ゲームで一度だけ行われた世界大会でクロウが優勝したことによって世界でただ一つのFOFとしてプレゼントされた機体であり、その機体性能とクロウの戦闘スタイルが合致していたためにクロウの愛機となった。
設定上はオリジナルよりもやや性能に劣るという面が残されているが、それをクロウの卓越した操縦技術で補うことで、オリジナル以上の戦闘力をクロウに与え、こいつに乗ったクロウの実力はそれこそ数年にわたって彼を〈フロントイェーガーズ〉のPvPランキング第一位に君臨させ続けたほどである。
弱点としては特殊な飛行機能と高い機動力を実現するため、本来ならAPRAに振り分けられるエーテルを機動力に関する部分へ振り分けたことで、APRAが通常の機体よりも低く、普通の機体なら三割ダメージの攻撃でもXTM‐001WCは五割以上削れるという欠点(なおオリジナルのXTM‐001にはそんな要素はない)を抱えている。だが、それをクロウは〝当たらなければ問題ない〟という戦闘スタイルで補うことによって、この機動力だけ高くて紙装甲な機体を唯一無二の最強機体に仕立て上げているのだ。
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