EP.007 渓谷の激戦・上


《ミッションを説明するわ。


 場所はグラム渓谷。依頼内容はそこの突破。

 グラム渓谷には対空砲型サウニオンを中心としたガイストがうじゃうじゃといるの。そいつが渓谷に入ってきた奴を片っ端から叩き落してくる。


 あなたには先行して渓谷に入り、そこにいる対空砲型の掃討を行ってもらうわ。


 私の操縦する大型輸送ヘリにもある程度の武装はつんでいるけど、あくまで〝ある程度〟だから期待しないでちょうだい。このミッションの成否はあなたが渓谷内のガイストをどれだけ討伐できるかにかかっている。まあ期待しない程度に期待しとくからよろしくお願い》





 通信機越しに、そう今回のミッションについて解説してくれるキャシー。

 それをクロウは〈ラーヴェ〉のコックピット内で聞きながら気楽な調子で返事を返した。


「了解。要するに俺があんたより先に渓谷へ突っ込んで邪魔者を排除しつつ赤絨毯をしけってことだろう。余裕余裕。ノーダメクリアだって可能だぜ」


 と、のんきな口調で告げたクロウ。その上でクロウは、それよりも、と口にした。


「それよりも、キャシー。あんたに一つ質問だ」


 クロウはやはり口調はなのんきなまま、しかしその裏に剣呑なものを宿してそれを問う。


「あんた、どうしてこんなミッションを依頼した? あんたの言が正しければここは帰ってきたもののいない場所だろう。そんな所を通ってまで運ぼうとするものは、いったいなんだ?」


《……まあ、あなたには言うべきでしょうね》


 さすがにここまで説明がないのは難しいと判断したのか、観念した声音でキャシーが言う。


《結論から言うと、私が運ぼうとしているのはエーテルよ。これから行く目的地である前哨基地──そこの生活を支えるのに必要な物資》


「エーテル……? えっと、それって確かFOFとかの動力源にもなっている……」


 あまりゲームと関係なかったのでうろ覚えとなっている設定を頭から引っ張り出して問いかけるクロウにキャシーは、ええ、とどこか苦々しい声音で返答してきた。


《これから向かう前哨基地ってのはね、基地なんて名前が付いているけど、その本質はシティとシティの間をつなぐ中継地点よ。でも、ここ最近その前哨基地に向かう輸送路に厄介なバルチャーが現れたの。そのせいで何度も輸送品が略奪を受けたわ》


 そのせいで前哨基地は最低限の生活を維持するのも困難な状況よ、とキャシーは言う。


《前哨基地ってのは私達のような根無し草の運び屋にとってはお世話になる地。特に今回行く前哨基地は昔からいろいろと恩を受けた人達がいる場所なの。そんな人達がその日の食事にも困るような状況になっていると聞いていてもたってもいられなくて──》


「──それで、俺みたいな傭兵を使ってこんな危ない橋を渡ろうと思ったのか。なるほど、事情はなんとなく分かった」


 クロウの要約に気まずそうな雰囲気を通信機の無効で醸し出すキャシー。


《……あなたには申し訳ないと思っているわ。結局、これは私の我儘みたいなものだし》


「まあ、その点は別に俺も似たようなものだから構わないんだけど」


 クロウだって、この依頼を受けたのは【最終ミッション】絡みだから、という極めて自分本位な事情からだ。それに比べたら他人のためを思って行動するキャシーは立派だろう。


「よしわかった。じゃあ俺に任せろ。どんな敵が向かってきても、確実にあんたとあんたの抱えた物資をその前哨基地に送り届けてやる」


《……あのねえ、私が言うのもなんだけどいまから向かう場所は本当に危険なところよ。あまり油断していると、命だって危ないんだから気を引き締めて──》


 のんきな口調で請け負うクロウにキャシーが呆れた声音を出す。


 それに対してクロウはその唇の端を吊り上げた。


「安心しろよ。あなたが雇った傭兵は単なる新人ニュービーじゃねえ。この手の依頼なんざ簡単にこなすプロフェッショナルな新星ニュービーさ」


 言ってクロウは〈ラーヴェ〉を加速させる。


 プラズマジェットの青白いたなびきを残して瞬時に音速を超えるクロウ。


猟兵イェーガークロウ。これよりグラム渓谷に突入する」


 宣言と同時にクロウは渓谷の中へと侵入する。


 クロウが渓谷に入って間もなくのことだ。待ち構えていた対空型ガイスト達が岩陰からその姿を現し、砲口をクロウの駆る〈ラーヴェ〉へと向けてきた。


「──数は、全部で10体か」


 これなら、五秒で行けるな。


 内心でそう計算しながらクロウは迫りくる砲弾を、急噴射クイックスラストで回避。


 二次元推力偏向ノズルが軽快に動き、ほとんど直角といいっていい角度で旋回する〈ラーヴェ〉。クロウの超高速機動に対空砲型の砲弾が追い付かない。


 一撃とてかすりともせず、砲撃を避けたクロウ。そのまま彼は返す刀で機体の格納していた左右腕部を駆動。そこに持つ二丁の銃口をガイストへ向け、発射。


 一撃必殺。放たれエーテルビームの一発で確実にガイストを討伐していくクロウ。宣言通り、わずか五秒でその場にいたガイストはすべて撃破された。


「しゃっ。これで渓谷入り口のガイスト討伐完了」


《早っ⁉ まだ突入して十秒とたっていないわよ⁉》


 クロウとの間で確立していたデータリンク越しに、その戦果を見てキャシーは驚愕に絶叫する。一方のクロウはさらに機体を軽快に飛ばし、複雑な地形を縫いながら渓谷の奥へ。


 待ち構えていたガイスト集団が顔を出す。


「はい、撃破」


 次は先ほどよりもさらに短い時間でガイストを掃討してのけたクロウ。


 あまりにクロウが先行するので必死こいて追うキャシーの方が悲鳴を上げる始末だ。


《だから、早いのよ⁉ 私の方が追い付けていないじゃない!》


「はははは! 別にいいだろ。そっちはゆるりと来るといい。俺が赤絨毯を敷くんだ。万が一にも取りこぼしなんてことはないから安心しろ」


 冗談ではなく、この程度のことクロウには簡単にすぎることだった。


 正直に言って、クロウには渓谷を突破するための飛行のほうが神経を使う。


 とはいえ、それらも含めてクロウはこのミッションを楽な仕事、と言っているのだが。


「ほらほら、次、次、次ィッッッ‼」


 顔を見せた端からガイストを撃破していく。


 対空砲型にとっては悪夢だろう。本来自分達の得物であるはずの空飛ぶ存在に自分達の砲弾はあたらず、逆に放たれたエーテルビームに同胞たちが焼かれていく。


 この複雑な地形を持った渓谷の中を、すさまじい速度で飛行して、さらにすれ違いざまに、辻斬りのごとくエーテルビームを放ってくる相手がいるとはだれが想定しようか。


 ガイストのみならず、キャシーですらもはやそれに唖然とする状況だ。


《……なんとまあ、とんでもない。正直新人が来た時はダメかもとか思ったけど。あんたって本当にすごい奴だったのね……》


「いまさらわかったか。それがわかったならよし。俺と〈ラーヴェ〉に勝てねえ奴はいねえよ。逆にそっちが焦って事故るなよ? 安全運転で頼むからな」


《ハッ。言ってくれるわね。あいにくとこちとら十を迎えた時から運び屋やってんのよ。このぐらいの渓谷、ガイストがいないってんなら最高速で飛ばしても突破できるわ》


 クロウがガイストを殲滅し、そうして敷かれた炎色の絨毯をキャシーが踏破する。


 わずか十分足らずで二人は道程の半分を超えていた。


《順調ね。正直順調すぎるぐらい順調なんだけど。これなら本当にこの魔の領域を突破しちゃうかもしれないわね》


「それはよかった。というか、ここって本当に対空砲型ガイストばっかなのな。正直、歯ごたえがなさ過ぎてつまらん」


《……いや、つまらんってね、あなた。普通対空砲型ガイストって言ったら空を飛ぶ者にとっては最悪の脅威なのよ? 私達のような運び屋はもちろん浮遊マーメイドフレームのFOFだって複数体の対空砲型を相手にするのは厳しんだから》


 ふむ、そういうものなのだろうか?


 言われて見れば、こちらの世界はAPRAがなくなれば即死の世界。比喩ではなく敗北はそのまま死を意味するのだから、クロウのようにゲームの中でこの手の無茶なイベントをいくつもこなしてきた人間なんてほとんどいないのかもしれない。


《はあ、ここまで順調だとなんか力が抜けてくるわね。本当ならこんな簡単に行かない場所なのに、圧倒的な実力を持つ傭兵がいるおかげで緊張感も保てないわ。このペースを維持するなら今日の夕方には前哨基地にたどり着けるかも──》


 そんな風に楽観的な空気すら漂い出した時だった。


「ん──?」


 進行方向。クロウは向かう先の方へと視線を向けて怪訝な顔を浮かべる。


 渓谷の最奥に当たる位置──そこでが立ち上ったのだ。


「───」


 そこからの動作は、ほとんど直感的だった。


 渓谷の曲がり角。岸壁が急角度で分岐するそこへクロウは一直線に〈ラーヴェ〉を突っ込ませる。潜んでいた対空砲型が顔を出し、砲撃してくるのも構わず遮蔽へと飛び込むクロウ。


 結果的に、その行動が命を助けた。





 大爆発。





 突如として巻き起こったそれにより、直前までクロウがいた場所が地形ごと抉れた。


 そこにいた対空砲型すら巻き込み破壊したその一撃。それにキャシーが悲鳴を上げる。


《な、なにっ。いまの爆発いったいなんなの⁉》


 幸いにしてキャシーは、クロウがだいぶ先行していたこともあって爆発に巻き込まれなかったようだが、それでも先ほどの爆発を見たのだろう、驚愕に叫ぶキャシーにたいしてクロウは冷静に、機体の探査レーダーを展開する。


 クロウの愛機〈アスター・ラーヴェ〉はレーダーもまた特別製。遠く離れたあの赤いオーロラが立ち上ったところにすら届き、そこにいる者の正体を明らかにする。


 その情報はデータリンクでキャシーの元にも届き、そうして見た敵の姿に彼女は絶句した。


《嘘──》


 巨体。まず目についたのはそれ。


 続けてその目を奪うのは、背に背負う巨大な砲塔だ。FOFの全長にたいして三倍には達するだろうその砲塔。それを支える八脚の足は、一本一本FOF並みに太く大きく。


 ただ鎮座するだけで、自らこそ、この領域の支配者であると示すような威容──それがなんの偽りもない事実であることをクロウは知っていた。


「──重砲撃型パンテーラ


 ガイストの中でも最上級に近い脅威度を持つ一体。それがクロウ達の前に立ちはだかる。


《──ッ⁉ 準災害級の大型ガイストじゃない⁉ なんでそんなガイストがシティにも近いこんな場所にいるのよ⁉》


 キャシーがそう叫び声をあげるのと、再装填を終えた重砲撃型が砲弾を放つのは同時だ。


「───ッ‼」


 再度の緊急回避をするクロウ。巻き起こった爆発によって地形がえぐれめくれ上がり、同胞だろう対空砲型すら巻き込んで破壊をもたらした重砲撃型。


 あまりの爆発力。それこそ直撃すればFOFとて一撃で破壊されることだろう。


 キャシーはそれを見て、完全に怖気づいてしまった。


《……撤退しましょう》


「は?」


 思わずそんな声を出してしまうクロウにキャシーはがちがちと歯を鳴らしながら言う。


《む、無理だわ。あんなの。本来なら数十機のFOFが束になって戦うような相手よ……⁉ なんでこの渓谷が魔の領域と呼ばれているのかよく分かった。あ、あんなのがいるんだったら突破できるわけがない。いまなら引き返せるわ。だ、だから撤退を──》


「──おいおい、それはないぜ」


 通信機の向こう側で震えるキャシーに向かってクロウはそう告げた。彼はコックピットの中で肩をすくめながらも、その視線は重砲撃型の方へと向いている。


「これから面白くなるところなんだ。いまこの時点で撤退ってのはない。もし怖いっていうんだったら、安全な空域まで退避しとけ。その間に俺があれを片付けて置く」


《──ッ⁉ 囮になるつもりだったらやめなさい! 確かに前哨基地へエーテルを届けるのは大事だけど、それは命あってこそよ。そ、それにあなたならバルチャーがいる道でも大丈夫でしょう。今度はその方面でアプローチして──》


「あのなあ、運び屋。まずは落ち着けよ。あんなもの──


 クロウの発言にキャシーが言葉を失う。


 それにたいしてクロウはやはり呑気な口調で言葉を続けた。


「まあ、見とけよ。ミッションは確実こなす。あんたのお望み通り、この渓谷を突破してあんたも、あんたが抱える物資も前哨基地にまで届けさせてやる。だからあんたは落ち着いて、巻き込まれないようにすることだけを意識しろ」


《な、は……⁉ あ、あなたいったいなにを言って──》


「世界一。一度はそうなった男の力を見せてやるって、そう言ってるのさ」


 さあて、とクロウは告げて舌なめずりした。


 見やるは重砲撃型ガイスト。それを見つめながらクロウは愛機〈ラーヴェ〉を加速させる。


 それにたいして重砲撃型が砲撃を放った。


 迫りくる砲弾を見やりながらクロウはその顔に、それはそれは凄絶な笑みを浮かべる。


「さあって、イッツショウタイム、といきますかねえ」


 渓谷の激戦。その後半戦が、いま始まる。










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【前哨基地】

 フロント・ベース。シティの外に存在する人類居住区域の一つ。基地と名前がつくが、その実態は町に近い。シティのような大規模エーテルジェネレーターはなく、代わりに大型エーテル・リアクターから資源を得ることで生活している。大型エーテルリアクターは外部からのエーテル供給がなければまともに機能しないため、シティにあるエーテルジェネレーターからのエーテル供給が欠かせない。


そのために各地の前哨基地には輸送路が設けられており、ここからFOFなどが護衛する車両隊によって前哨基地への物資補給が行われる。


過去にはパイプラインによるエーテル供給網を建造しようとしたが、そういったパイプラインはガイストの標的になりやすく、計画は断念。人力による輸送が主流となり現在まで続くが、そういった輸送隊にもガイストやバルチャーといった脅威が襲い来るため、補給が滞ることも珍しくはない。


エーテルジェネレーターから各種資源や食料などが供給されるシティにいれば、そのように困窮することもないのだが、前哨基地はシティとシティの間をつなぐ交易網の重要な中継地点であり、なくなてはならない宿場町である。そのため各シティは前哨基地に住まう人々をシティへ献身をなす英雄的市民と褒め称え、各種補助金などを支給することでなんとか人口を維持しているようだ。

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