EP.006 初ミッション

「──さて、ここらで一度状況を整理するとしようか」


 傭兵ギルドに登録してから一夜明け。滞在していたホテルで目覚めたクロウはそんなことをおもむろに呟いた。


 片手で自らのパーソナルデバイスを弄びながら、クロウは現在に至るまでの状況を脳裏に思い起こしていく。


「まず現在の状況だ。ここがゲーム〈フロントイェーガーズ〉の世界と酷似した異世界だってのは……まあ、間違いないだろう」


 信じがたい事実ではあるが、現状見聞きする限りにおいてそうとしか言いようがない光景が目の前に広がっている。


 特にFOFがゲーム内の存在ではなくリアルな存在としてある以上、この世界とゲーム〈フロントイェーガーズ〉の関連性を認めないわけにはいかないだろう。


「そんな世界に俺が来たのは〈フロントイェーガーズ〉のサービス終了に際して提示された【最終高難易度ミッション】を受諾したから。んで次に気づいた時には、俺は愛機〈アスター・ラーヴェ〉と一緒にこの世界に来ていたわけで……」


 口にしてみても何とも信じがたい事実だ。正直いまでも夢ではないかと思うのだが、あいにくと一夜明けてなお目覚めないあたりに真実この世界は現実なのだろう。


「まあ、別にそれはいいんだけど」


 サービス終了するはずだった〈フロントイェーガーズ〉と同じような世界に来た? 最高じゃないか。あいにくとクロウとしてはそれに文句をつける気なんてぜんぜんなかった。


「問題はむしろ【最終ミッション】の方だ。あれの内容がぜんぜんわからん」


 腕を組んでクロウは難しい表情をする。


 こちらの世界に来て間もない時に聞いたあの謎の声。その後に現れた赤いオーロラ──謎の声に曰く〝導〟と言うらしいそれが示した方角以外に、あいにくと【最終ミッション】とやらにかかわる情報がまったく存在していなかった。


「なあんか、気持ち悪いなあ。せっかく受諾したミッションなのに、具体的な内容がわからないとか、欠陥じゃないのか。ったく……まあ、なにもわからないわけじゃないけども」


 呟きながらクロウはPDを見やった。


 開くのはマップ。そこにはクロウが昨日たどった経路が記述されており、クロウがこの世界で最初に現れた地点からこのシティ〝カメロット〟に向かうまでの道順が記載されている。


 そしてこの道順こそがクロウに【最終ミッション】のヒントを出していた。


「……あの〝導〟が指し示した方角とカメロットは同じ位置、か……」


 赤いオーロラと言う形で示された方角の延長線上──ちょうどその場所にシティ〝カメロット〟は存在している。


 これを偶然と片付けるにはできすぎだろう。


「あの謎の声が俺になにをさせたいのかはさておき。ここにやってくるよう誘導したのはまず間違いないだろうな」


 問題は、その意図がなにか、ということだが。


「うーん。せめて【最終ミッション】にたいして追加の情報をくれないもんかねえ──」


《──承知いたしました》


「───⁉」


 突然響いた声にびっくりしてクロウは椅子の上でひっくり返る。


 そのせいで手に持っていたPDが滑り落ちて地面へと勢いよく落下していき──


 ──そして、空中で止まった。


「な──」


 驚き目を見開くクロウ。その目の前でPDは空中に浮かび……いや、違う。


「時間が、停止しているのか⁉」


 驚きながらクロウは視線を窓の方へと向ける。外では羽ばたこうとしてしかし空中で不格好に静止している鳥がいた。


 それだけではなく、道端を歩く人々も歩く姿勢の途中で止まり、ピクリとも動かない。


 時間が止まっているとしか言いようがない光景にクロウが愕然とする中、ふと、そんなクロウの視界に赤色の何かがよぎった。


 PDだ。そこから赤いオーラのようなものが出ている。


 まさに謎の声が〝導〟と呼んだ赤いオーロラと似たようなそれをまとった自分のPDをクロウはまじまじと見た後、恐る恐るそれを手に取る。


 瞬間、PDの画面が勝手に動き、クロウがなんの操作もしていないというのに傭兵ギルドのアプリが起動する。


 そのまま超高速で画面が操作されていき、アプリが表示したのはミッション選択画面。


 勢いよくスクロールした画面が表示したのはとあるミッションだ。


 運び屋の護衛依頼。飛行可能FOF限定で受けられると書かれたそれを表示した状態で止まったアプリ。それを見やってクロウは苦笑する。


「なるほど。次はこれを受けろってことね」


 ミッションの受諾ボタンを押すクロウ。


 瞬間、止まっていた時間が再度動き出した。


 窓の外で止まっていた鳥が羽ばたきを再開して、いずこかへと飛び立っていき、遠ざかっていた人々の雑踏が改めてホテルの室内に響き渡る。


 それを聞ききながらやれやれと首を横に振るクロウ。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか──」


 クロウはそんな呟きを漏らしながら、いましがた受諾したミッションへと視線を向ける。





     ◇◇◇





 ミッションを引き受けた以上は、そこへ向かわなくてはならない。


 そういうわけでクロウは傭兵ギルドのハンガーに保管されていた愛機〈アスター・ラーヴェ〉と共にポートカーゴに乗って、依頼主が指定した場所へ。


 そこはシティ外縁にある空港だった。


 愛機と共にそこへたどり着いたクロウは、一度〈ラーヴェ〉のコックピットから降りて、依頼人を探す。幸いにして依頼人はすぐに見つかった。


「ハイ、こっちよ」


 気さくな口調で話しかけてくる声。その声に振り向いたクロウは、一人の女性を見る。


 太陽の下で燦々と輝く金髪を左右に揺ってツインテールとした女性。その人物はクロウの方へと近づいてくると、朗らかな笑みを浮かべた。


「あなたが、私の依頼を受けてくれた傭兵ね。助かったわ。この依頼なかなか人が捕まらなくて。私はキャシー・クライブ。運び屋をやっている者──って」


 と、唐突に女性──キャシーの会話が途切れる。


 それまで気さくに話しかけてくれていたキャシーが突然黙り込み、かと思ったらまじまじとクロウの方を見つめてくるではないか。


 いきなり女性からジロジロとした眼差しを向けられてたじろぐクロウ。それにたいしてキャシーがした反応は──額に手を当て、天を振り仰ぐ、というものだった。


嘘でしょジーザス


 はあ、と盛大なため息をつくキャシー。そのまま彼女は先ほどまでの気さくな態度を完全に投げ捨てて、代わりにクロウへ険しい眼差しを向けた。


「一つ聞くんだけど、あなた。傭兵歴は何年……?」


「えっ。えっと、昨日登録したばかりだけど……」


 正直に答えたクロウ。それにたいしてキャシーは盛大な舌打ちを漏らす。


「バッカじゃないの⁉ なに新人ニュービーが私の依頼を受けているのよ⁉」


 ……そんなことを言われましても、この依頼を受けたのは俺じゃなくて俺を導く謎の存在なんですが、おすし。


 そう言えたらどれほどよかったか。しかしそういうわけにもいかず曖昧な笑みで誤魔化そうとするクロウにたいして、そんな笑みが気に入らないという表情になるキャシー。


「あいにくと私が求めているのは一定の実力がある傭兵なの。あなたみたいな新人はお呼びじゃないわ。帰ってちょうだい」


「はあ……? いや、依頼には飛行可能なFOFと書かれてはいたけど、別に実力についてはどうとも書いてなかっただろ……⁉」


 雑な態度でクロウを追い返そうとするキャシーにクロウはたまらず敬語を取っ払ってしまいながらも、そう反目する。そんなクロウへ呆れた半眼をキャシーは向けた。


「そんなの言わずともわかるでしょ、普通。はあ、これだからド素人ニュービーは」


 言いたい放題言ってくれるキャシーに正直クロウとしてもこのミッションが【最終ミッション】がらみでなければ今すぐ投げ出したかったが、クロウがこの世界に来た目的とも関係する以上、そういうわけにもいかない。


「……俺の機体は一見すると二脚ナイトフレームの機体に見えるかもだが、中身はそんなちゃちなものじゃない。依頼条件通り、きちんと飛行可能な機体だ。ミッションをこなす分には問題ないと理解しているが?」


「はいはい、口先だけならどうとでもいえるでしょうね。でもね、それを私が信じると思う? なんの実績もない新人の妄言なんてそれこそ掃いて捨てるほど存在するわ」


 本当にいちいち発言が苛つくなこの女。


「なんの実績もないというのなら、どんな実績を示せば、あんたは認める?」


 クロウは怒りに目を座らあせながらも、そう辛抱強く交渉する。


 それにたいしてキャシーが返してきたのはハッという鼻で笑う音だった。


「まあ、あなたがそこまで自信満々なら、相応の飛行能力でも見せてもらおうかしら? 浮遊マーメイドフレームでもない機体でどこまでできるかは知らないけど、それなり以上の飛行能力を見せてくれるんだったら、あんたを雇ってやってもいいわ。なんなら追加報酬も出しましょう」


「よしわかった。じゃあそれで」


 キャシーとしては皮肉のつもりだったのだろう。


 しかしクロウはそれを受諾し、キャシーがなにかを言うよりも先に愛機のコックピットへ走る。そのままダイレクトリンクを確立し、APRAを展開。HbEの作用で慣性を操り、クロウは機体を浮遊させる。


 そこから一瞬で急上昇した。


 両腰部のプラズマジェットを勢いよく噴射しながらクロウは〈ラーヴェ〉を人型ファイターモードから飛行フライトモードへ変形。


 まず最初に見せるのは、上へ向かって一回転するインサイドループ。


 そこから下方向に向かって下降しながら機体をロールさせるスプリットS。そのロールの状態を維持しながら上昇。そして宙返りするローリングループをきっちり二回決め、止めとばかりに空中で八の字をえがくキューバン8まで成功させた。


 突然クロウが始めたアクロバット飛行に、眼下では居合わせた人々が驚き、そして技を決めるたびに歓声を上げる。


 一方のキャシーはそれを見て愕然とした表情を浮かべていた。


《ストップ‼ ストップ、ストッォォォオオプッッッ‼ もうわかったから、わかったわよ。あなたが優れた操縦士だってことは⁉》


 あわてて、通信機を掴み、クロウへとそう制止の通信を入れてくるキャシー。


 それに対してクロウは不満げな声を通信機に返す。


「おいおい、ここで止めてくれるなよ。本番はこれからだぜ?」


《あなたの実力はもう十分に理解したわよ! わかった! わかりました! 先ほどは私が悪かったですッ! だからもうそんな曲芸はやめなさい。これ以上やるとシティの機士団にしょっ引かれるわよ⁉》


 仕方なくクロウは曲芸飛行を止め、地上へと愛機を着陸させた。


 コックピットから出て改めて対面する形となったキャシーを見て、クロウはその顔にそれはそれはいい表情を浮かべる。


「さて、俺の飛行技術はどうだったかな?」


「……はあ、わかったわよ。さっきの言葉は撤回する。あなたの飛行技術は並みの傭兵に引けを取らないわ。それに今回の依頼はなかなか人が捕まらなくて困っていたのは事実だし、いいわ、あなたにミッションを依頼することにする」


 がっくりと肩を落としながらもキャシーはようやくクロウのことを認めるつもりになったらしい。表情を真面目なものにしてこちらを見るキャシーにクロウも同じ表情を浮かべた。


「じゃあ、依頼内容を確認しようか。確か、護衛依頼との話だったけど……」


「ええ。それで会っているわ。内容は単純。運び屋である私が操縦するヘリを護衛すること。あなたは私に飛行しながらついていって、私を襲うあらゆる脅威から私を守りなさい」


「お、いいねえ。面白そうだ」


 右の掌に左の拳を打ち付けながら気合を入れるクロウ。その上で彼は、キャシーを見やり、その唇の端を吊り上げる。


「具体的な脅威はなにかな? ガイストの集団でもなんでもどんとこいだ。なにがこようと全部ぶっ潰してやる」


「あら、頼もしい。じゃあ、その通りにしてもらいましょうか」


 そうキャシーが告げるのを聞いてクロウは目を点にする。そんなクロウにキャシーが告げたのは次のような言葉だ。


「あなたのお望み通りこれから私達はガイストがうじゃうじゃいる場所へ向かうわよ。そこは魔の領域。これまで何人もの運び屋が挑んできては儚く空に散ったもっとも死に近い場所」


 そんな場所の名は、


「──グラム渓谷。大崩壊以降、いまだ誰も突破しえていないそこを突破する。それが今回の依頼内容よ」










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【運び屋】

 ウェイフェラー。この世界に存在する三大勢力とも傭兵ギルドとも立場を異にする民間の自由組織。名前の通り、ものを運ぶのが仕事。運ぶものはそれこそ日用品から、FOFを含めた武器弾薬まで。相応のお金さえあれば、なんでもどこへでも、がモットーである。

 傭兵とは違い、傭兵ギルドのような組織だっての行動はせず、完全な独立した個人またはその個人が集まった小集団で活動しており、武装した大型ヘリでガイストやバルチャーといった脅威がある地域を突っ切って、必要なものを必要とする人に届けることを生業としている。

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