EP.005 傭兵ギルド


「──へえ、ここがシティの中かあ」


 SF感あふれる高層ビル群が立ち並び、その合間を立体映像の広告が所狭しと映し出された街並み──まさに地球人が未来の姿として想像した景色がそこにあった。


 クロウは、そんな街中を歩きながらキョロキョロと視線を向ける。


 機体は預けてきた。


 ポートカーゴ──FOFが入るぐらい大きな動く箱みたいなやつ──に愛機〈アスター・ラーヴェ〉を置いて、機体から降りたクロウ。


 いまクロウはラストに教えられた傭兵ギルドに向かっている途中だ。


「えっと、傭兵ギルドの位置はっと……」


 言いながらクロウは端末を手に取る。


 スマホのような見た目をしたこの端末はポータブルデバイスPDと言う。


 FOFの起動キーともなるそれを操作してシティのマップを開いたクロウは、傭兵ギルドの位置を確認。幸いにしてそこまで複雑な経路じゃないのですぐにたどりつけそうだった。


 端末の電源を落とし、画面の明かりOFFにしたクロウ。


 ふと、その時黒光りする画面に自分の顔が映るのをクロウは見た。


「……んで、これが俺の顔か……」


 画面に映りこむ黒髪黒目の顔立ち。


 全体的な要素としては地球時代のリアルにおけるクロウとそこまで変わらない。


 ただ、地球時代よりは顔立ちがシュッとして、肉体的にも筋肉質になったという変化があるぐらいだ。


 ゲーム〈フロントイェーガーズ〉時代は、プレイヤーに容姿が設定されていなかった。


 基本的にプレイ中は現実と同じような一人称視点だったのでそもそもプレイヤーの容姿がわからなかったのと、基本は機体に乗ってミッションに出たり他プレイヤーと交流したりするので、必要としなかったというのがその理由である。


「ま、別に顔立ちとかどうでもいいけど」


 呟きながらクロウは改めて傭兵ギルドへ向かい歩き出す。


 傭兵ギルドの建物は、そこから五分とかからない位置にあった。


 高層ビル群の一角、同じくビルをまるまる一棟傭兵ギルドの建物として使っているらしい。


 そこの自動ドアをくぐり、中に入れば見えてきたのは整然としたカウンター。


 なんか、市役所みたいだな……とそんな風な印象を受けながらクロウはそんなカウンターの群れを見渡し、その一つに『新規登録受付』というのがあるのを見つけた。


「すみません」


 受付に座る女性職員に話しかけるクロウ。


 それを受けて女性職員も顔を上げ、いかにも接客業といったような愛想笑いを浮かべる。


「はい、ようこそ傭兵ギルドへ。新規登録の方ですか?」


「あ、はい。お願いします」


 丁寧な対応に日本人の習性で同じような態度で返すクロウに女性職員は丁重な頷きを返す。


「わかりました。傭兵ギルドについてのご説明はいりますでしょうか?」


「できれば。正直傭兵ギルドというのがなんなのかわかっていないので」


 クロウがそう返すと、女性職員は一瞬意外そうな表情を見せたが、そこはプロなのですぐに表情をとりつくろい、やはり丁重な物腰で説明を口にする。


「傭兵ギルドとは基本的に傭兵──花形のFOF乗りから歩兵やその他までいろいろな形で戦闘を生業にする方々を取りまとめ、依頼者との仲介を行う組織です。基本的に所属傭兵はギルドが受けたミッションを選んで、出撃する形を取りますね」


「なるほど」


 なんとなく前世でも見た異世界ファンタジーの冒険者ギルドみたいだなとクロウは思った。


「傭兵にはA~Fのランクがあり、ランクはこなしたミッションの回数や実績によって上がっていく仕組みです。またミッションにもランクが設定されており、傭兵は基本的に自分のランクと同じかそれ以下のランクのミッションを受ける形になりますね」


「ふむふむ。ちなみに、登録したての場合、ランクはどうなるんですか?」


 クロウの質問に女性職員がその笑みを濃くする。どうやらいい質問であったらしい。


「基本的には全員Fランクから始めていただきます。ですが、登録時に受けていただく試験の結果が良好であれば、より上のランクから始めることが可能ですよ」


「ほう、試験……? 具体的な内容をお聞きしてもよいですか?」


 試験だから詳しい内容は教えられない、と言われる可能性も考慮してそう丁寧な聞き方をするクロウにたいして、女性職員は気前よく返事を返してくれた。


「内容はシミュレーターを使った仮想空間での戦闘試験です。それで傭兵候補者の戦闘能力が一定の水準に達しているか否かを見ます。ちなみにですが登録希望先の兵科はなんでしょうか? FOF乗り、歩兵といろいろありますが」


「ああ、じゃあFOFで。俺FOFを所持しているんです。傭兵ギルドに登録しようと思ったのも、それを保管する場所とかを融通してくれるからって話を聞いたんで」


「なるほど。FOFパイロットの方だったのですか。わかりました。では、FOF乗りとしての試験を斡旋させていただきますね……試験は今すぐ受けられますか?」


「すぐに受けられるのなら、ぜひとも」


 即答するクロウ。


 それにたいし女性職員はニヤリとした笑みを浮かべる。


「では、試験を行いましょう──先に言っておきますが、かなり難しいですよ?」





     ◇◇◇






 試験はつつがなく終了した。


「うーん、こんなもんかな」


 試験内容は別に言うほど難しいものではなかった。


 内容としてはFOFシミュレーターを使って再現された仮想空間内でギルドが用意した傭兵ギルド推奨標準機体と言うFOFを操縦し、仮想空間に出てくる敵を片っ端からぶっ倒し続けるという、ただ、それだけである。


 最初は小型の無人戦闘マシンが出てきて、そこから攻撃マシンの数が増えて行き、途中からは敵が大量のガイストに変化。


 最後の方では三体の重装甲型までもが現れたが……まあクロウの敵ではない。


 乗りなれた機体じゃなかったことを含めてもクロウにとっては楽な戦いであった。


 特にダメージとかも受けず、総じて簡単な試験だった、というのがクロウの印象だ。


 しかし試験の監督官も担っていた女性職員は違う印象を受けたらしい。


「嘘……⁉ 試験結果オールS⁉ 最後の方なんてAランク昇格用の試験だったのよ⁉ それをこんな簡単に、それもAPRAにいっさい被弾せずクリアするなんて、何なのよこの子⁉」


 試験結果が表示された画面を見つめて愕然とした顔を浮かべる女性職員。


 そんな職員に気づいた様子はなくクロウは気楽な調子のまま女性職員へ話しかけた。


「あの、試験はこれで終わりですか?」


「あ、はいっ。試験はこれで終了です……その少々手続きがありますので、エントランスでお待ちいただけますでしょうか」


 言われて、クロウは一人傭兵ギルドのエントランスに戻った。


 そこにある椅子に腰かけて待つことしばし、女性職員が戻ってきてクロウの名を呼ぶ。


「クロウ様。こちらの端末にお持ちのPDを認証させてください」


 女性職員はそう告げて機械を差し出してきたので、その上へクロウはPDを置いた。


 ピッと音を立ててクロウのPDが機械と情報のやり取りを開始する。


 すると、クロウのPDに自動でアプリがインストールされ、そうして表示された画面にクロウの傭兵としてのプロフィールが記載されていた。





 傭兵ネーム:クロウ、登録番号PM‐621‐0523‐09


 所有FOF:XTM‐001WC〈アスター・ラーヴェ〉




 傭兵ランク:D





「……ん?」


 クロウはアプリに表示された内容を見て、そのおかしな表記に首をかしげる。


「あの……。アプリに表示された傭兵ランクがFじゃなくてDになっているんですけど……」


「ご安心ください、クロウ様。その表示は正常です」


 クロウを安心させるように微笑んで女性職員がそう請け負う。


 その上彼女は、クロウのランクがなぜDなのかの理由を説明しだした。


「先にも説明させていただいたことですが、試験で一定の実力を見せれば特例的に上のランクからスタートすることができるんです。クロウ様の操縦技術はそれこそ突出していますから、その特例が適応されました」


 と、そこまで説明して、途端申し訳なさそうな表情になる女性職員。


「……ただ、これ以上は規則上難しくなっております。本来ならクロウ様の実力はAランク、せめてBランクから始めてもおかしくないものなのですが、規則ですので、その点をご了承いただけるとありがたいです」


 申し訳ありません、と女性職員から頭を下げられ、逆にクロウの方が恐縮する羽目に。


「そんな、気にしてませんから。別に俺はこれでも構いませんよ」


「……そう言っていただけると幸いです。さて、それでFOFの保管をご希望でしたね。ギルド所有のハンガーにクロウ様が所持するFOFを保管できますが、いかがいたしますか?」


「あ。じゃあ、それでお願いいたします。ついでに補給も願えますか? シティに来るまでの過程でガイストと戦っていて、機体のAPRAが心もとないので」


 クロウの申し出に、女性職員は物分かりよい表情で頷く。


「承知いたしました。よろしければ、その戦闘データをいただけますでしょうか。倒したガイストの種類や数によっては、傭兵ギルドの方で賞金を出すことができます。FOFの補給や保管にかかわる費用などもそこから天引きする形をとるのがよろしいかと」


「じゃあそれで」


 言って、クロウはPDを操作して戦闘データを送信。


 それを受け取りながら女性職員は入ってきたときと同じように愛想のいい笑みを浮かべた。


「──クロウ様。傭兵の世界へようこそ。我々傭兵ギルドは、あなたが傭兵として大成することを期待しております」


 どうやら新たに傭兵となった人間にたいして贈る定型文的なものらしく。それを女性職員が口にした瞬間、周囲の職員や居合わせた傭兵たちがいっせいに拍手してくる。


 クロウは突然の祝福にびっくりして、反射的に頭を下げた後、そのままそそくさと傭兵ギルドの建物から退散することにした。


 ……なお、それから少し後。女性職員はクロウから送られた戦闘データを見て、絶叫することになるが、それはまた別の話である。










────────────────────

こういうお約束展開も、素敵だと思いませんか、ご友人。


【傭兵ギルド】

 都市連合、企業同盟、帝国のいずれにも属さず、それら三大勢力に傭兵を貸すことで力をつけてきた民間の自由組織。大崩壊以降、現行人類は多くの技術を失い、その結果、もはや複製も不可能になった大規模エーテルジェネレーターを中心に、人類はジェネレーターの生産力が許す範囲で生活することを余儀なくされた。これは転じて大規模な消費者である〝軍隊〟の運用を不可能とし、多くのシティでは常備軍を組織することが不可能な状態に。

 それに目をつけたのが傭兵達であり、彼らは各シティや各勢力を渡り歩き、金銭やエーテルの授受を対価として自らを戦力として貸すことで、不足する軍事力の代替手段となった。そんな傭兵と各勢力が効率的に繋がるため自然発生的に組織された互助会が傭兵ギルドの走りである。

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