EP.004 ハルカ・エーレンベルク


 目の前に広がる威容にクロウは、おお、と感服の声をあげた。


「すげえ──」


 巨大な壁があった。


 全長10mであるFOFをして見上げるほどに大きな鉄の市壁。それが、地平線の彼方、どこまでも遠くまで続いている。


 シティ〝カメロット〟。それが街の名前だ。


 そんなシティまでたどり着いて〝ホーネット〟率いるFOF部隊は、弛緩した空気を漂わせながら、各々気を抜く。


《──C‐3、C‐5。そこにC‐1を下ろせ。それとそこでのんびりしている奴ら! 突っ立てないでC‐1を救助するための工具を持ってこい!》


 大破し、フレームがひしゃげたFOF──AF‐102〈コブラ〉を地面に下ろさせ、部下に歪んで開閉ができなくなったコックピットをこじ開ける救助用工具を持ってくるよう命ずるF‐1〝ホーネット〟。


 慌てて、部下達の乗る機体が走っていき、そんな様子を見て〝ホーネット〟は、やれやれ、と左右に首を振った。


《ったく、これでようやく新兵どものお守りも終わりか》


「新兵?」


 通信機越しにそれを聞いてクロウが首をかしげる。


 そんなクロウに気づいて、ああ、と〝ホーネット〟が頷き、


《この部隊は新兵の訓練部隊でな。正規軍人は俺を含めて二人だけ。本来ならちょっとシティの周辺を回って、FOFの慣らしをするだけの簡単なお仕事……だったんだが、ガイスト集団にぶつかっちまって、面倒なことになった》


 なるほど、どうりであれだけの数FOFがいながらガイストの集団に後手へ回ったわけである。そんな納得をクロウがしている中〝ホーネット〟がクロウへこんな通信をよこす。


《それで、イェーガー》


「おいおい〝ホーネット〟。そのイェーガーってのはやめてくれよ。俺の名前はクロウ。猟兵イェーガーってのは、俺がいた場所でのFOF乗りの通称みたいなものだ」


《おっと、これは失礼した、クロウ。じゃあ、俺のことも〝ホーネット〟なんてTACネームじゃなくて、本名で呼んでくれ──ラスト・フレイル、それが俺の名前だ》


「OK、ラスト。で、話の腰を追って悪かったな。何を聞きたかったんだ?」


 そうして〝ホーネット〟──改め、ラストと自己紹介を交わしあったクロウは、話を戻すためそう問いかけると、ラストはおもむろにこんなことを言い出した。


《ああ。クロウ、これからどうするつもりだ?》


「……? どうするって、えっと……」


《シティに入った後の話だよ。見たところ、お前さん、正規の傭兵ってわけじゃないんだろ? だったら傭兵ギルドに登録しておくといい》


 ラストから告げられた言葉にクロウはコックピットの中で目をぱちくりとさせた。


「傭兵ギルド……ってのは、登録しておいた方がいいのか?」


《まあ、するかしないかで言ったら、した方がいいだろうな。お前さんみたいな自前でFOFを所持している奴は、シティじゃあ肩身が狭い。身分証を得る意味でも、FOFを保管する場所を確保する意味でも傭兵ギルドに登録するのをおすすめするぜ》


 ラストからの説明にようやく得心入った顔で頷くクロウ。


「そうなのか。忠告感謝する。わかった、じゃあその傭兵ギルド? とやらに登録することにするよ。えっと、場所は──」


《それについては、マップに送っておく。ほれ、ここだ》


 ピコンと音を立ててマップに新たな目的地が追加される。


 それと同時に、ラストの部下達が救助用の工具を持ってきた。


《──総隊長! 工具持ってきました!》


《わかった! いま行く! C‐4。お前は俺の補助に着け。C‐1、聞こえているか? これからコックピットをこじ開ける。衝撃に備えろ!》


 ギャリギャリと音を立てて開閉されるコックピット。


 そうして人が出れるだけの穴が開いたのを見て、ラストは一度工具を遠ざけさせると、他の部下に命じてコックピットの中を精査させる。


 コックピットに駆け寄る生身の部下達。中の人間の様子を見やる彼らは、幸いなことにパイロットが無事だったらしく、安堵の息を吐いて内部へ手を差し伸べる。


 そうして引っ張り上げられる形で外に出てきたのは、意外にも年若い少女だった。


 灰色の空の下、鮮やかに輝く銀色の髪。


 顔立ちは、非常に美しく、一瞬彫刻かなにかとクロウは錯覚したぐらいだ。


 FOF用のパイロットスーツに包まれた肢体は細く、しかし出るところは出ていて、女性としては理想的なプロポーションと言えるだろう。


 そんな少女の姿をクロウは機体のメインカメラ越しに眺める。


「……あの機体のパイロット。女の子だったのか」


 別にだからなんだというわけではないのだが、クロウは予想外にきれいな顔立ちをした少女が出てきて、ちょっとびっくりしたのだ。


 クロウがまじまじと機体のメインカメラを少女へ向ける中、その少女の方もふと顔を上げ、そうかと思ったらクロウの方へ──正確にはクロウの愛機〈アスター・ラーヴェ〉の方へと視線を向けてきた。


『──クロウさん!』


 機体の外部集音マイクが、そう叫ぶ少女の声を聴く。


 それに驚くクロウにたいして、少女は軽やかな動作で、大破した自機から飛び降りて、そのままクロウの乗る〈ラーヴェ〉へと駆け寄ってくる。


 タタタッと軽快な足音を立ててクロウへと近づいてきた少女は、そのまま〈ラーヴェ〉の前に立ち止まると、その蒼い瞳を〈ラーヴェ〉のメインカメラへ向けてきた。


『あ、あのっ。さきほどは助けてくださりありがとうございました!』


 どうやらクロウへ感謝を告げたいらしいと気づいて、クロウは少しだけ迷った後、外部スピーカーをオンにした。


「──別に大したことをしたつもりはないよ。そちらこそ怪我はないか? 重装甲型の突撃を受けたんだ。無傷と言うわけじゃないだろう」


 そう返答を返すクロウに、少女は返答が返ってくるとは思わなかったのか、大きく目を見開いた後、その顔に満面の笑みを浮かべた。


『あ、はい! おかげさまで! 私にけがはありません! それもこれもすべてあなたが私を助けてくれたおかげです!』


 勢いよく頭を下げる少女。


 その姿になぜかクロウの方が気まずくなって、クロウはそのまま機体のメインカメラを少女から逸らすと、こちらをジッと見やるラストへ視線を向けた。


《いいねえ、色男。お姫様を口説くなんてやるじゃないか》


「からかうなよ、ラスト。さて、そろそろ俺は行くよ。シティの入り口はどこかな?」


 ラストのからかいから逃げるようにそう告げるクロウに、ラストもククッと喉を鳴らしはしたが、それ以上なにも言わず、代わりにある方向へと指を差した。


《向こう側へ行けば、FOFでも通れる入り口がある。連絡はしているからすぐに入れるはずだ。機体をポートカーゴに預けたら、傭兵ギルドに向かえ。登録を済ませれば機体もすぐに保管場所へ運んでくれるはずだ》


「わかった。いろいろと助言をくれてありがとう。たすかったよ」


《それはこっちの台詞さ、イェーガー。お前のおかげで俺はC‐1や他の可愛い部下達を失わずに済んだ。俺達を助けてくれて、心から感謝する》


 そんな言葉を最後に、クロウはラストが示した方向へと機体を向かわせようとした。


 ただ、その直前に機体の足元にいた少女が大声で叫ぶ。


猟兵イェーガークロウさん! 私はハルカ! ハルカ・エーレンベルクと申します!」


〈ラーヴェ〉の足元で自分の名前を告げてきた少女に、クロウは機体の片腕を上げることで返答とし、そのままラストが教えてくれた入り口へ向かって走り出す。


 ──そしてクロウはシティへとたどり着いた。










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【シティ〝カメロット〟】

 大陸中央部にある都市連合所属のシティ。主に食料生産を主産業とする食料生産都市であり、生産した食料を他の連合加盟シティや企業同盟の傘下シティに輸出することで財力をなしてきた。比較的他勢力圏とも離れた内陸側にあることもあって、長年平和が続いており、軍事力もろくに保有していないシティであったが、近年はその平和主義路線を変革し、軍拡に走り出した。結果、それまでスポンサーとして支援していた傭兵団〈アイアンランス〉を接収して国軍化した上に、さらにはより攻撃的な性質を持った重砲装備型の四脚ドラグーンフレームFOFを配備した爆轟機士団まで創設。これによって周辺諸シティとの間に摩擦を作りつつも、食糧生産都市という性質によって一定の地位を保つ状態にある。

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