第10話 オークキング

「あれは……オークキングじゃ!」


 老人達のリーダーが叫ぶ。この作戦最大の障害、オークキングがその眼前に存在していた。会敵したら逃げろと言われていたのに戦っているスコザに皆が驚く。逃げられない場面なのだろうか、アレンが状況を確認する。


 オークキングの周りには大量のオーク、スコザが一人でオークキングの相手をしており、仲間の女達が大量のオークを前に必死に抵抗してる。


「このままじゃまずいわね、スコザの援護も期待できない。私達だけでなんとかしないと」

「でももう魔力が」

「私ももう無理です」


 限界だと、魔法使いと僧侶が言っている。前衛を担う女性も、もうオークの攻撃を捌ききれない。オークの剣が振るわれる。その攻撃を受け止めきれずに剣士の二人が吹き飛ばされる、もう抵抗する力も残っていない。オーク達は下卑た笑い笑いを浮かべ、下半身を膨張させながら女性たちに迫ってくる。四人は壁を背にして、この後起こるであろう自分たちの末路を想像する。


「くっ、皆!!」


 スコザが叫ぶが、自分もオークキングの相手で精一杯だ。むしろ勝てるのかさえ分からない。


「ウォーターランス!!」


 今にも女性たちに襲い掛かろうとしていたオークの集団にアレンの魔法がさく裂する。

予想外の攻撃を受けたオーク達が振り向く。その目の前にエミリが飛び出していた。


「何を、しているの、かな!」


 両手で握られてた剣を思いっきり振りかぶり、一番手前のオークを切りつける。オークの左肩から胴体を割いて、ずるりと上半身が崩れ落ちる。


「こっちだ!!こい!!」


 カーズの咆哮によっていくらかのオークがそちらへ向かっていく。しかしオークはあまりにも数が多い。スコザの援護にも行きたいのだが、その道を作ることが出来ない。とにかく数を減らさなければ、自身を狂戦士化させたエミリが近くの敵を無差別に攻撃していく。


「ワシらも負けていられんのぉ」


 老人達も戦闘に参加する。魔法使いが魔法を放ち、剣士がカーズに寄ったオークを攻撃していく。その動きは衰えたとはいえ、まだ輝きを放っていた。

 遠く離れたスコザにクリコが回復魔法を与える。距離があるので気休め程度にしかならないが、少しでも状況を良くしようと全員が必死に戦っていた。


 形勢は悪い。スコザのパーティの四人はもう戦闘には参加できない。コリンが回復させれば剣士の二人は戦えるかもしれないが、その余裕がない。老人達も長引く戦闘によって息があがっている。カーズはオークの猛攻に耐え続けているが、その体には少なくない傷が浮かんでいる。

 スコザの仲間の四人への攻撃は止んだが、その代わりエミリが標的になっている。狂戦士と化したエミリはオークをバターのように斬っていくが、装備をしたオークやその数に、相手の攻撃を受けてしまっている。


 混戦となっているため、アレンも大規模な魔法は撃てない。コリンを守りながら無詠唱の魔法を放つが、オークを倒すのに十発ほど要する。


 そんな中オークキングと戦っていたスコザの剣が折れる。折れた剣で必死に戦うスコザだったが、ついに耐えきれずに腹部に致命傷を負ってしまう。


「グハッ」


 オークキングに腹に剣を突き立てられ、内臓を傷つけられたスコザが血を吐いて倒れる。その上からオークキングの足が無慈悲に踏み下ろされる。グシャっという嫌な音と共にスコザが絶命する。

 最悪だ、アレンは撤退を視野に命令を出そうとしていた。これ以上の継戦は難しい。一か八か爆発魔法を使って退路を切り開くしかない。そう思ったところでカーズがオークキングに向かって走り出す。


「俺が受け持つ、周りのオーク達は頼んだ!!」

「待て!無理だ!!撤退しよう」


 アレンの叫びを無視してカーズがオークキングと対峙する。


「さぁこい!!!」


 カーズの強烈な咆哮に、戦っていた相手を失ったオークキングが、にやりと笑い剣を振り下ろす。その強烈な攻撃を自身の大楯をもって防ぎ、守勢へと回る。

 こうなってしまった以上もう退路はない。アレン達がカーズを見捨てて逃げるなど出来るはずなどないのだから。アレンは思考を切り替えまだいるオーク達の殲滅を急ぐ。カーズもエミリも体につく傷は増え続けている。このまま戦い続けていれば敗北は必須だ。


「相手を分断する魔法を放ちます。詠唱する間、防御をお願いします」


 無茶を言っているのは分かっているが、老人達に援護を要請する。老人達はオークに割いていた戦力を少し下げ、アレンを守るように守りに入る。


「私も、戦います」


 震えた足で前に立つクリコが細い杖をもってアレンの前に立つ。アレンの詠唱が始まる。

 それぞれが最善を尽くしてオーク達の猛攻に抗う。オークキングと他のオーク、それにエミリが相手にしている敵を三つに分断する魔法をアレンが放つ。


「ウィンドウォール!」


 かまいたちのような風で形成されたそれが、それぞれを分ける壁のように顕現する。永延と続いていたエミリへの攻撃が緩み、周囲のオークが数を減らす。分断されたオーク達はその壁に戸惑い、なかには壁に突入して大けがを負うオークもいた。


「今です!」


 アレンの号令のもと、戸惑い、数を減らしたオークへ老人達が攻撃をしかける。アレンも詠唱して魔法を放っていく。クリコの支援魔法が効いていて老人たちの足は軽い。


「ほっ、まだまだ現役でいけそうかの」

「馬鹿な事言ってる余裕があるのか?さっさと倒しにいくぞ」


 頼もしいその背中にアレンは尊敬の意を込めて援護する。補助魔法をかけ、老人たちのさらなる身体強化を施していく。

 散り散りなったオーク達が倒されていく。アレンは見えない壁の向こう側のエミリが心配だった。頼む、生きていてくれ。しばらくして風の魔法は止み、それぞれの状況が見えてくる。


 「エミリ!カーズ!!」


 まずエミリは無事だった。狂戦士化した彼女の殲滅力は凄まじく、数の暴力さえなくなれば、彼女に対応できるオークはいなかったようだ。今は壁に横たわる女性達を介抱いていた。

 カーズのほうはかなり危険だった。兜は割れ、頭から血を流し、飛ばされた剣を取ることも出来ず、ひたすらに盾を使い耐えている状態だった。


「…バリア!」


 盾を掻い潜って繰り出されるオークキングの拳の威力を、少しでも軽減しようと唱える。しかしそれは無慈悲にも割れ、カーズがこちらへと飛んできた。


 「カーズ!しっかりしろ!!カーズ!」


 完全に気絶したカーズ、クリコが回復魔法をかけるが起きる気配がない。老人達は四人の女性を連れて、来た道を戻り退避させている。残っているのはエミリ達四人だけだ。


「目を覚ませ!カーズ!!」


 アレンの呼びかけに応えないカーズ。この状態のカーズを背負って移動するにはエミリかアレンしかいない。そしてオークキングと直接戦えるのはエミリしかいない。アレンは苦渋の決断を迫られる。


「……行って!カーズを運べるのはアレンしかいない!!大丈夫、ボクは負けないし、アレンもすぐ戻ってきてくれるでしょ!」


 強がりだ。それしかないと三人とも分かっている。しかしその決断をアレンは下せないでいる。


 パチン


 コリンがアレンの頬を叩く。


「今動けるのは私達だけでしょう!このままここに留まっていても邪魔になるだけ、カーズさんも途中で目を覚ますかもしれないし、軍の人が助けにくるかもしれない。何も見捨てろと言っているわけじゃないわ。それにアレン、あなたが必ず助けにいくでしょう?」

「……すまない。エミリ、少しの間でいい!耐えるだけでいいんだ、そしたらまた合流して撤退だ。分かったな!」


 そう叫んでアレンとコリンはその場を離れる。その後ろではエミリとオークキングの剣がぶつかり合う音が聞こえていた。


「まだ目を覚まさないのか!?」


 コリンが回復魔法を掛けながらアレンと共に走る。


「頭もそうですが、全身の傷がひどい。あちこちが骨折しているようです。これでは目を覚ましても自力で歩けるかどうか……」

「クソっ、早くしないとエミリが…」

「……おいおい、何勝手に諦めてるんだよ」

「カーズ!」


 アレンの背で目を覚ましたカーズがその場で止まるよう二人に言う。


「俺は大丈夫だ。さすがに戦闘は厳しいかもしれないが、歩くことくらい出来るさ」


 そういうカーズの足元はふらついていた。アレンはそれを見てクリコに伝える。


「クリコ、カーズを支えてやってくれ。ここまでくれば安全だし、なによりじいさんたちが退避しているはずだ。そのあと軍の人達に連絡、オークキングの対処に回ってもらえ」

「はい。アレンさん……気を付けて」

「ああ、任せろ」


 コリン達を置いてアレンが来た道を引き返す。エミリの無事を祈りながら。

 その道がすごく長く感じた。焦る気持ちとは裏腹にエミリの元に着くのは遅い。そしてついにオークキングがいた部屋にたどり着こうとしたとき、目の前の光景に愕然とした。


「何だ…これ」


 部屋へとつながる道が落盤して崩れ、完全に塞がれていた。

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