第3話 運命の日

 カンカンと襲撃を知らせる鐘がなる。エミリ達の住む町に緊急事態が起きたことを住民達は知る。


「魔物だ!!魔物が来たぞ!!!」


 狩りに出ていた猟師の男が息を切らせながら状況を説明する。この規模の町で、魔物が出るのは特に珍しいことではない。一か月に一体、はぐれた魔物がその辺をうろついていることはある。

 そういったときは衛兵が退治してくれるし、狩りに出ている人たちも魔物を見つけたら攻撃をせず、報告だけをして逃げている。

 しかし今回はどうやら一体だけではないようだ。


「あれは魔族だ……見たことはないが明らかにやばい雰囲気をしたやつだった」


 ガクガクと震えながら話す猟師に、周りの人は息を呑んだ。

 魔族、魔物を従えるのが魔王とすれば、魔王に従うのが魔族という存在だ。

 その知能は人間と遜色なく、姿形も人のそれに近い。額に生える角が人間との決定的な違いだ。


 危険を知らせる鐘は鳴りやまない。住民たちは家の中に入り、きっと大丈夫よと根拠のない希望を胸に、嵐が過ぎ去るのを待っている。



「状況は!」


 町の衛兵長が偵察に出ていた衛兵に報告を求める。


「大量の魔物がこちらに向かって進行中、数およそ五百。魔族と思われる人型を確認。一本角です。」

「五百!?兵の数が足りない、防壁もあるがいつまでもつか……しかも魔族だと。急いで王都に救援を要請するんだ」


 衛兵長の命令に今来たばかりの衛兵が馬に乗って南門から出ていく。

 王都までは早馬で1日近くかかる。討伐の編成を組んでも三日はかかるだろう。この町の守りでそこまでもつのか、ただの魔物の群れなら可能だったかもしれない。しかし今回は魔族が率いているという。


「クソっ、住民の避難も間に合わん、籠城するしかないのか」


 町の周りには石壁による城壁が築かれてはいるが、衛兵の数が圧倒的に足りない。今はまだ距離があるが北から向かってくる魔物が町全体を包囲するのは時間の問題だろう。


「戦えるものは全員かりだせ、猟師や男、女の手でも構わん。城壁の上から弓をいるだけでもいい、補給にも数が足りない。何としても三日持たせるぞ」


 衛兵長の言葉に、集まった衛兵達が返事をする。すぐに住民たちに町に今起きている事態の説明と徴兵が始まった。

 無理強いは出来ないが、多くの男でが集まった。私も、という女性たちも裏方として手伝いに参加する。町の人口の三割ほどの住民を徴兵し、衛兵長が各自配置につかせる。


「魔物の大群を目視で確認。数は不明、北門に向けて一直線に向かってきています」


 魔物の襲来を察知してから北門には多少の罠を設置したが、焼け石に水だろう。城壁の周りに塹壕はなく、張り付かれれば迎撃するのも一苦労だ。幸い魔物に梯子を登ってくるような知性や、そういった装備が見当たらないのが救いだ。


「充分引き付けてから攻撃を、遠距離攻撃部隊頼んだぞ」


 城壁の上には衛兵たちと猟師、そして魔法使い達が並んでいる。

 とにかく敵の数を減らしたい。突っ込んでくる魔物の最前列を潰すことで、後列から走ってくる魔物に轢き殺させようという作戦だ。


「攻撃部隊放てー!」


 衛兵の合図とともに大量の弓と様々な魔法が飛んでいく。その中でもひときわ大きな爆発が起きた。アレンの放った巨大な炎の魔法だ。長い詠唱を必要とするがその威力は絶大で、およそ100ともいる魔物たちが消し飛んだように見えた。


「魔物の群れの突撃緩みました。ただ両手に分かれて散開、各門に攻撃をしかけるようです」


 相手にとっても予想外の攻撃だったのか、一度勢いを止めた魔物達。しかしそれを叱咤するかのように魔族が覇気を放つと、再度勢いを取り戻し門へと突撃を開始した。


「各門に衛兵を分散させろ!矢や食料の補給を怠るな、一体たりとも町にいれさせるな!戦えない住民達の為にも!」

「うおおおおおおお」


 衛兵長の叫びと共に衛兵たちが雄たけびをあげる。


 この日は夜遅くまで続いた魔物の襲撃に耐える時間が続いた。魔族は北門から攻撃できる射程外に鎮座し、その戦況を見守っている。このままなら何とかなる、衛兵長は希望を見出していた。


 しかし次の日、その思いは打ち砕かれる。

 今まで参加していなかった飛行型の魔物が参戦してきたのだ。城壁の衛兵たちは負傷し、参加していた住民たちも疲労が隠せなくなってきた。甘かった、衛兵長がそう思うにはもう遅く、ついに東門の一部が破られてしまった。


 魔物の一部が町の中に入りだす。住民たちは家の中で縮こまっている。

 家の扉が魔物によって壊される、子供を抱えた母親は死を覚悟する。せめて子供だけは、とぎゅっと抱きかかえるように身を屈める。

 しかし、いくら待っても魔物が襲ってくることはなかった。恐る恐る顔を上げると、一人の女の子が剣を持ち、魔物を倒していた。


「大丈夫ですか!」


 エミリが声を掛ける。


「今教会に皆避難しています。魔物が町の中に入ってしまったので家の中でも安全ではありません。危険ですが急いで教会に向かってください」


 町に入られた以上、各自住居で待機するよりも一つにまとまってもらった方が安全になる。数少ない衛兵を町の巡回に回し避難を誘導している。

 エミリは崩れてしまった東門に向かい、魔物達との戦闘に参加していく。


 一方北門はいまだに破られずにいた。魔族が放つ魔法をアレンが相殺しているからだ。アレンの献身的な協力もあり、北門に割く衛兵の数を減らせているのだ。


「クソっ、なんて魔力量だ。底が見えない」


 衛兵たちに守られながら、アレンは詠唱を開始する。


「魔力の根源から発せられる炎の素養よ、その力を我の為に顕現せよ。深く望むその力……」


 アレンの詠唱中に魔族から魔力の塊が放たれる。アレンは詠唱を省略し、威力を落とした魔法で迎撃する。相手の魔力の放出の間隔がこちらの詠唱より短い。充分な威力の攻撃を繰り出せぬまま、一進一退の攻防は続いていく。


 アレンとエミリの奮闘により、二日目の夜を迎えることが出来た。

 夜間になると敵の攻撃は止み、こちらも休憩が出来る。もちろん夜襲を警戒するのも怠らないが、最前線に立っている衛兵達は数少ない時間を体力の回復に充てる。


「エミリ、大丈夫か?」

「ボクはまだまだ戦えるよ、アレンこそ魔力足りそう?」

「あと一日だ、そうすれば王都から応援が来る。それまでなら何とか持つだろう」


 あと一日、なんとか耐えてきた。もう少しだ。そうすれば助かる。

 夜襲に怯えつつも二人は休息を取った。



 翌朝、破れた東門に申し訳程度の修復を整えて、魔物の襲撃に対応する。

 魔物の数は戦闘に参加しているものと同数程度に減っている。なんとか耐えきれる。


 はずだった。


「そんな……」


 衛兵長に絶望的な情報が入ってくる。

 再び北の方角から魔物の大群が接近しているとのこと。数は最初の量に比べて少ないが、こちらには少なくない被害が出ており、これ以上の増援は致命的に苦しくなる。


「大丈夫です、俺の魔法で吹き飛ばして見せます」

「アレン君」

「ボクも東門の守りは任せてください。住民の避難は済んでいますし、町中での戦いならこちらに分があります」

「エミリ君まで……すまない。本当ならこんなことの責任を君たちに負わせたくないのだが」


 衛兵長が苦虫を潰したような顔で懇願する。


「町の為にどうかよろしく頼む」

「「もちろん」」


 二人は駆け出していく。前途ある若者を死地に追いやるのだ。今日のいつになるかは分からないが騎士団からの増援は来る、来てくれなければ町は滅ぶ。もはや指揮系統は機能もしていない。衛兵長は最後の命令を下す。


「私も前線に出る。これが最後の戦いになる、王都からの増援が来るまで何としても耐えるのだ」


 衛兵たちが自分たちを鼓舞するように叫ぶ。この中で何人が生きていられるだろうか、全滅もあり得るのだ。最後の一兵になるまで抵抗してやる。弓を持った衛兵長が北門へと向かっていった。


 北門に魔物の群れが集まってくる。その数は分からない。しかしこのまま突撃され北門までも破壊されればもうすべてを止めることは出来ない。幸い西門と南門は魔物の殲滅が終了しており、予備兵を残して残りの戦力を北門と東門に集めることが出来ている。


 アレンの長い詠唱が始まる。


「フェニックスの加護よ、今一度我のもとに降臨せよ、目の前の敵を殲滅せんとするため……」

 アレンの攻撃を脅威と分かっている魔族が攻撃を仕掛けてくる。魔族がこちらの射程内に入ってくると他の衛兵が弓や魔法を放ち、魔族の攻撃の遅延を行う。


「今ここに顕現せよ!ファイアートルネード!!」


 アレンの完全詠唱が完了し、魔物の群れが殲滅される。

 やったぞ、と空気が緩んだ。そこに北門に向かって魔族の魔力砲が放たれる。

 今まで魔族が放つ魔力を相殺していたアレンは、詠唱を終えたばかりで迎撃が出来ない。魔族の攻撃は北門を破壊し、数少ない魔物と共に町へと進入してくる。


「クソっ、動けるものはすべて町へ降りろ!もう魔物はいない、あいつらを倒せばこちらの勝ちだ!」


 衛兵長が叫ぶ。残った衛兵たちが魔物達と戦闘を開始する。

 しかし、そこにいる魔族が無慈悲に衛兵たちの命を刈り取っていく。


 アレンも少し遅れて城壁から降りる、そこには先ほどまで自分を守ってくれていた衛兵が事切れた姿。その光景を見てアレンは吐いた。目の前の現実が受け入れられず、その凄惨さに胃がひっくり返るようだった。


「お前か、随分と手間をかけさせてくれたな」


 一つ角の魔族とアレンが対面する。これでも魔族としては最下級となる。角の数は魔族の強さを表している。その強さは一般的な衛兵が一対一では太刀打ちなど出来ない。


「随分な魔法を放つようだが、近接戦闘はどうかな?」


 一つ角の魔族が急速に接近してくる。アレンは腰にある剣を抜き、無詠唱で風の魔法を放つ。その攻撃を魔族は軽くいなして、その爪をもってアレンを斬りつける。すんでのところで剣を出し、直撃をまぬがれたアレンだが、そのあまりの衝撃に城壁に叩きつけられる。


「カハッ」

「ほう、これを防ぐか、身体強化魔法だけではないな、よく鍛えられているではないか」


 アレンが一撃を耐えたとはいえ、その力の差は歴然だ。

 よろよろと立ち上がるアレンの意識はもうろうとしていた。


「なかなかの強者だったよ、お前は。ではさらばだ」


 最後まで諦めてたまるか!アレンは無詠唱で火と水の魔法を放ち、煙幕のように霧を発生させ抗う。


「無駄だ!」


 魔族の腕のひと振りで霧はかき消される、それでもアレンは剣を構える。こんなところで死ねない。

 必死に最後まで抵抗するアレンの元に聞きなれた声が聞こえてくる。


「アレンから離れろお!!!」


 エミリが魔族の後ろから剣を振り上げて攻撃する。叫んだせいか、不意打ちとはいかなかったが、アレンへの攻撃を中止させる事に成功した。

 アレンを背にエミリが問いかける。


「アレン!生きてる!?」

「エミリ、なんとか、生きてる、よ」


 ボロボロになったアレンを見て、エミリが怒りを爆発させる。


「お前が!絶対に許さない!!」

「なんだお前は、そうか東門が破れたのに中々侵攻が進まなかったのはお前のせいか」

「東門はすべて片付けた!後はお前だけだ!!」

「ならお前たちを殺せばもう障害はないな」


 魔族のプレッシャーが強くなる


「エミリ、逃げるんだ。敵う相手じゃ、ない」

「アレンを置いて逃げるなんて出来ない。それに町の人たちもいる!」


 そうだな、お前はそういうやつだったな。


「時間を、稼いでくれ、最大級の魔法をぶつける」

「分かった、でも、倒しちゃってもいいよね」

「はは、頼んだよ」


 壁に背中を預けながら、アレンが詠唱を開始する。完全詠唱の魔法を相殺されなければ、魔族にだって通用する。否、通用しなければ僕達は死ぬのだ。


「そんな詠唱させるとでも」


 魔族がアレンに向かっていく。その間にエミリが入り攻撃を防ぐ。


「させない!」


 アレンの詠唱は続いていく。魔族はエミリとの戦闘に苦戦している。


「たかが人間の分際で、俺と張り合うだと……勇者でもないただの村人風情がぁ!」


 怒りに任せた攻撃からアレンを守るように、必死にエミリが抵抗する。時にはよけ、時には剣で撃ち合い、二人の戦闘は続いていく。魔族が押しているのかエミリが耐えれているのか、傍目には分からない。


「そろそろまずいな、一旦引かせてもらおう」

「させるかぁ!!」


 アレンの詠唱の完成を察知した魔族が距離を取ろうと後ろへ下がる。それを好機と捉えたエミリが前に出る。


「しつこいな!邪魔なんだよ」


 前のめりになったエミリに魔族の攻撃が当たる。しかしもう遅い、アレンの完全詠唱は完成した。


「雷鳴よここに轟け、ブレイクサンダー!!」


 ゴロゴロと魔族の上に雲が出現したかと思うと、そこから一瞬の出来事だった。雷が魔族に直撃して魔族が黒焦げになり、その場に倒れた。


 しかしまだ息はある。


「エミリ、とどめだ」

「くッ、うん、分かってる」


 エミリは攻撃を受けて倒れている状態から力を振り絞り、剣を上にかかげる。


「終わりだ!」


 魔族の心臓に向けて剣を突き刺す。まだ呼吸をしていた魔族の息が完全に止まる。


「勝ったの…かな?ボク達」

「あぁ、僕達の勝ちだ」


 へたり込んだ二人のもとに、東門を守ってきた衛兵たちが駆けつけてくる。


「魔族が倒されてる!」

「エミリ、アレン!生きているのか!」

「英雄だ!」


 衛兵長が安否を心配してくれる。

 衛兵達は町を守りきれたことに歓声をあげている。

 そこに王都から派遣されてきた騎士団の兵士達が到着する。


「私は王都第三騎士団、騎士団長ルールである、被害状況の説明を」


 騎士団長に対して衛兵長が被害の状況を説明する。

 東門が破られ町の中に魔物が進入してしまったこと。

 北門が破られ魔族に侵入されたこと。

 その魔族をそこにいる二人の尽力によって被害が最小限に留められたこと。

 被害のすべてを騎士団長に伝えると、息も絶え絶えな二人に騎士団長が近づいて言葉を掛ける。


「のちに王から命が下るだろう。二人は休養を終えたら王都へ参上するように」


 エミリとアレン、共に17歳になったばかりだった。

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