第8話 出現した悪夢
「柊 蒼斗――――彼とのギア契約は認められない」
影人討伐組織『
茜はその言葉を聞いても棒付き飴を舐めるばかりで無表情を貫く。
彼女は甘い物が好物なのだ。
「どうして? 私が誰とギアを組もうと勝手でしょ?」
その自由奔放な態度を受け、オペレータの女性・
「コードネーム[K]……あなた、自分が何をしたか分かってるの? 私達に無断で自らの素性・立場・本名を、異能士階級も持たない一般男子に公開するだけでなく、その人を討伐現場に連行…………あなたが『特級』じゃなかったら確実に謹慎処分、もしくは解約も有り得た重大違反」
「ふーん……それって脅し?」
「事実を言ってるだけよ」
今まで黙っていた男性の方も口を開く。
「お前は自由気ままに動き過ぎだ。少し自重しろ。お前の自己中が許されているのはお前が国内でも数名しかいない“特級異能士”だからだ。それも国家機密のな」
「そういうことよ。とにかく柊 蒼斗……彼とのギア契約は認めない」
二人から言われてもなお、茜は揺るがない赤い眼差しで、
「私と組めるのは彼だけ。どうしてそんなことも分からないの?」
そう言って壁にもたれた。
ピンクの棒付き飴を数秒眺めたあと再び口に含み、
「最初は私も彼がどんな人なのか、どんな色なのか見に行くだけのつもりだった。けど、彼を見た瞬間に確信したの。彼は私と同類。私を必要と言ってくれたし、私も彼が必要」
「何を言っても許可は下りないわよ。上の判断を変えられるほどの権限は、私達にはない」
「ふーん、じゃあ上の人に掛け合ってよ……私と彼がギアを組めるように」
溜息を吐く綾乃。
「無理だって言ってるでしょ。ここは他の公式討伐組織とは違うの。普通の人間があなたのギアになる未来は訪れないし、あなたの我儘と独断、偏見だけで勝手にギアを決定されるのも困る」
「あっそ……」
茜は棒付き飴を舌で転がし、面白くないとそっぽを向く。
「あなたの力を最大限発揮できるギアを、根拠のある数値で選ばなければいけない。AIによる相性診断で最適な人間が選別されるまで待ちなさい」
それで選ばれた人間は既に五人ほどいた。しかし茜はことごとく相手を否定し、果てには拒絶した。
それなのにある日、いきなり柊 蒼斗とギアを組みたいと言い出しオペレータたちは内心驚いていた。
「私、蒼斗以外の人とは組まないよ」
茜はぶっきらぼうに言いながら指令室を去った。
「強情なんだから……」
と、綾乃はさらに深い溜息を吐いた。
◇
オレはつまらない学校を終え、やがて帰路についた。最近多発している原因不明の影人発生の影響か、この時間に下校する生徒が増えた。
そして、その下校中にそれは起こった――。
大きなブザーが一回。その後、
《隣町××にて一級クラスの「異能持ち影人」――出現》
《外出中の方は速やかに帰宅し、自宅にて簡易結界を展開するようご協力お願いします》
街の各所にあるスピーカーでそう放送された。
簡易結界とは一般家庭でも扱える結界展開装置のこと。これを考えた発明家は今頃大富豪だろうな、と想像できるほど一般家庭に普及している物だ。
「おい! なんかあっちの方で煙出てるぞ!」
「なんだあれ!!」
などと、通りすがりの一般人は慌てているわけだが、
「家に帰るか……」
オレの方は一切気にしない。時間の無駄無駄。
さすがにあれだけ大きく爆発していれば異能士の一人や二人も駆けつけるだろう。
いくら優秀な異能士が「消滅地域」に派遣されている最中とは言え、全員ではない。
街を守ってくれる正義のヒーローはいくらでもいるのだ。
と……オレは今残酷なことをしている自覚がある。
人が死ぬと分かっていて、それを見過ごしているからだ。
「にしても最近多いな、このパターン……」
結論から言ってしまうと影人が自然で発生することはあり得ない。天地がひっくり返ってもあり得ない。ヤツらはそういう生命体ではない。
何者かが作為的にこうやって街に影人を出現させている……これは確実。だがその意図が不明。一体何を企んでいるのか。一体誰がこんなことをしているのか。
そんなことを考えながら帰宅する気満々でいると、
「おい
偶然にもオレの目の前にいたモテ男Aがモテ男Bに話しかける。「早く行こうぜ」という顔で。
しかしモテ男Bはゆっくり首を振った。
「は? どうしてだよ!? この年齢にして影人をぶっ潰せば、討伐組織とかにスカウトされること間違いなしだ! ……だろ??」
「さすがに先着の異能士が討伐を開始してるさ。俺たちが行く理由はない」
と、知的雰囲気でモテ男Bが言う。
更に隣に居た一条 冷華も、
「そうね、
委員長・モテ男Bは
「なんだよ、つまんねーな。……じゃあいい! 俺が一人で行って一人で終わらせてくるぜ!」
モテ男Aは足早に爆発が起きた現場へ向かった。
おお、意外に足速いなモテ男A。
「え、本気?」
「おい! 待つんだ
一条と名波はモテ男Aを慌てて追いかける。
そしてオレはその様子を傍から見ながら思わず心の声を漏らした。
「アホか? 『異能持ち影人』って放送あっただろ。しかもあの爆発規模、一級以上の影人だぞ……?」
あそこに向かった警備異能士のほとんどは二級程度だろうと予測される。所謂能力レベル「6」の者達だ。
しかし異能持ち影人は一級か特級のレベチ。
能力レベルなんていう陳腐な標準では測れないが、強いて言うならレベル「7」以上ってとこか。
そもそも人間の能力レベルは本来上限「7」までしかない。人間の脳が許す異能演算能力ではそれが限界なのだ。
しかし影人は別。上には上がある。過去最高では「13」なんてのもいたらしい。
色々言ったがつまり……大勢の異能士が死ぬ。きっと既に何人か死んでいる。
そんな現場に、異能もろくに扱えない、少なくともまだ発展途上レベルの学生なんかが向かえば確実に足手まといになる。
オレは家の方を向いていたが立ち止まり、
「はぁ……」
あーもう、面倒くせぇ。
仕方なくオレも、煙が立つその現場へ走り出した。
「周りの人間が死ぬのは後味悪いんだよ……」
◇
「私が判断を誤った……。風間なんて放っておけばよかったのよ……。それなのにどうして……」
一条 冷華は息を切らし、倒壊した建物の近く、道路の瓦礫の陰に隠れながら小声を放つ。
隣で同じく息を切らしたモテ男Bこと名波 颯も、
「だから俺も止めろって言ったんだ! クソッ! このままだとほんとに死ぬぞ!」
いつもは優等生を纏う彼でも、この絶望的状況ではそのペルソナを崩した。
いつも冷静なフリをしている人物こそ、こういう状況下でその本質が現れる。
「だって……そんなこと言ったって!」
「うるさい! 冷華は黙ってろ……! 今逃げる作戦を考えてる!」
そう会話を繰り広げる瓦礫の奥、全体的に陥没した道路上で、両手がカッターのようになっている黒い人型―――「異能持ち影人」通称「
「待ってくれ! 俺には家族がいるん―――」
瞬間、異能士の頸動脈から噴水のように上がる血液。直後、その人の首が道路に落下する。
それをチラ見した颯はすぐさま隠れる。
「ダメだ! あんなベテランの異能士達でさえやられてる! お前、レベル『7』だろ? どうにかしろよ!」
冷華は少し考え、
「……分かった。やれるだけやるわよ……」
そうしてその影人に立ち向うことを決意。
―――しかし彼女は知らなかった。
―――能力レベルとはあくまで異能の規模や展開速度を表した、ただの数値であることを。
―――――――――――
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
面白い! 続きが気になる! という方がいれば☆☆☆やブクマをしていただけると恐悦至極。執筆がとても捗ります。
作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします!
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