第9話 悪夢に対抗するは――、
この現場は一口に言えば、悪夢が悪夢を作るという悪夢。
「―――――」
口裂け女に酷似した容姿の「裂」という女性型の影人は何が可笑しいのかゲラゲラと笑い続ける。その切り刻まれた無数の死体の上で。
漆黒の肌、ギラリと光る赤い瞳に、大きな口から尖った歯を見せる。
その口角はまるで頬まで裂けていそうだ……。
「ン? 俺は…………ゲホッ!!」
気絶から覚醒したモテ男Aはゆっくり体を起こすと、取りあえず何が起こったと正面を見る。そうして見つけた氷山……ではなく『氷霜』という異能の氷結晶。
氷山と見間違うほどの大規模展開。
さらにその奥に倒れていた血だらけの女子生徒……一条 冷華である。
彼女は血だらけでありながらも、まだ息があった。
だからなのか、「裂」は一歩また一歩と冷華に近づき、今にも息の根を止めようとする―――。
そのカッターの腕を振り回しながら。
一方モテ男Aは、
「よし……氷の死角を使えばこの場から離脱できる……!」
(あんなバケモノ倒せるはずねぇ!!)
「ははっ……でも、俺ついてるな!」
(あんまり記憶ねーが、ちょうど冷華が居てくれてよかったぜ!)
(囮だ囮! でかした冷華!)
ちなみに言うが既にここに居ないモテ男B……彼は持ち前のゲスっぷりを披露し、冷華を囮にしながらも全力で逃走してみせた。だから既にここには居ないのだ。
「クッ、クッ――――」
何が楽しいか「裂」はケラケラ笑いながら、雪華を腕の鋭い刃にかけようとする―――。
この時、尻目にその様子を見ていたモテ男Aは思った。
(冷華……お前いつもいつも中立の立場取って高みの見物決め込みやがって!!)
「いい気味だぜ!!」
少しも自分の非を認めず、しまいには彼を命懸けで助けようとしてくれた冷華を誹謗する始末。
モテ男Aが前を向き、再び全力疾走するそのさ中、彼の横目に蒼い閃光が映る。
それは、冷華の方へと向かう、まるで弾丸であった。
それは、モテ男Aに声だけを残して消えた。
「――――何もいい気味じゃねえよ」
と。
◇
オレは素早く冷華と口裂け女(と呼称する影人)の間を横切ると同時に、手刀で口裂け女の体を空間ごと切り裂く斬撃を入れるが、
「ん、お前結構速いのな」
それをかわし、一気に後退する口裂け女。
オレはすぐさま横たわる冷華に歩み寄り、『虚数術式』のマナを彼女に流し込むことで致命傷を治療する。
一瞬で身体と衣服の損傷を再生……これが『虚数術式』の効果の一つ。扱える人間は地球上に十人といない稀有な才能で、一般人のIQ200みたいな概念に該当するものだが。
オレが今、具体的に何をしたか簡単に説明すると情報次元に虚数単位
ただの再生能力だ。もちろん自他共に使用できる。
ちなみにこの『虚数術式』とは固有術式の名称ではなくあくまで技術群、発動形式の名称。
オレが異能『境界』として脳ミソに刻んでいる演算「境界術式」などとは別物。
オレは屈伸したり手首を回して準備運動を始める。
「よお、口裂け女。聞けた義理じゃないが……お前、何人殺した?」
可能なら戦いたくはなかったのだが、この頃のオレは相当運が悪い。
こんな短期間で影人に二度も相対し、殺り合う羽目になった。三度目が絶対にないとは言い切れないわけで。
まあ、一級程度なら―――、
という思考のさ中、オレは理性による判断ではなく本能による反射で上体を捻じらせ、直後バク転を三回。
その刹那、不可視の刃が目の前の空気を両断しながら通り過ぎた。
「っぶね」
マジであぶね。ぎりぎりだった。気づくのが少しでも遅れていたら確実に積まれる死体が一つ増えていた。
背後にあった建物を両断できたところに見るに、空気カッターって感じか。
複数の瓦礫と展開される氷の山の向こう。そこでヤツはカッターを見せびらかしながら佇んでいた。
体は漆黒に覆われ、その腕は剣のように鋭い。そして瞳が―――赤い。
影人は例外なく黒肌、赤目。
「お前ら自覚したことはあるか? 自分たちがどれだけの人を殺してるのか、とか」
「…………」
当然返答はない。
「影人が世界に現れてから出た死人は何もお前らが直接殺した者だけじゃない。お前らが赤い瞳という理由で……たったそれだけで差別を受け、迫害を受け死んだ人間が沢山いる……」
その迫害を受けた異能一族の人間は、世界から非道な虐殺を受け今や世界に二人しか生存していないという有様。
紅い瞳を持って生きるだけで白い目で見られ、虐げられ、挙句の果てに殺された。
いや。何を熱くなってるんだオレは。
茜と白愛のことになるとどうも……。
やめだ、やめ。
今はコイツを殺すことだけに集中しよう。
……そういやいたな。影人が現れだして間もない時期、未だ絶対的な異能を持った者は出現しておらず……。そんな状況で異能士達を蹂躙したっていう、腕がカッター型の特級影人が。
おそらく影人にはこういったタイプが存在する。
コイツの場合は……確か「
あの時代、対抗できる異能士や討伐組織が少なかったこともあり、事態が収まったのはそれから一年も経ってからだった。100名ほどの一級異能士が参戦しようやく倒すことが出来たとのこと。しかし「裂」型が倒されても周りの人間は素直に喜べなかった。
犠牲があまりに多すぎたからだろう。
死者数総計――八百六十二万五千六十三人。
死体は例外なく切り刻まれており、まるで血の池地獄だったと生還者は語っている。
この事件を契機とし、人類は異能士育成を正式に取り入れ始め今となっては単体で一級を倒すことも出来る猛者も現れだしたが、今もなお脅威であることには変わりない。
しかし残念なことに今この場で特級影人とやり合える程のレベル数値を持った者はいない。
異能力レベル「-1」という異常者を除いて―――。
術式発動―――、
「『青』」
――――――――――
※『虚数術式』は術式の発動形式、その技術名称。『境界術式』などその人が固有に持つ異能の術式とは別。
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