第10話 不穏の気配

 おかゆを一口食べただけなのにスーと寝てしまった。おかゆはそのまま置いておくことにした。


 自分は河出を気になっていることにまだ頭が追いつかない。昨日、無理やりされたのに嫌なはずなのに、初めてのキスで本能はあの先の快感を求めている。


 だからこそ自らの欲望に罪悪感が残った。あんなに弱っている河出を前にしてでも体は反応した。部屋に帰るとそれは濡れていた。


 欲望はあれど、予備校は毎日やってくる。友達は作る主義では無い。出来なくても構わないので、昼食は外の店で食べる。


「なぁ、河出。俺と付き合おうよ」


「めんどい、こっちくんな」


「一週間前はあんなに迫って来たのに我慢しろってキツイぜ。ちゃんと責任取ってくれよ」

 席の斜め奥、確かに河出だった。また違う飲み会で人の性癖せいへきを狂わせたか。


「今の僕、好きな人がいるから、お前に興味ない」

 立ち上がった河出の腕をサラリーマン風の男が掴んだ。


「一回でいいから直接な」


「お前はもういらない」

 そうか、酔った勢いであんなことになっただけで俺も過去のどうでもいい男なのかもしれない。好きな人がいるのか、あんなに顔の造形が整っていると選択肢は多いだろう。


 いらない男だ。

 期待にあそこと胸をふくらませた俺が勘違いしていたんだな。

 

 昼休み終わりの講義は河出の事で頭がいっぱいだった。酔っていたから、弱っていたから、冷静な河出は俺のことをどうでもいいと思っているのだ。ショックだな、分かっているけどでもあの快感が忘れられない。


「俺はサルかよ」


 帰りにコロッケを買った。買ってから何かを期待している自分にがっかりした。あんなシーンを見せられても俺は河出をどうにかしたいのだ。


 電車に乗っても、部屋まで帰っても、コロッケをどう渡すかを考えていた。そうだ洗い物を回収しに行こう。


 呼びりんを鳴らした。出ない、部屋は明るいが中から何かが落ちる音がした。鍵は開いている。

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