第9話 弱ると素直になる性分らしい

 隣の部屋を叩くとやや青白い河出が出てきた。

「何?」


「河出さん、飲みませんか?」


「僕、もしかして君に何かした? したなら申し訳ないけど、覚えていないからノーカンでお願い。二日酔いで頭回らないの」


「俺が飯作るんで座っていてください」

 俺は自分の部屋に駆け込んで食器洗い用の洗剤と味噌みそとうどんを持って河出の部屋に入った。


 まずはたこ焼き器やフライパンを洗い、合わせて持って来た古布で拭いた。


 コンロ周りはきれいになった。もともと自炊をしないたちなのだろう。冷蔵庫の中には賞味期限切れの納豆とキムチしかなかった。

 

 ますます気合が入ったが、あの衰弱すいじゃくぶりでは味噌汁はのどを通らないかもしれない。どろどろのおかゆに変更した。買ったまま放置してある炊飯器に自分の部屋から持って来た米を炊く。


「なんでいくふべ君は僕に優しくするの?」

「いくふべ君どうして?」


 言えない、言えるはずがない。自分のであなたの手をドロドロにしたいからだって言えない。


「歳の近い妹が虚弱体質きょじゃくたいしつでよく飯作っていたので、これくらい優しさに入りません」


「羨ましいな、妹なら好きになっちゃうね」


「はいはい、おかゆ出来ましたよ。今冷ましますからね」


「出来立てを食べさせてよ」


「やけどして、あちちになりますよ」


「お母さんみたいなこと言うなよ。いくふべ」

 適温に冷やした。おかゆを河出の口に差し出した。おかゆを持つ手元に河出の息がかかる。それだけで俺の体はムズムズした。


「ごめんな、本当に覚えていないんだ。これまでも僕が泥酔でいすいして襲った人たちはすぐに出て行ったけど、いくふべは優しいな」

 出ていく金が無いだけだ。


「キスしたのか」

 黙っていることで変な想像をされたくない。もう変なことはされているが、自分の口で言いたかった。


「すごく熱いやつ、歯茎はぐきと舌を吸って」


「うわぁ、我ながら恥ずかしい。悪かったよ、それなのにこんな優しいとさ」

 聞こえないふりをするのが大変だった。まさかこのタイミングでそうなると思わなかったからだ。

 

 こんな優しいとさ、好きになってもおかしくないだろう。そう河出は言ったのだ。


 もし、弱っていなかったら僕は河出を押し倒していた。無論、押し倒した後にどうするかのプランは無い。そもそも今のとこと弱みをつついているので、この罪悪感たるや。

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