第3話 炭火で焼く秋刀魚は美味しい

「冷静になれ、冷静になれ」

 中には何があった。携帯は持っている財布もある。参考書、ダメだ。燃えやすい。これから被害が大きくならないように。冷静に119を押した。


「で、なんで煙出していたの?」

 どこ吹く風の河出という塩顔の男と大学の後輩だという宮本は消防士の事情聴取じじょうちょうしゅにぽつりぽつりとこぼした。


「その二ノ宮が彼女に振られて」

 説明をしているのは宮本だ。


「じゃなくて、煙出した理由」


「その秋刀魚さんまを焼いていたのです」

 吹き出す後ろの若手消防士を叩く別の先輩消防士。


「なんで家の中で焼かないの」


「いやですよ。部屋を秋刀魚のにおいさせるのって先輩が」

 また吹いた。口を押えている。


「ご近所さんのことも考えないと」

「秋刀魚は七輪しちりんで焼くのがいいというのが先輩の受け売りです。もし一酸化炭素中毒で死んだら消防士さん責任を取ってくれますか」

 我慢出来なかったのか後ろの若手消防士。体を丸めて笑い出した。それに先輩消防士は鉄拳制裁てっけんせいさいを加えて、若手消防士は引きずられていった。


「秋刀魚はフライパンかグリルで焼きなさい。そこで火事になったらちゃんと消してあげるから」


「築七十年のぼろアパートに高圧で水をかけたら全壊ぜんかいです。そうしたらどう責任取るのですか。って、多分先輩はいうと思います」


「まぁまぁ、消防士さんと宮本。そんなに怒らなくても今回は何も無くて良かったじゃないか」

 関係なさそうに立っているだけの男が仲介に立った。


「分かった。じゃ、この二階の二号室の部屋はこの宮本さんのおうち?」


「いえそこの河出先輩かわでせんぱいです」


「は?」

 聞いていたこちらも驚いた。


 宮本が指したのは関係なさそうに立っていた塩顔の男だった。

「てことは君」


「河出です」


「その河出さんは何を」


「消防士さん単純です。僕は秋刀魚と七輪と網と炭を用意しました。以上です」


「以上って君ね」


「まさか今日焼くのに使うとは思わなかったので、偶然とは恐ろしいですね」

 まさかこの河出。後輩を売ったのか、今この瞬間に。宮本も動揺している。



「だって先輩が今日、二ノ宮を慰めようって」


「まさか僕だって、特売の秋刀魚があれば調理したくなるよ。七輪も炭も網も部屋の隅に固めておいただけなのに使うとは思わなかったよ」

 そりゃ使うだろ。この男はなんだか掴めない、宇宙人だなと思った。


「宮本、河出先輩は電波だから無駄だ」

 消防士の後ろに座り込んでいる坊主頭の男、あれが二ノ宮だろう。


「それで通報したのは誰ですか」

 宮本は周りを見渡しオドオドしだした。

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