第15話 問題は未解決

梅雨明け前の台風は異例の進路をとり、温帯低気圧に変わってからも勢力の衰えを見せない。

東京も今後の暴風雨が予想され、各公共交通機関から計画運休が発表された。週末ということもあり、早めの帰宅を促す企業も多く、ジェイの過密スケジュールも16時以降は全てキャンセルとなった。


次第に激しさを増してきた雨風。雨粒がピシパシと車窓にぶつかり弾け飛ぶ。

窓に向けたジェイの眉に、わずかな険しさを見て、柏木はおやっと瞼を上げた。


──問題は未解決のままか。


女をホテルに待たせているのだ。一刻も早く戻りたかっただろう。これは天からの僥倖と喜ぶに違いないと思ったのに、この様子だとどうも拗らせているようだ。


これだけのルックスとハイスペック、ハイステイタス。性格に多少の問題があっても、数々の浮名を流すくらいだから女には不自由しないはずだ。


だから、春に京都で澪を見たとき、普通のお嬢さんに意外に思った。

おとなしく控えめな印象だったが、彼ともあろう男がここまで手こずるとは、見かけによらず情強な性質なのか。


しかし昨夜はまいった。

彼の型破りな言動に今さら驚きもしないが、突然、姿を消したかと思ったら、いきなり〈拉致した〉と女を新幹線に連れ込んで来るとは……。


はじめは痴話げんかに巻き込まれたとげんなりした。だが、バツの悪さを不機嫌さで誤魔化そうとする彼と、怯えた彼女の様子を見てみると、拉致話もあながち冗談ではなかったようだ。

しかしいくら彼でも拉致はまずい。拉致は。


幼少の砌から徹底した英才教育で帝王学をたたき込まれ、20歳でハーバードビジネススクールのMBA(経営学修士)を修得した秀才。心理学・行動経済学のエキスパートで、ディベートの天才、ネゴシエーションの達人と呼ばれる彼でも、女心は読み違えるのか。


人間の感情さえも悟性によって論じ、何時如何なるときにも神色自若としていた鉄仮面が、感情をあらわにした姿を、柏木は昨夜初めて目の当たりにしたのだ。


彼もやはり一個の男だったか。恋に悩む横顔を少し身近に感じて、ほくそ笑む柏木だった。


そのとき、


『止めろ』


低く短い下知に、一瞬にして緊張が走った。

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