第6話 自分の限界
完璧だと思った計画を立ててから3日後、俺はまたしても頭を抱えていた。
計画通りに進まない……
よく思い返してみたら、色々と時間の使い方に問題があった。
まず、息抜きの時間が守られていない。読みたい漫画、見たいアニメ、クリアしたいゲームを前に、俺の自制心に歯止めが効いていなかった。
それらは異世界に行ったら、もう二度と触れることができなくなるだろう。その未来を想像すると、俺は自分をコントロールできなかった……
そして息抜きの時間が長くなったため、睡眠時間が削られていた。
睡眠時間が短くなると、宿題をする時間の集中力が失われた。宿題をしている時間にボーっとしていたり、無意識に別のことをしていたりした。
計画がちゃんと立っていても、それを実行する力がないと駄目だ。そのために必要なスキルは何だろうか?
しかし、ここで残りのSPのことも考えなければならない。今は3SPをベットして、2SPは使用済み、フリーなのは1SPだ。
1SPを使って対策用のスキルを取得し、課題をクリアできず敗者になった場合、トータル0SPになり地獄行きが決まる。
俺の脳裏に、化物が人々を黒い穴に引きずり込むシーンが思い浮かんだ。背筋が凍り冷や汗が出る。
だが、やるしかない。もう後戻りはできない。ここでスキルを取得せず敗者になったら、結局1SPしか残らない。いずれにしても、後のヘブンゲームでの挽回が相当難しくなる。
これはギャンブルじゃない。計画的な投資だ。俺はサイトウ君じゃない。俺はサイトウ君とは違う!
酷い言い方ですみませんと、俺は心の中でサイトウ君に謝りながら、対策用のスキル候補を考える。
誘惑に負けない気持ち、負荷のかかる勉強に耐える力が必要だ。
……これはどうだろう。
そうして俺は1SPで「忍耐力(小)」を取得した。
地獄行きの恐怖に囚われながらも、何とか気力を振り絞って得た。
俺の面前で光の玉が生じ、体に吸い込まれる。
俺の体の真ん中に、棒の様な芯が生じた感覚がある。
<忍耐力(小)>
真の目的のため、誘惑や苦痛を我慢し、耐え忍ぶ気持ちを維持する。常時起動。初回起動時に魔力1使用。天界のみ取得可
いける! 俺はどんな苦境にも耐えられる! たぶん!
俺は再度計画を立て直し、1日12時間宿題に取り組むことにした。時に不測の事態が起きることなども考慮し、さらに余裕を持って宿題を進めるのだ。
「忍耐力(小)」を取得した俺は、様々な娯楽の誘惑から何とか耐えることに成功した。そして宿題を行う際、面倒という感覚を苦しみながらも抑え込んだ。
俺は無になって、宿題マシーンになって取り組んだ。
◇
ヘブンゲームが始まってから10日目、俺は宿題を計画通り進めることができていた。
今日は、タブレットに入っていた発音のアプリをこなす。教師となる人が録画映像で単語や文章を読んでくれるから、それをまねして発音することで進めるのだ。
画面に出てきたのは、恰幅の良い威厳を感じさせる40代中程の男だ。豪華な衣装と、指輪やネックレスなどの宝飾品が身分の高さを感じさせる。
日本語の翻訳がテロップで出てくるので、指示内容は理解できた。
「さて、余の後に繰り返して発音するのだ」
<オークの群れが襲ってきたぞ! ブチ殺せ!>
俺も繰り返す。
<オークの群れが襲ってきたぞ! ブチ殺せ!>
「次だ」
<魔法使いがやられたぞ! 撤退だ!>
俺の番。
<魔法使いがやられたぞ! 撤退だ!>
なんとも物騒で、物々しい例文だった。
内容を進めていると、画面から男の子の声が聞こえてきた。
「じいじ~、まえたべたおかし、たべたいよ~」
「おい、こら、フローリス。今は撮影中だ、邪魔をするでない」
フローリス君、かわいいお顔が映ってますよ。こんな会話もちゃんと翻訳されてるんですが……
そんなこんなで、何とか俺は宿題に取り組んでいた。
◇
ゲーム開始から15日目になった。他の人達もようやく火が付いたのか、必死に宿題をやっている様子だ。
突然目の前にスクリーンが表示された。画面にはメタが写っている。
「頑張って宿題をする皆さんにご褒美があるよ。本棚を拡張したよ。同人誌、ラノベや歴史物などの小説が増えたからね。映像コンテンツも大増量。アニメ以外の映画やテレビ番組、アイドルのライブ映像など盛り沢山になったよ。ゲームは何と新しいミニマムソフトのゲーム機器が追加だ。楽しみだね」
魅力的なPR画像を使い、身振り手振りでメタが説明する。
「じゃあねー。頑張ってねー」
そうしてスクリーンは消えていった。
こ、ここで揺さぶりに来たか。鬼畜過ぎる。
アイドルのライブ映像! 見たいぞ!
俺は生前とあるアイドルグループにハマっていた。
そして俺は引きこもってたから、悲しいことに実際のライブに行くことはなかった。
だからライブ映像を見て、推しに声援を送るのが俺の癒しだったんだ。
さらにモニターを前に、一人ヲタ芸をしていたよ。サイリウムという光る棒を使って踊るんだ。その時の手のサイリウムだこは、俺の想いの証だ。
俺はそういう経緯もあって、アイドルのライブ映像には並々ならぬ熱意がある。
だからどうしても見たいけど、鋼の意思で楽しむ内容は厳選しなきゃ。
「計画性(小)」と「忍耐力(小)」のスキルを最大限生かして、この危機を乗り切るんだ!
◇
期限の7日前、サイトウ君を久しぶりに見た。
青白い顔をして、トボトボと歩いている。そして、手には何冊もの小説を抱えている。
もうゲームをクリアするのを諦めたのかもしれないと思い、そっと目を逸らしてしまった。
この長期間にわたって行う「夏休みの宿題」ゲームは、一見時間的な余裕があって優しいように感じるが、そうではなく残酷なのかもしれない。
時間的な余裕があると思っていたら、いつの間にか終わらせるためのリミットが過ぎている。まさしく茹でガエルだ。
そして、敗者になったことを自覚して苦しむ時間が非常に長い。何日もの間、終わった自分を意識させられるのだ。
彼のベットしたSPは6。破滅への足音が近づいていた。
◇
お、終わった……ようやく……
俺は宿題が積まれた丸テーブルに顔を突っ伏した。
何とか期限の3日前、つまりゲーム開始から27日目に宿題が終わった。余裕を持ってトラブルにも耐えられるよう日程を組んだが、杞憂に終わった。
タブレットの宿題管理アプリでも、全ての宿題が終わったことが確認できる。少ししたら、目の前に<「夏休みの宿題」クリア>の表示が出た。
すると、審判の精霊のメタが空中に現れた。
「よく色んなスキルを見つけたね。特典はボーナスしておいたよ!」
と手をフリフリして言ってくれた。
そして魔法陣が足元に出て、俺は光に包まれた。
◇
天界遊戯場に戻ってきた。
時間が調整されたのか、既に参加者全員が揃っているみたいだ。
期限までにはあと3日プラス数時間あった。
読み切れなかった漫画、見きれなかったアニメ、クリアできなかったゲームがあったけど、もう充分な気持ちだ。どちらかというと、恐怖の対象かもしれない。トラウマになってしまったよ。
ステータスウィンドウでSPを確認すると、6になっていてほっとした。
又、「言語理解LV3」のスキルを得ていた。LV1ではなくLV3になっているのは、メタが言っていたボーナスだろうか。思ったより高いレベルだ。
<言語理解LV3>
自身が非理解の言語に対して、読む書く聞く話すの高度な能力を得る。自身の種族から小範囲に適用。常時起動。初回起動時に魔力3使用。
ステータスウィンドウでスキルの説明を確かめていたら、突然あちこちで悲鳴が上がった。
0SPになったサイトウ君が、化物によって黒い渦に引き込まれるのが見えた。他の参加者も数人、黒い渦に引き込まれていったようだ。
恐ろしかったが、あの化物が何故現れるか理由がわかっていたので、以前よりかは絶望感が薄れていた。
サイトウ君がヘルゲームに連れていかれ、俺は行き場のない感情に囚われた。サイトウ君とは少しの間だが、言葉を交わした仲だった。
彼に働きかけて、一緒に良い方向に向かうことはできなかっただろうか。
そう考えたが、今の俺は無力で、自分のことで精いっぱいだ。とても、そんなことができるとは思えなかった。
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