第5話 新たな能力
俺は皆の余りの惨状を見て呆然としていた。
すると、積み上げた漫画本の束を両手で抱えていた若い男が、俺の目の前でバランスを失いその数冊を床に落とした。
俺が漫画本を拾って渡すと、人懐っこい笑顔でお礼を言われた。痩せ気味で茶髪、背は俺よりも低い。名前はサイトウだと名乗った。情報交換がてら、フードコートに行かないかと誘われる。
ここで一旦心を落ち着かせよう。この誘惑から離れないと、堕落の沼に沈んでしまいそうだ。おれはそう思い、了承する。
フードコートは混雑していた。カウンターには店員はおらず、オートで注文、受け取りができた。俺は肉そばを頼んだ。久しぶりの地球の味に感動した。
「ミツキ君は心配性っすね。大丈夫っすよ。何せ30日もありますから」
サイトウ君は繰り返し大丈夫と言いながら、カツカレーを口に頬張る。前世について聞くと、サイトウ君はギャンブル狂いで、日がなパチンコをして暮らしていたそうだ。
「種銭確保で闇金に手を出したのはマズかったっす。金利が高すぎて返せなくなったんでバックレたら、本職のお兄さん達に拉致られたっす」
倉庫らしき所でロープでぐるぐる巻きに縛られた後、殴られて意識が遠のいたと思ったら、天界に来ていたのだと言う。
サイトウ君は、今回のヘブンゲームで6SP全て賭けたそうだ。ギャンブラー過ぎる。
「大丈夫っす。ギャンブルは勝てば天国、負ければ地獄が基本。どうなろうと結果は織り込み済みっす」
彼の謎のギャンブル理論を聞いた後、その場でサイトウ君とは別れた。結局有用な情報は得られなかったが、彼を反面教師にするのが良いと思った。
ともかく、取り組んでみるしかない。俺はブースの一つを拠点として確保し、宿題を始めた。
まずはドリルを使って、大陸共通語の文字や単語の書き取りを進める。日本語に似ているところが結構あり、ひらがなやカタカナ、漢字、英字に相当する文字があるみたいだ。複数の文字を練習するのが大変だ。
並行して、文法もやる必要がある。例文と訳文を見比べながら書き取りをして、文法のルールを頭に入れていく。
不思議なことに、ドリルなど紙の上に書き込んで終わらせると、自動的に宿題管理アプリで進行状況がチェックされ把握できる。問題形式のページも採点され、一定以上の点数が取れないと進行が認められないようだ。
俺は宿題管理アプリの機能を活用しながら、少しずつ宿題をこなしていった。
これまで勉強から逃げてきた俺にとっては、まさしく苦行という他ない。
おかしい、絶対におかしい。俺が読んできた異世界転生のラノベにはこんな勉強のシーンなんてなかったはず……
◇
そして3日目が終る頃、俺はこのままだと到底クリアできないことに気づいた。
俺は、思ったように進まない宿題の山を前に頭を抱えた。
3日間勉強を続けたが、どう考えても間に合いそうにない。テキスト、ドリル、問題集、タブレットアプリ、どれもまだ沢山ある宿題の内、ほんの一部しかできていない。
そもそも、1日何時間宿題をすれば最後まで終わるのだろうか。
思い返してみたら、休憩時間も長く取り過ぎなような気がする。勉強に耐えられなくなったら休憩していたが、やる気を取り戻して復帰するのに時間がかかり過ぎた。
あれ、俺って宿題の進め方間違ってる?
こんな様子でゲームに負けたら、タナカの選択に馬鹿野郎なんて言った立場がまるでない……足りない頭を絞って、俺は打開策を検討する。
スキルが使用できるようになれば何とかなるかも……スキルの力で宿題を進めるしかない!
ルマロスさんが説明の最後に言っていた話を思い出す。ルマロスさん達は天界にある天素を天力に変えてスキルを使うと。
そして俺達は下界にある魔素を魔力に変えて使う。
現在ステータスウィンドウで魔力の値が確認できる。つまり、魔力を使う場面がヘブンゲーム内であるとしか思えない。
どうにかして、天界でスキルが使えるようになる手段は無いものか。
もしかして……「スキルを天界で使用可能にするためのスキル」を取得できるのかも……
今、俺達の周りにあるのは天素。そして俺達の使用できる力は魔力。これを繋げれば良いのでは……
俺は候補スキルウィンドウを出し、希望のスキルを強くイメージする。
天素を魔力にするスキル……周りにある天素を、俺が使えるように体内で魔力に変換するスキル……
すると、候補スキルウィンドウに「天素魔力変換 1SP」の表示が浮かび上がる。
やった! 予想通りだ! それにしても1SPで取得できるのはありがたい。もし3SP必要だったら詰んでた。
俺は1SPを使い「天素魔力変換」を取得した。
目の前に2cm程の光の玉が現れ、俺の体に入っていく。
すると、体の中に一つの装置が作られた感じがした。
そして新しく表示された、取得スキルの欄の「天素魔力変換」を選択すると、その説明を見ることができた。
<天素魔力変換>
天界の天素を体内で魔力に変換する。周囲に充分な天素がある場合、10時間で魔力全量分の変換を行う。天界のみ常時起動。魔力不使用。天界のみ取得可。天界のみ表示。
制限事項:このスキルの存在や内容、取得方法を他者に伝達することはできない。
制限事項があり、「天素魔力変換」について他者に教えられないとのことだ。確かにこのスキルは、ヘブンゲーム攻略に大きな影響を与えるだろう。自力で見つけるのが大事みたいだ。
そして俺だと、10時間で魔力20を変換してくれる。30分で、魔力を1変換する感じかな。
しばらく待っていると、ステータスウィンドウで魔力が1増えたのを確認できた。
意識すると、何かの存在が体内にあるような気がする。これが魔力だろうか。
よし!これでヘブンゲーム内でスキルが使えるようになったぞ!
「天素魔力変換」をゲットした興奮も冷めやらぬまま、こんどは宿題クリアのために必要なスキルを考える。
どんなスキルがあればいいんだろうか?
書き取りが速くなる書写スキルみたいなのはどうだろう?でも、転生してからも役立つかな。俺書き取りHAEEE!! みたいな……俺に全然向いてない……
今俺に足りないのは何だろうか。俺は人として基礎的な能力が足りてないような気がする。だから、そこを補うスキルが欲しい。
タナカはとてつもなく努力できるスキルを取得した。ここで普通の「努力」スキルは取得できないだろうか。
俺は「努力」スキルが取得できないか試みた。
しかし、どうイメージしても「努力」のスキルは表示されない。もしかすると必要なSPが高く、所持SPが足りないのかもしれない。
別の観点から考えよう。今は、そもそも宿題の進め方がわかっていない。時間が限られているから、まずは間違った方向に進まないよう舵取りをしなきゃいけない。
舵取り……方向や進め方を決める……計画を立てる……つまり計画性が必要ってことかな?
候補スキルウィンドウを出し、計画性を得るスキルをイメージする。
計画性……宿題ができるようになる計画性……目的を達成できるようになる計画性のスキル……
候補スキルウィンドウに「計画性(小) 1SP」の表示が出た!
よし! 取るぞ!
俺は1SPで「計画性(小)」を取得する。
空中に光の玉が現れ、俺の中に入っていった。
すると体の中にあった何かが集まり、物事を見通し整理してくれるような回路が作られたことを感じる。
ステータスウィンドウでは、「精神補助スキル」という新しい項目ができており、その中に「計画性(小)」が表示されていた。説明を見てみる。
<計画性(小)>
必要な時間の試算など、目的達成までの計画を考えることができる。常時起動。初回起動時に魔力1使用。天界のみ取得可
ちなみに魔力1から0になっても特に気分が悪くなったりはしなかった。
改めて計画を立ててみる。沢山ある課題の取り組む順番など、宿題完了までの過程がイメージ出来るようになった。
宿題を終えるために必要な時間を試算すると、これから1日10時間の勉強が必要だとわかる。そして、1日の中で、宿題に取り組む時間、息抜きの時間、睡眠や食事の時間をバランスよく配置する計画を立てた。
とにかく俺は、計画を元に宿題を進めるんだ。
やるぞ! 俺はできる子! やるしかない!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます