第4話 堕落の試練

 結局、特別ボーナスを取得せず残ったのは、60~70人程度の人数だった。最初の参加者数と比べると、随分と人数が減ったように感じられる。


 様子が落ち着くと、ルマロスさんが話し始めた。


「皆さんは賢明にも、特別ボーナスは取得されませんでした」


 タナカのことを考えると、ありがたくない話になりそうだ。


「たとえ良いスキルを選んでも、元の魂の格が低ければ転生後の種族や境遇に期待はできません。例えばスキル『魅了Lv5』を選んだ夜置よるおき 朝値あさねさん。彼は異性にモテたい一心でこのスキルを獲得しましたが、転生後の種族は魔物のスケルトンとなりました。魅了は系統が離れた種族には効き目がありません。彼がはたして異性のスケルトンにモテて満足するかは不明です」


 ヨルオキさんの恥ずかしい個人情報が全開ですね。やっぱり、このイベントの目的が魂の選別であれば、単純に上手い話な訳はなかった。


 それにしても、タナカが少しでも満足できる種族や境遇に、転生できてればいいんだけど……


 俺はタナカの行く末を案じた。


 でも、俺だってどうなるかわからない。ゲームに負ければ、次は地獄のゲーム行きだ。


 タナカに偉そうなことを言ったけど、俺の前世も逃げの人生だった。


 タナカは前世で欲しかった能力を、今がチャンスだと思って取得した。天界に残った俺も、前世のダメな俺を挽回するため、別のチャンスを掴まなきゃいけない。


 俺はゲームをクリアして、前世と違う自分になることを目指すんだ。そうしなきゃ、タナカを引き留めようとした意味がない。


 俺は決意を新たにし、ルマロスさんの話に集中する。


「さて、最後に天界でのスキルの使用について話しておきましょう。私達天界に住む者は、天界にある『天素』という粒子を、体内で『天力』に変えてスキルを使用しています。それに対して、『天素』を扱うことができない皆さんは、現在スキルが使えない状況となっています」


 なるほど、ルマロスさん達は天界にある「天素」を「天力」に変え、スキルを使ってるんだ。俺達は下界にある「魔素」を「魔力」に変えて使うから、今はスキルが使えないということか。


「ヘブンゲームが始まったら、審判の精霊の指示に従って下さい。それでは『転生の3試練』初回を始めましょう」


 いつの間にか、ルマロスさんは右手に長い杖を持っていた。杖には複雑な幾何学模様が刻まれ、その上部には赤、青、緑の順に、縦に並んだ煌びやかで大きな宝玉が埋め込まれている。


 杖を掲げ、ルマロスさんは唱えた。


 ≪精霊よヘブンゲーム[転生の3試練1]に誘え≫


 杖の赤い宝玉が輝いたかと思うと、皆の足元に魔法陣が展開した。


 一瞬の内に、視界全てが光に包まれた。


 ◇


 気が付くと見知らぬ建物の中にいた。


 今いる場所は、吹き抜けのある広間だ。広間の中央付近には、カラフルで大きなクッションが幾つも無造作に置かれている。その周辺には、丸いテーブルと椅子が複数置いてあった。


 広間の外側のスペースに、多くの本棚が整然と並んでいる。その対面側には扉の付いたブースが何列も横並びになっていた。その他、色々と設備がありそうだ。


 何だか豪華なネットカフェみたいだな。ここでSPを賭けたゲームを行うイメージができないな。


 突然、空中に光がきらめいた。そして光の粒子が集まり、羽の生えた白い子豚が現れる。子豚は宙にふわふわと浮いている。


「こんにちは。ボクはメタっていうよ。今回のヘブンゲームの審判をやるからよろしくね」


 子豚の審判であるメタが、可愛らしい手をフリフリして言った。


「じゃあ、ゲーム内容を説明するね。先に行っておくけど、質問には答えられないからね」


 ゲーム内では、魂の入った仮初の身体が死んでも、魂自体は消滅しないこと。悪意を持った他者への物理的、精神的な攻撃は禁じられていること。死亡やルール違反は退場になり、敗者となることをメタは説明した。


「ゲームのタイトルは『夏休みの宿題』だよ。参加者の皆さんには、この会場内で宿題をやってもらうよ。内容は転生先の大陸共通語の学習なんだ。宿題を全部終わらせるとゲームクリアだよ。他人の宿題はできないようになってるよ。宿題は期間中、まじめにやればクリアできる量だからね」


 期限は本日を1日目として計30日間。随分と長い。今は朝9時で、30日目の23時59分までがリミットだそうだ。


 会場の各種施設も充実している。個室となるブースでは寝ることができる。大浴場があり風呂にも入れる。さらにフードコートで食事ができ、ドリンクバーで飲み物が飲めると至れり尽くせりだ。そして全て代金はかからない。


 ずっと眠いともお腹がすいたとも思っていなかったが、この会場に来てから不思議なことに人間的な欲求が戻ってきた。


「皆にはまず賭けSPをベットしてもらうよ。課題をクリアした勝者はベットした数の2倍のSPを貰えるよ。あと、勝者特典として『言語理解』スキルが貰えるからね。敗者はベットしたSPを没収されるよ。最初から参加せず棄権する場合は1SP支払いとなるから気をつけてね。じゃあ、3分間で決めるよ」


「言語理解」スキルキターーーー!!


「言語理解」スキルは、異世界で使用される言語がすぐに理解できる、定番スキルのことだろう。できれば宿題をやる前に欲しかったけど。


 テンションの上がった俺の前にウィンドウが現れる。操作方法はウィンドウに書いてある。


 ベット数の欄に視線を向け、強くイメージすると賭けSP数が入力できた。俺は5SPを入力した。1SPは保険で残したが、後はともかくクリアして最大限増やすしかないと考えた。


「参加する」ボタンを選ぼうとしたが、急に不安感に襲われた。何か見落としている様な……


 その不安感が何か明確にはわからなかったが、結局余裕をさらに残して3SPのベットにした。残りは3SPになった。


 俺は「参加する」ボタンを選んだ。


 しばらくすると<「夏休みの宿題」スタート>の文字が面前に表示される。


 すると、目の前の床に白いランドセルが出現した。ランドセルについたラベルには「光木開斗」と書いてある。中を開けると、大陸共通語学習のテキストやドリル、問題集、ノート、筆記用具などがぎっしりと入っていた。何とも面倒くさそうだ。


 後はタブレットが入っている。画面を確認してみたが、上部に経過した日時が表示されており、他には宿題管理アプリ、発音アプリなどが入っていた。


 それらの物量にうんざりした俺は、ひとまずランドセルに宿題をしまい、ゲーム会場をチェックすることにした。そこで見たのは、あまりにも魅力的で楽しそうな内容だった。


 まず、周りの本棚には現代日本の漫画が置いてあった。旧作から新作まで、様々なジャンルの漫画が山ほど揃っている。


 う……これは、出版数が少なくて古本でも見つけられなかったレア漫画!


 次にブースの中をのぞいた。床面全体がクッションになっていて、そのまま寝ることもできそうだ。脇には勉強ができそうな机とテレビ台がある。


 台の上にはTVモニターが設置されていて、リモコンで操作するとアニメ一覧が表示された。これも日本の様々なTV番組、映画などのアニメが見られる。


 これは見始めたら、止められない予感がひしひしとするな……


 又、神天堂とTONYのゲーム機が設置されていて、モニターとリモコンを使って幾つものゲームがダウンロードできる仕組みになっていた。


 う、嘘だろ! 俺が死ぬ直前に買おうと思っていた「ヘルダの伝承」の最新作があるやんけ!


 衝撃のあまり謎の関西人になった俺は、ようやくこのゲームの意図に気がついた。


 これはマズイ! つまりはこの誘惑に耐えながら、あの膨大な量の宿題をこなせってことだろ。凶悪すぎる!


 案の定、既に広間にはドリンクバーで確保したであろう飲み物を飲みつつ、クッションに寝転がり、漫画やポータブルゲーム機を楽しんでいる人達であふれていた。


 もう不戦敗ですかね皆さん。今日できなければ、明日もできませんよ。


 あっさりとゲームの罠に自ら飛び込んでいく参加者の有様に、俺は呆然とした。

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