第3話 タナカの選択
「先程の事象についてはまた後に説明します。以上が取得可能なスキルの表示方法となります。候補スキルウィンドウ右上のバツボタンに視線を合わせ、選択し、閉じて下さい」
化物のことは詳しく説明せず、大したことではないかのようにルマロスさんは言った。
「ふざけるなー!」
「今の骸骨は何なのよ! すぐに説明しなさいよ!」
「俺様は心の傷を負った。損害賠償を請求する!!」
ワーワーと皆が騒ぎ立てる。
≪お静かに≫
ルマロスさんの声を聞いた瞬間、体が硬直して動けなくなった。ルマロスさんから発せられる威圧感が重くのしかかり、冷や汗が出てくる。
やがて硬直は解けたが、誰も声を発することはなかった。
「今、ご退場いただいたのは、SPを使い果たし0SPとなった方々です。皆さん、ヘブンゲーム外では、SPは必ず1以上残った状態にして下さい。異世界転生には1SPが必要となります。ヘブンゲーム外で0SPとなった場合、通常の異世界転生はできなくなり、地界のヘルゲームを行うことになります」
地界のヘルゲーム……その恐ろしげな言葉に、俺は身震いした。
ルマロスさんは、空中に端末を浮かべ、何やら操作をしている。
「それでは編集が出来たようですので、先程ヘルゲームに行った魂の行く末を見てみましょう。別の時空間の世界で時間軸が違うため、10年後までの映像をダイジェスト版で確認することができます。ではヘルゲーム行きになった
こちらは短時間でも、地界ではもう10年経ってるのか……時間軸違い過ぎ。
ルマロスさんが頭上に手をかざすと、大画面の空中ディスプレイが表示された。
果てしなく広がる灼熱の砂漠。邪悪な太陽が地面を照り付ける。
そこに50才程のサラリーマンと思われるスーツ姿の男が、足を引きずりながら一歩ずつ歩いている。
左手にビジネスバック、右手には鉄の槍を持っている。表情は苦痛に満ち、顔は干からびた石のようだ。水は持っていないのか、飲んでいる様子はない。
突然、男の手から火柱が出た。彼は砂の中に手を突っ込み、火を消した。
「彼の右手には呪いがかかっており、時折、火が燃え上がる」
画面にテロップが入った。
突如、男の目の前の砂山から、体長が2m程もある巨大なサソリが突然飛び出してきた。サソリの振り回したハサミに体がぶつかり、吹き飛ばされる男。
男はよろよろと起き上がり、手から落とした鉄の槍を拾った。
そして、大声を上げながらサソリに突進し、槍を突き刺した。体を貫かれたサソリは体液をまき散らしながら抵抗するが、やがて息絶えた。
勝利はしたが男のダメージは大きく、服は裂け体もボロボロになっていた。
それでも男はビジネスバックを大事そうに抱え、槍を杖代わりにしてゆっくりと一歩ずつ進んでいく。
画面に「そして10年後」と表示された。
男は砂漠の中の巨大な岩山に辿り着く。男は申し訳程度の布切れを腰に巻きつけた恰好で、体は朽ち果てた木片といっても過言ではない様相だった。
男が岩山の洞窟らしき場所に取り付けられた扉のベルを鳴らすと、大きな赤い体に鉄の棍棒を持った鬼が出てきた。
男はビジネスバックらしきものから、ボロボロになった暖房器具のカタログを出す。死に物狂いで鬼に暖房を売り込む男。
しかし、鬼は怒りの形相で男を棍棒で叩き潰した。
「地界では様々なヘルゲームが行われます。0SP開始で、6SPになると天界の受付に戻ることができます。今の例では、鬼に暖房器具を1つ買ってもらえれば1SP取得ですね。魂が入った仮初の身体が死亡すれば、スタート地点に戻って0SPからやり直しです。ちなみに身体が物理的に破壊されない限り、死亡判定にはなりません」
しーーーーん
皆、絶句して言葉が出ない。近くにいる男が手で顔を覆い震えていた。その横の女性は口をぽっかりと空け表情が死んでいる。
「皆さん、今の方のような魂生を送りたいですか?」
ルマロスさんは、皆に語りかけるように話し始めた。
「あなた方は人の話を聞かず、考えることを放棄し、判断を他人に依存するといった、できる限り負担のない楽な選択を繰り返してきました。これまで、正解の道を一つも見つけられない魂生だったと言えるでしょう」
ルマロスさんは見回しながら一人ひとり目を合わせ、身振りを大きくして話す。
「そのような魂生はここで終わりにしましょう。あなた方はここで生まれ変わるんです。それは本来あるべき自分の姿です。正しい選択をし、正しい努力をする、そんな可能性が今ここに存在します。そのチャンスをつかんでみませんか」
俺の警報はマックスで鳴り響いていた。
ウサンクセーーーー!!!
これまでに散々騙され、あるいは騙されそうになった経験が、俺に最大限の警戒態勢を取らせていた。
しかし、心動かされる人達も多いようで、涙ぐんで話に聞き入っている様子の人もいる。
「ここで、特別な権利をあなた方に提案します。この後のヘブンゲームに参加せず、今のタイミングで異世界転生する場合、手持のSPで大幅なボーナス獲得の約束をしましょう。ご自身の『ステータスウィンドウ』を開いて下さい」
ステータスウィンドウを開くと、「特別ボーナス」と書いたウィンドウが表示されている。
身体力強化Lv3 2SP、土魔法Lv4 3SP、空間魔法Lv5 5SPといった、大盤振る舞いとも言えるスキル一覧が記載されていた。
そして画面右上には、5分程の残り時間で減っていくカウンターが表示されている。
「これは、他のヘブンゲームでは提案されない、あなた方だけの特別なボーナスです。そのため、このスキルは限られた時間しか公開することができません。制限時間までに決め、取得して下さい。希望のスキルを選択し、その後のウィンドウで『はい』を選ぶと取得できます。転生用の1SPを残すのを忘れないように」
絶望的に胡散臭いが、それでも結構な数の人が一生懸命ステータスウィンドウを見ているようだ。
確かにこれらのスキルを選択すれば、転生後に「俺TUEEE」できるかもしれない。しかし、俺は直感的にどうしても素直に受け取ることはできなかった。
ふと横を見ると、タナカが真剣に画面を見ている。そして、口元が「選択」と動いたように見えた。
「ちょ、おま、もしかしてスキル取得した?ダメダメダメダメーーーー!!」
俺は絶叫した。
「すまんな。どうしても取りたいスキルがあってな。こればっかりはしゃあないんや」
タナカは絞り出すように呟いた。
「違う、これは罠だ! いや試練なんだ! 俺達に負荷をかけて、逃げ出すかどうか試しているんだ! ここで我慢すれば次が見えるって!!」
俺は必死になってタナカを説得しようとした。
「オレはな、周りのダメ魂よりもさらにダメダメなんや。そやからこそ、この選択肢がある今選ばなアカンのや」
「何のスキルだよ。これから手に入るかもしれないだろ!」
「とてつもない努力が出来るスキルや。オレの魂がずっとこれを求めてたんや。今後手にするのは恐らく無理やろな」
「頼むから、頼むからキャンセルするんだ、馬鹿野郎!!」
「どないしょうもないオレのために、本気で言うてくれてるんやな……ありがとな……」
すると、光る10cm程の玉が宙に現れ、タナカの胸の辺りに吸い込まれていった。
タナカは下を向き、肩を震わせながら呟いた。
「オレは努力して世界一強くなって、来世でミツキを助けるからな」
そして、制限時間が来た。
「それでは特別ボーナスのスキルを取得された方々、自動的に1SPを使用して異世界転生を行います」
「ありがとな……ホンマ」
タナカの足元に魔法陣が展開し、体が光の粒子となり上空へ消えていった。
俺は呆然としながらタナカが転生するのを見送った。長年待ち望んでようやくできた友達が、ちょっと目を離した途端、不安を残したまま居なくなってしまった。
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