第2話 破滅への行動

 目の前の霧が晴れた。


 周りには人の姿が見える。100人はいるだろうか。男性が多く、女性は少なめだ。年少の子供や老人はおらず、おおよそ高校生ぐらいから中年までの年代のようだ。


 そして皆を取り囲むように、白い柱が円上に並んでいる。壁も天井も無く、柱のさらに先は霧に包まれていて何も見えない。行く手を阻むものは何も無いが、ここから出てはいけないような気がした。


 あ、あの背の高い人!


 俺はタナカさんを見つけた。思わず駆け寄ってしまったのは、今の不安の裏返しだろうか。ともかく、二人で再開を喜んだ。


「いやー、やっぱりミツキに会えたのは嬉しいな。絶対に異世界転生したいって言うやろと思ってたわ」


「タナカもこれで修行への道が開けたな」


 喜びの勢いのまま何故だがミツキ、タナカ呼びになり、俺はタメ口で話していた。


 これって友達になったと言っていいのかな。長年友達がいなかった俺に、死後の世界で魂の友達ができる。シュールだな。


 突然、空から光る物体がゆっくりと下りてきた。よく見ると人の形をしている。皆の前、高さ3m程の空中で止まると、光が弱くなり消えた。


 そこには白のロングコート姿の、30代中程に見える男がいた。銀髪オールバックの渋めのイケメンだ。その立ち姿は、人智を超えたような存在感があった。


「皆さん、天界遊技場へようこそお越しいただきました。私の名前はルマロス。皆さんが参加するヘブンゲーム『転生の3試練』の進行役となります。皆さんが希望する、剣と魔法の異世界への転生を可能にするゲームについて、説明をさせていただきます」


 宙に浮かぶ男――ルマロスさんは表情を変えず話を始めた。自分からはわりと距離が離れているのに、何故か声が良く聞こえる。


「まず、どうして異世界転生をするのにゲームの実施が必要になったか、理由をお話ししましょう。そこには、あなた方のような異世界転生を希望する格の低いダメ魂が、地球の日本国で際限なく生産されていることが関係しています」


 ルマロスさん、いきなり無表情で身も蓋もないディスり!


 話を聞いていた人達もざわめいている。


「あなた方ダメ魂には、怠惰や短慮、堕落に強欲というような、如何ともし難い性質が刻み込まれています。そのまま全員、何もせずに人として異世界転生させると、その世界に混乱と停滞を招くでしょう」


 如何ともし難いって! 無慈悲すぎる!


「そのため、困難なゲームに挑ませることで成長を促し、異世界転生に適した人の魂にする必要があります。人として異世界転生可能な魂の選別、及び救済がゲームの実施理由となります」


 話が進むにつれて、皆は沈黙して場が静まりかえった。


「チ、チートスキルはゲーム内でもらえるのでしょうか? 何か条件はありますか?」


 勇気のある誰かが質問した。


「私は皆さんの質問に直接お答えすることはありません。自分で考えて判断することも、ゲームの要素の一つです」


 感情無く淡々と述べるルマロスさん。


「私はゲームの全てを伝えるわけではありませんが、ヒントを含ませながら説明していきます。そのため良く私の話を聞き、その意味を考えて下さい。短絡的な行動は魂の破滅へとつながるため、慎重に判断することです」


 魂の破滅! 怖すぎる!


「皆さんがこれから挑戦するゲームは、ヘブンゲームと呼ばれています。その中でも、今回は異世界転生用の特別な内容となります。ゲームの参加者は、ソウルポイントを意味するSPを賭けます。勝者はベットした2倍のSPを得て、敗者はベットしたSPを没収されます。ゲームは計3回行なわれます」


 なるほど、SPが大事と。


「それでは、皆さんに配布されたSPを確認しましょう。ここからは、一つずつ私の指示通り進めて下さい。各自、自分の情報を見たいと強く思いながら、『ステータスウィンドウ』と言って下さい」


 周りの人達は興奮したように「ステータスウィンドウ」と言葉を発している。


 ≪ステータスウィンドウ≫


 そう呟くと、目の前に半透明の板が浮かび上がった。そこには俺のステータスが表示されていた。


名前:光木 開斗

種族:人間の魂

性別:男性

職業:

魔力:0/20

SP:6

取得スキル:

職業スキル:

境遇:


 うぅむ……空白が多いな。SPがさっき言ってたゲームの目的になるポイントだな。


 魔力の項目があるな。右側の20が最大値だとすると、左側の0は現在の魔力だろう。


「ステータスは今回必要と思われるものを表示しています。現在、皆さんは最初に6SP所持しています。こちらのSPを消費して、今後に役立つスキルを取得することが可能です。皆さんのスキルは、下界の『魔素』と呼ばれる粒子を体内で『魔力』に変え実行されます」


 ルマロスさんが「スキルを取得することが可能」と言ったあたりで、歓声が上がった。


「ようやく僕にもチートの時代が!」


「これで私もイケメンに囲まれるのね!」


「ふふふ、俺様の魔眼の力を取り戻す時がきたか」


「疼く、疼く、我の呪いの右手が業火を抑えられない」


 何か精神年齢のおかしい人もいる。


「取得可能なスキルの表示方法を説明します。まず、取得スキルの項目に目線を合わせて、心で選択を強く意識します。そうすると候補スキルウィンドウが出ます。そこで、自分が欲しいスキルを具体的に強くイメージして下さい。取得可能な場合は、スキル名と必要SP数が項目に現れます」


 まず取得スキルの項目を選択する。すると候補スキルウィンドウが出てきた。そこにはまだ何も表示されていない。


 俺は風の刃で敵を攻撃するスキルをイメージする。好きなアニメの主人公が使っていて、具体的に想像し易かったからだ。するとウィンドウに「風魔法Lv2 3SP」と表示された。


 へー、風の刃の攻撃はLv2になるんだな。3SPで取得可能と。


 そして、「風魔法Lv2 3SP」に視線を合わせ選択すると、取得するかどうかを聞くウィンドウが出てきた。


風魔法Lv2を3SPで取得しますか?

はい いいえ


 俺が「はい」を選択しようとした時、急にゾワゾワとした悪寒を感じた。


 ば、馬鹿か俺は。ゲームにベットするSPが減るだろ。魔力も0だし。それにルマロスさんはスキルを取得するような指示をしていない。


 俺はすぐに「いいえ」を選択した。


「タナカ、スキルは取っちゃ駄目だ。大丈夫か?」


 俺は慌てて横にいるタナカに声をかけた。


 どうやら他人のステータスウィンドウは見えないみたいで、どういう操作をしているかはわからない。


「ああ、今スキルを取るのはマズそうやな。オレの欲しいスキルも取れなさそうやし」


 何やら思案顔だったタナカが答えた。


 取れそうでも取るなよ……心配だな。


「ウォーターボール! 水球! ウォーターショット! ……どういうことだ」


「誘惑! 魅惑! 悩殺! なんで効かないのよ!!」


 愚かにもあちこちで取得したスキルを勝手に使おうとしている様子が見える。でも魔力が0のためか、今は使うことができないようだ。


「うわわわわー!! やめろー! 我を助けてくれー!」


 突然大きな叫び声が聞こえる。


 その方向を見ると、空中から生じた禍々しい黒い穴から、黒いボロボロの布をまとった人体の白骨のような化物が出てきた。化物は中年男性の首を掴み、黒い穴に引きずり込んでいった。


 あちこちで悲鳴が聞こえる。どうやら同様の災害が起きているようだ。


「な、なんや、どうみてもタダじゃ済まん感じやで」


 タナカと俺は恐ろしい惨状に息を呑んだ。


 しばらくすると、もう化物は出てこなくなった。周囲はへたり込んで泣き出したり、わけのわからない叫び声を上げる人などがいて、阿鼻叫喚といった有様だ。


 俺達は今起きたことが本当に現実なのかも理解できず、ただ震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る