第63話 営業妨害と害獣駆除

「テヴリ商会ザカリアなぁ……。面倒な奴に目ぇつけられてもぉたなぁ」

 なぜか物陰に隠れていたパティは、眉間にしわを寄せる。

「パティ、あの人知ってるの?」

「テヴリ商会はでかいからな。商人としては、まぁ、取引先としておいしいトコや。大量発注してくれるし」

「飲食店をいくつも経営してるって言ってたよね」

「飲食店っちゅーか、全部ショーカンやな」

「ショーカン……?」

「一階の酒場で散々飲ませて、二階に連れてって男女でアレがソレなやつや」

「!!」

 ようやく頭の中に『娼館』の文字が浮かび上がる。

(つまりは風俗店!?)

「ぇあ!? ちょ、ちょっと待って!? じゃあ、獣人の女の子を欲しがったのは、その用途で!? 男要らないって言ったのも、そう言う意味で!?」

「ま、そういうこっちゃな」

(ケモたちに、何させようとしてるのよ!?)

 たとえ女の獣人を作れたとしても、絶対に受け入れたくない。


 パティはため息をつきつつ、荷物を背負う。

「アリス、しばらくは魔獣人化させるんは禁止な。いつ、あいつらの手下に見られるか分からん。……付き纏われそうやからな」

「そ、そうだね。方法が知れたら『女を作れ!』とか言いだしそうだし」

「それもやけど、アンタ自身が珍しい人間やとバレてまうからな」

「え?」

 パティは顔を引き締め、私の鼻先に指を突きつける。

「実はウチも、鼠型魔獣ユズオム魔石ケントルにキスしてみたんや。せやけど魔獣人に変化なんかせえへんかった。これは、あんただけの特殊な力なんや」

「そうなんだ」

 てか、試してみたんだ。

「これがザカリアにバレてみぃ? 何させられるか分からんで? とっつかまって、牢みたいな場所に閉じ込められて、魔獣だけやなしにいろんなエグいもんにまでキスするよう、命令されるかもしれん。虫とか」

「ひぇ」

「えぇな、しばらくは魔獣人化禁止や。みんなも」

 パティは、こちらに耳を傾けていたレオポルドたちを見回す。

「アリスを守りや。ほんで、あんたらも攫われんように気ぃつけるんやで」



 パティの懸念は、間もなく現実となった。

「いらっしゃいませ」

 なにやら不穏な雰囲気を纏った客がやって来た。

「えぇと、ご注文は……」

「この店で一番美味いものを持ってこい」

(一番って言われても、好みとかあるし)

 困惑しつつも、とりあえず普段注文回数の多いものを作って出す。

「なんだこれは」

 口に入れた瞬間、彼らは味わいもせずわざとらしく吐き出した。

きたなっ!?)

「アリス」

 レオポルドがそっと耳打ちする。

「奴らから、ザカリアの匂いがする」

 なんだって!?

(じゃあ、あれはザカリアの指示?)


「素人のままごと料理かぁ? よくこれで店なんて名乗れるもんだぜ」

(ぐっ……)

 悔しいが、素人料理であるのは事実なので、言い返せない。

「こんなモンありがたがって食う奴の気がしてねぇな! なぁ?」

 嫌味たらしく言いながら、一人が食事を楽しんでいる他のお客たちの肩に手を掛ける。

「ちょっと! 他のお客様への迷惑行為は……」

「あーっ、大変なの!」


 コリンが突然声を上げた。

「イスが汚れてるなの!」

 言ったかと思うと、コリンはならず者が座ったままのイスを、軽々と持ち上げる。

「へ?」

「外で払ってくるなの!」

 ニコニコと笑いながらコリンはイスを持ち上げ扉から出ていき、ブンと振り回して男を放り出した。

「ぐぁっ!?」

「これでゴミが落ちたなの!」

「けけっ、面白れぇ!」

 ディーンがにやりと笑う。

 そして、客に絡んでいる男の側へ行くと、首根っこを掴んで引き剥がした。

「おい!?」

「お客さん、肩に糸くずがついてたんで取っとくぜ」

「え、あ、はい」

「おいコラ、てめぇ!」

 ならず者は凄むが、ディーンのパワーに敵うわけがない。

 ずるずると床を引きずられ、やはり扉の外まで連れていかれてしまう。

「質の悪い糸くずだぜ! ふっ!」

 ディーンは吹き飛ばすようなゼスチャーをしながら、先にコリンに追い出されていた男へカスハラ野郎を叩きつけた。

「あー、埃っぽいのがなくなって爽快だぜ!」

(あ、はは……)

 力こそパワー。

 腕ずくの無理やり解決だ。


「てめぇ!」

「ふざけやがって」

 男たちが立ち上がり、扉に向かって突進する。

 そこへレオポルドとセスが立ち塞がった。

「どけ、てめぇら!」

「……」

「客を店に入れねぇつもりか!?」

「いいえ。どうぞ、お入りください」

「通れるものならな」

 男たちはレオポルドとセスを押しのけようと頑張るが、二人はびくとも動かない。

 やがて息を荒げた二人は諦めたのか、毒づきながら帰って行った。


(はー、なんなの? なんで営業妨害?)

 これをやめてほしければ、自分の言う通りにしろ、と言うことだろうか。

(だから女子獣人メスケモはいないんだってば! ザカリア、腹立つなぁ……)




 こう行ったことが幾度か続いた。

 全てレオポルドたちが迅速に対応し、大事おおごとになることはなかったけれど。

(他のお客さんが完全にヒいちゃってる!)

 例え暴力的な被害が出てなかったとしても、ゴキがちょろちょろしているような状態だ。

 落ち着いて食事を楽しめる雰囲気でなくなったため、地元の客足は遠のいてしまった。


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