第54話 消えゆくディーン

「……あ、りす……」

 焦点の合わない目を、ディーンは細める。

「……っぱ、蜥蜴型魔獣ザーリッドは……強ぇわ」

 ディーンの体が、徐々に透けていく。

 ディーンの下にあるのシートのしわが見えるほどに。

「い、いやっ!」


 テントの中央では、レオポルドとコリンが蜥蜴型魔獣ザーリッドと熾烈な戦いを繰り広げていた。

「コリン! 蜥蜴型魔獣ザーリッドの石は右前足中央の爪だ!」

「わかってるなの!!」

 ギュオォオオオ!!と蜥蜴型魔獣ザーリッドの雄叫びが轟いた。



 私は半透明になったディーンの体を慌てて抱きしめる。

 ディーンの体越しに、自分の腕が見えた。

「嫌だ! 消えないでよ、ディーン!!」

「……へっ……」

「ディーン!!」

 私は無我夢中でディーンの額の石の傷へ唇を押し付ける。

(お願い! 消えないで、ディーン!)

 涙がぼろぼろとディーンの顔に落ちる。

 ディーンの後頭部を、私は幾度も撫でる。

 まだそこには柔らかな獣毛の感触が確かにあり、ぬくもりも伝わってくる。

 兵器である魔獣に死神の迎えなんてあるかわからないけれど、連れて行かれまいとその体を抱きしめる。

「だめだよ、ディーン。私、ディーンとこれからも楽しく暮らしたいよ! もっと一緒にいてよ!」

「……あ……り、す……。顔、ぐちゃぐちゃ……、やべぇ……笑う……」

 喉の奥で引っかかるような、ディーンの力ない笑い。

 私はもう一度、ディーンの魔石ケントルに唇を押し付ける。

(お願い! 割れないで……!!)



「アリス!」

 背後から私を呼ぶ声がした。

 振り返った瞬間、さすまたのようなものが私の喉元を押さえつける。

 それは蜥蜴型魔獣ザーリッドの鋭い爪だった。

「がっ!?」

 抱きかかえていたディーンが、私の腕の中から転がり落ちた。


 巨大な蜥蜴型魔獣ザーリッドはまるで恐竜だ。

 こちらに向かって大きく口を開き、珊瑚色のなまめかしい舌を見せている。

(あ……、セスだ……)

 こんな時だというのに、私の頭にはゲーム『けもめん』のキャラのことが浮かんでいた。

 限界を超えた恐怖が、理性を麻痺させてしまったのかもしれない。

(きれいな鱗……、セスそっくりだ……)

 こんな時だというのに、私は目の前の魔獣に魅了されていた。

 私を押さえつける爪すらオパールのように美しく思える。

(中指の爪だけ、紫色なんだ……)

「い……たっ!」

 じりじりと肌に食い込む爪の痛みに顔をしかめた時だった。

「アリス! 中指の爪! 紫色のそれが蜥蜴型魔獣ザーリッド魔石ケントルだ!」

(え……!)


 レオポルドの声に、私は手放しかけてた意識をかろうじて取り戻す。

 胸元に刺さる、紫の爪の光る指を両手でぐっと持ち上げた。

(これが、魔石ケントルなら……!)

 強引に首を捻じ曲げ、私は掠める程度の軽いキスをそこへ落とした。

 白い光が蜥蜴型魔獣ザーリッドを包む。

 やがて光の中で、そのシルエットが縮んでいくのが見えた。

(やっ、た……?)

 炎は容赦なくテントの中を舐め、やがて私の側にまでたどり着く。

 焙るような熱さに、私は気を失った。



(……あれ)

 目を開けば、見慣れた天井がそこにあった。

(ここは……)

「目ぇ覚めたか」

「パティ……」

(私たちの、家……)

 身を起こそうと体に力を入れる。

 その瞬間、体のあちこちにビリビリとした痛みが走った。

「いったぁあい!!」

「そらそうや。魔獣の爪痕に火傷やぞ。ホンマ無茶しよるわ」

 ゆっくりと起き上がり、体を見下ろす。

 服のトップスは脱がされ、素肌に包帯がぐるぐると巻かれていた。

 匂いからして、何らかの薬も塗られているようだ。

「……パティ」

「なんや」

「これ、いくら払わされるの」

「せやなぁ」

 パティが指を折りながら、3,4と小さく呟く。

 更にもう片方の指を立て7.8と続ける。

「って、ウチをなんや思てんねん!」

 ふいにパティはその仕草を止め、私の肩を手の甲ではたいた。

「痛いっ!」

「あ、ごめん。まぁ、今回金は取らんから心配せんでえぇ」

「え、怖」

「なんや? 言うとくけど、かなり高い薬使こたで? お望みやったらきっちり払わせんで?」

 パティのにんまりとした悪人面に、思わず唾を飲む。

「えっと、お手柔らかに……」


 その時、部屋の扉が大きく開いた。

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