第52話 見世物小屋の蜥蜴型魔獣

 扉の向こうから覗いたのは、鮮やかなオレンジ色のポニーテール。

「パティ!?」

「うぉ、一人増えとるやん! アリス、また産んだんか」

「産んでないし! じゃなくて、帰ってきたの!?」

「なんや、帰ってったらアカンのかい」

「違うよ、思ったより早かったから。お帰り!」

「運が良かったんや。海まで行かんでも、プレックをぎょうさん溜めこんでる店見つけてな」

 言いながら、パティはリュックをテーブルに下ろし、中から昆布の束を取り出す。

「ほいよ。そこでも使われずに棚の奥で眠らせてたみたいやから、根こそぎ買い取って来たったわ」

「え、すごい量。ありがとう!」

「海から来た行商人から買ったはえぇものの、使い方わからんまま放置しとったんやて」

「そう言う人、結構いるのかな。勿体ない」

「えぇやん、知られてへん方が。コレから極上の味が出ると知られてしもたら、誰もかれもが使い始めて、アリスの料理が珍しくのぅなってまう」

「それは困るよね」


「ほんで」

 パティはディーンを見た。

「この新人君は、なんちゅう名前なん?」

「あ、この子ね。ディーンだよ」

「ディーンか。ウチはパティや、よろしゅうなディーン」

「ケッ」

 ディーンは反抗期丸出しで、パティの差し出した手を無視する。

「んだよ、このブス」

「おぉん!? 誰がブスや、このちんちくりん! べっぴんさんに失礼やぞ!」

「変な言葉、何言ってるか分かんねぇよ! バーカバーカ!」

「バカ言う方がバカやって知らんのかぃ? バーカバーカ、ウルトラバーカ!」

 大人げなく、ディーンと同レベルでやり合うパティに笑ってしまう。

「またにぎやかになりそうだな」

 肩をすくめるレオポルドに、私はうなずいて返した。




「そうそう。道中、けったくそ悪いモン見てもうてな。参ったわ」

 パティは、夕飯の魚の天ぷらにがぶりと噛みつく。

「けったくそ悪いもの?」

「おん。見世物小屋の中でな、ザーリッドが虐待されてたんや」

「ザーリッドって?」

「爬虫類型の魔獣や」

 私は息を飲んだ。


「言っとくけど、ウチらにとって魔獣は今でも敵やで? 人間に害を及ぼす討伐対象や。せやけどな、あれはアカン。見てられへんかった」

「何を見たの?」

「魔獣て、魔石ケントル砕かんと消滅せぇへんやん? それをえぇことに、逃げられんようにガチガチに繋ぎ止めておいて、興行主も客も一緒になって、刺したり斬ったりやり放題やったんや」

「……!」

 私はレオポルドをふり返る。

「あの、今更だけど、魔獣って痛みは感じる? それとも石を砕かない限り平気だったりする?」

「いや、痛みはある。すぐに塞がるため、刹那のものだが」

(痛み、一応あるんだ……)


「ウチが見た時もそうやった。斬られても目の前で傷は塞がってしまう。そしたらまた同じ場所を傷つけられるんや。あの魔獣、来る日も来る日も、終わらん苦痛を味わわされとるんやろうな。蜥蜴型魔獣ザーリッドの雄叫びと、客の下衆な笑い声が、今も耳にこびりついとるわ」


 私はフォークを下ろす。

 食事が喉を通らなくなってしまっていた。

「アリス、大丈夫なの? 顔色悪いなの」

「……ん」

「っと、悪い悪い。食事中にする話やなかったな」

「……ううん」

「しっかし、レオらと付き合ぉてるうちに、ウチも魔獣を単純に敵として見れんようになってしもたなぁ。アリス、アンタのせいやで?」

「……うん」

 冗談めかしたパティの口調にも、私は気の利いた言葉を返せない。


「……その子、助けてあげられないかな」

 ようやく私が絞り出した言葉に、パティは眉をしかめる。

「助けるて? 興行主の手から奪い取って、野に放つんか? それはアカンで。人を襲うようになる」

「じゃあ、魔獣人に変えて、ここで引き取るのは?」

「気持ちは分かるけどな、あの興行主もアレでおまんま食っとるんや。趣味の悪い仕事やけど、飯のタネを奪う権利はウチらにはない」

「買い取る、とか」

「向こうとしては商売道具を手放すんや。まぁ、何百万カヘ積んでも売ってくれるかどうかやな」

「……だよね」

「出来ることなら……」

 隣から、寂しげな低い声が聞こえて来た。

「いっそ、この手で石を砕いてやりたいものだ……」

(レオポルド……)

 魔獣の立場としては、やはり終わりのない苦しみから仲間を解放してやりたいのだろう。


 だが、このしんみりした空気の中、ただ一人目を輝かせた者がいた。

蜥蜴型魔獣ザーリッドの石を砕く!? それ、オレにやらせてくれよ!!」

「ディーン!?」

「オレ、蜥蜴型魔獣ザーリッドとは一度やりあってみたかったんだよなぁ!」

 言ったかと思うとディーンは椅子を蹴って立ち上がり、大股でパティへ近づいていく。

 そして、ビーチボールでも扱うかのように、パティを小脇に軽々と抱えてしまった。

 千切れんばかりに尻尾を振り回しながら。

「へ?」

「行くぜ! 案内しろよ、その蜥蜴型魔獣ザーリッドんとこに!」

 言ったかと思うと、ディーンは扉を突き破り外へと飛び出していった。

「おわぁあぁああああ!?」

 パティの雄叫びが暗闇の中、遠ざかっていった。

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