第51話 絶賛反抗期のナマイキ君

 まだ夜も明けやらぬ、かはたれ時。

 扉の開く微かな音を、布団の中の私の耳は拾った。

(……パティ?)

 ぼんやりと霞む意識の中で、私は同室の商人の名を頭に浮かべる。

(……あれ? 待って?)

 パティは主張中で、今、この部屋を使っているのは私だけのはずだ。

(じゃあ、そこにいるのは誰……?)

 枕元に、人の気配を感じる。

 こちらの様子をじっとうかがっているようだ。

(誰? レオポルド? 強盗? まさか幽霊!?)

 怖くて目が明けられない私へ、相手がスッと身をかがめて来た。

 ずる、と布団がずらされる。

(え、ちょ!? 何!? 夜這い!?)

 レオポルドだろうか。

 初期に比べてスキンシップ足りてないから?

 いや、案外積極的なコリンの可能性もある。

 というか、強盗だったらヤバくないか!?


 そんなことを考えつつ身をこわばらせていると、相手は私の頭の両隣へドンと激しく手をついた。

(ぎゃあ!?)

「いい加減、目を覚ませよ、アリス」

 その声に、私はびくりと目を開く。

 息もかかるほど近く、額に蜂蜜色の石を頂いた柴犬に似た顔があった。

(壁ドンならぬ、ベッドン!?)

「ディーン、どうしてここに?」

「目が覚めちまったんだよ」

「そう。……で、何をしているの?」

 ディーンはべろりと舌を舐めずる。

「なんか、体が疼いて興奮して仕方ねぇからよ」

「!?」

「今すぐ俺を魔獣狩りに連れてけよ、アリス!!」

 ディーンは牙を見せ、ニィと笑った。



 心臓に悪い目覚めの後、何とかディーンをなだめすかし、日が昇るまでは我慢させた。

「ハッハァ! 今日はどんだけぶちのめしてやろうかな!」

 私たちを先導するように街道を進む彼は、嬉々とした表情で物騒な言葉を吐いている。

 だが、尻尾をブンブン振り回している様子はちょっと可愛い。

 散歩を待ちきれなかったワンコと言ったところだ。


 ここ数日、私たちはディーンと共に新体制で魔獣討伐を行っていた。

 ディーンは好戦的というゲームの設定そのままに、見事な成果を出してくれた。

 ただ士気が高すぎて、魔獣の気配をわずかでも感じ取ると、弾丸のように突進してしまう。

 依頼を受けていない魔獣にまで飛び掛かっていくこともしばしばだった。

(それ、他のハンターさんが依頼受けてるかもしれない魔獣~っ!)



「ディーン、少し速度を落とせ。アリスがついて来れない」

 レオポルドの言葉に、頭の後ろで手を組んだディーンは面倒くさそうに振り返る。

「ハァ? なんでオレがのろまに合わせなきゃなんねーんだよ」

 魔獣人の先輩であるところのレオポルドからの苦言すら、彼の耳には届かない。

(しかし、本当にゲームのディーンそっくりだな)

 このヤンチャぶり、実はユーザーには結構人気だった。

 私も、ゲームで見慣れている姿なので、特に腹が立ったりはしない。


 だが先輩その2は、ディーンのこの態度がいたく癇に障ったようだ。

「……ディーン、生意気なの」

 いつもあざと可愛いコリンの目が、スッと獣の色を帯びる。

「今、アリスのことのろまって言ったの。ちょっと思い知らせてやらなきゃなの!」

「いいよ、コリン。私、気にしてないし」

「おっ? やんのか、コリン。いいぜ!」

 コリンの闘気に反応し、ディーンは嬉しそうにトットットッとステップを踏む。

 その尾は元気よく凛々と立ち上がっていた。

よえぇ魔獣をぶちのめすだけじゃ、物足りなかったんだよな。来いよ、ホラ」

「アリスの部屋に押し入ったことも許せないの! ぬけがけなの! 一度、立場を思い知らせてやるなの!」

 コリン、私情入りまくり!

「二人とも、やめ……」


「いい加減にしないかッ! コリン! ディーン!」

 レオポルドの大音声に、一触即発の様相を呈していた二人はびくりと身をすくめ、動きを止めた。

「アリスを困らせるようであれば、この俺が容赦せん!」

(あ、レオポルドが珍しく「俺」って言った! いつも「自分」なのに。 感情的な時は「俺」って言うんだ、いいな、こういうの)

 心の中で密かにはしゃぐ私を振り返り、レオポルドは頷く。

「疲れた時はすぐに言ってくれ。自分がアリスを抱いて運ぼう」

「あ、はは……。ありがとう」

 姫抱っこしてくれるだけなら、この言葉は大歓迎なのだが。



(疲れた……)

 今日も自由奔放に動くディーンに振り回され、疲労困憊で帰宅する。

「チッ。暴れ足りねぇぜ」

(あれだけ魔獣を狩ったのに!?)

 ディーンはふてくされて、椅子にドカッと腰を下ろし足をぶらつかせる。

「……ご飯作ろっか。コリン」

「任せて。手伝うなの」

「レオポルド、ディーン、洗濯物取り込んできて」

「承知した」

「やだね」

 反抗期真っ盛りの新入りのふてぶてしい態度に、レオポルドはペリドット色の目を冷たく細める。

 そして無言でディーンの首根っこを掴むと、ずるずると引きずりながら表に向かって歩き出した。

 レンガ色の犬型魔獣人は、足をばたつかせながら叫ぶ。

「ちょ、離せよ! ざっけんなオッサン!」

「オッサンじゃねーわ!」

 レオポルドが口を開くより先に、私が反射的に叫んでしまった。



 レオポルドがディーンを連れて、店の外に出ようとした時だった。

 指がノブに触れるより先に、扉が開いた。

「えっらい賑やかやな。外まで声響いとんで」


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