第44話 懐かしい顔

 食事を終えると、魔石ケントルハンターたちはそそくさと店から出て行ってしまった。

「なんやせわしないなぁ。もっとゆっくりしてけばえぇのに」

「うん……」

(そうだ)

 私は、レオポルドたちがかつて、隠れていたパティの物音を全部拾っていたことを思い出した。

「レオポルド、今出て行ったお客さんたちの声、聞こえる?」

「あぁ」

「今、どんな会話してる?」

 レオポルドは彼らが去って行った方向へと耳を向ける。

「『魔獣の前で食事してるようで、落ち着かなかった』『そっちに気を取られて、味がよく分からなかった』、……だそうだ」

(あぁ……)

 ある程度は予想していたが、やはりそう簡単ではないようだ。

 パティは、珍しい味で人を呼べると言っていたけど、肝心の味が伝わっていないのは痛かった。



 それから数日間、客は全く来なかった。

 店の前を通りかかる人の足音は聞こえるものの、すぐに歩き去ってゆく。

 大通りに面していない奥まった場所にある店なので、この店のためにわざわざここまで足を運んだと考えていい。にもかかわらず、みんな素通りしてしまう。

 一度、ケモ達に、通り過ぎた人の会話を拾ってもらったが、「ここがあの店?」「店員がおかしな仮面をつけた」「聞いたことない料理の」、といった内容だった。



「最初に来た客らが、あまりえぇ噂を流してくれんかったみたいやな」

 パティがテーブルに、ぐてぇと突っ伏す。

「なんでやー。絶対当たるとおもたのにー」

「……」

 ここには冷蔵庫がない。作った出汁は毎日廃棄しなくてはならなかった。

「私たちはそろそろ、魔石ケントルハンターの方で稼いだ方がいいね」

「せやなぁ」

 カフェイベントの限定衣装そっくりのレオポルドとコリンを心行くまで拝めたことで、私の中では食事処を経営すること自体への熱が冷めつつあった。

 彼らを地域に馴染ませたい気持ちは、勿論あったけど。

 私たちは『金の穂亭』で兎型魔獣ラティブの出現情報を見つけるたび、コリンと共に現場へ赴き、完全な形の魔石ケントルで稼ぐ生活を続けた。



 そんなある日のことだった。

 不意に店の扉が開き、魔石ケントルハンターと思しき一団が入ってきた。

「ここだろ、変わった店員がいるって噂の……、うわ!?」

 客はレオポルドたちを見て声を上げた。

「い、いらっしゃいませ……」

 彼らの反応に、つい引け目を滲ませた反応をしてしまう。

 その時だった。

「あれ? あんたは!」

「え?」

 店に入ってきた一行に見覚えがあった。

 かつてユール平原で、雑炊を振舞った人たちだった。

「あんた、ジョナスが一目惚れした、上手い飯を作る人! 確か、名前はアリスだっけか」

 微妙な覚えられ方をされてしまっているようだ。

「お久しぶりです、えぇと……」

「やー、ほんと、久しぶり! あ、俺の名前はチャドね」

「いらっしゃいませ、チャド。それから皆さん」

 チャドたちは店内を見回す。

「なんか、魔獣の仮面付けた面白い店員のいる店があるって噂で聞いてさ。まさかそれがアリスの店だったとは」

「はは……」

「でも、それなら飯の味は保証されてる。なっ!」

 パーティーメンバーがうんうんと、頷きあった。

「ん? てことは、あそこに立ってる二人は」

 チャドは、レオポルドとコリンに再び目をやる。

「宿であんたと一緒にいた、フードを被った大男と少年だったりする?」

「は、はい」

「なんだよー、不気味とか怖いとか噂されてたけど、大丈夫そうじゃん」

 不気味とか怖いとか言われていたのか。


「注文どないします?」

 パティの声に、チャドたちは席に着く。

 コリンがメニューを手渡すと、彼らは興味深そうにそれを眺めた。

「前に俺が食ったの、どれ?」

「このだし茶漬けと、こっちの鶏塩鍋にご飯入れたものなの!」

「へー、せっかくだし今日は別のを食ってみるか。店員さん、一番うまいのどれ?」

「アリスのご飯はどれも美味しいの! 特にボクが好きなのは親子丼なの!」

「なら、そのオヤコドンってやつお願いしようかな」

 他のメンバーも口々に注文をする。

「アリス、親子丼二つに、塩おでんとかき揚げなの!」

「わかった!」

「店員さーん、ここってお酒ないの?」

 レオポルドがリストを持って客席に向かう。

「この三種類から選んでくれ」

「おっ、今度はクバル豹型魔獣・フェテランさんか。本物にお目にかかったことはないなー。んーっと、酒は馴染みのあるものばかりだな」

(すみません、さすがに日本酒を手作りする技術も知識も設備もありませんでした!)



「やー、やっぱり美味うまかったわ。アリスの飯!」

 食事を終え、ひとしきり談笑した後にチャド達は立ち上がる。

「ジョナスにも食わせてやりたかったな」

「アリスが店を始めたと知れば、実家の店を放り出して飛んでくるんじゃない?」

「確かにな!」

(はは……)

 お断りしてしまった立場としては、気まずいのであまり顔を合わせたくない。

「そうだ、アリス。携帯食ってこの店にある?」

「携帯食?」

サンドイッチニシュドカみたいなもんだ。外で気軽に食えるやつ」

「あぁ、それなら」

 私はお好み焼きを一つ作って見せる。ちょっと固めに焼いたものをさっと切り分け、試食として彼らに振舞った。

「こういうので良ければ」

「美味い! やっぱりこの味、好きだわ!」

 チャドが顔をくしゃくしゃにして笑う。

「そのオコノミヤキ? 人数分頼む」

「わかりました」


 この時にチャドたちに渡したお好み焼きが、この店の知名度を大きく上げることになるなんて、この時の私は想像もしていなかった。


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