第39話 小さな埃だらけの建物

「アリスの料理か」

「あれは最高に美味しいなの! 元気もりもりなの!」

 レオポルドとコリンが、目を輝かせ身を乗り出した。

「いや、私、調理師免許持ってないし。完全に素人なんだけど!」

「なんやねん、チョーリシメンキョて」

 どうやらこの世界に、調理師免許は存在していないようだ。

「ウチはまだ食べたことないから何とも言えんけど、こないだ、あんたの料理の腕を欲しいてプロポーズしてきた奴おったやん?」

「いたね」

 一瞬、レオポルドの髭がピクリと動いたが、あえて見なかったことにする。

「つまり、胃袋を掴むだけの腕前はあるっちゅーことや!」

「う~ん……」

「見たことのない店員が接客して、見たことのない珍しい料理が出る店! 異質を極めてしまえば、逆に行ける気がする! 商売人としての、ウチの勘や!」

「……」

「ほんで、それをきっかけに周囲に馴染んでいけば、レオらも生きやすくなるんちゃうやろか?」


 私はパティの言った内容を、頭の中で反芻する。

 そして、ようやく心を決めた。

「やる……!」

「よっしゃあ! よぉ決心した!!」

 自分の店を持てば拠点が手に入る、宿に泊まらなくていい、荷物も置いておける。

 それ以外にも、メリットを見つけたのだ。

(レオポルドたちに、ご飯を作ってあげられる!)

 以前、彼らは言っていた。

 私の作る料理だと、少量でも腹が満たされ、力が漲ると。

(自由に使える調理場が手に入るのはいいかもしれない)

 まだ、彼らが皆に受け入れられるかどうかは、不安だけど。



「っちゅーわけで、今日からこれがウチらの店や!」

 私が店をすると承諾してわずか数時間後。

 魔石ケントルハンターの仕事を終えて戻ってきた時、パティはすでに物件を見つけ購入していた。

「早くない!? 見つけるのも買うのも!」

「ウチの人脈のなせる技やなぁ。あちこち聞き回って、使つこてへんっるい店があるて教えてもろたんや」

 パティのこういうところは、やはり舌を巻かざるを得ない。

「なんや持ち主も、いろいろ持て余しとったらしくて、格安やってん」


 それは西の街グランファのはずれの奥まった区域の、更に奥まった場所にあった。

 閑散としていて、辺りに人通りはほとんどない。

 目の前にあるのは、打ち捨てられたような小さな二階建ての建物。

「ボロいね……」

「もう数年も、手入れしとらんらしいからな。」

 妄想していた「獣人ホストクラブ」の煌煌きらきらしいイメージとは、ずいぶんかけ離れていた。

「しゃーないやん、今のウチらではこれが限界やったんや」

「そう、だね」

 購入費用は、パティと私で折半すると初めから取り決めていた。

 おかげで、例の完全な魔石ケントルで手に入れた大金の殆どは、この大きな買い物に消えてしまった。

「もうくろなってきたから、中にはいんのは明日でえぇよな? 明日は皆で、大掃除やで!」



 ――翌日。

 鍵を開けたパティに続き、私たちは購入した建物に足を踏み入れた。

「けほっ!」

 コリンが咳き込む。

室内は天井から蜘蛛の巣がぶら下がり、差し込む光の中ではキラキラと埃が舞っている。

放置されたテーブルやイスが、床に乱雑に転がっていた。

「このテーブルなんかは使えるのかな?」

「おん。古なっとるけど、割とえぇ木を使つことるみたいでな。叩いてみたけど大丈夫そうや。二階のベッドも枠の部分はそのままいけそうやで」

 どうやらこの物件も他の酒場と同じく、一階が飲食店エリア、二階は宿泊エリアになっているようだ。

「確かここぉた時に、掃除道具は店の中に残っとるって……」

「あれか」

 部屋の片隅にまとめられていたホウキやバケツを、レオポルドが見つけてくる。それらも蜘蛛の巣が絡み、埃がうず高く積もっていた。


 私たちはそれぞれ道具を手に取り、建物の掃除に取り掛かる。

「キッチン周りは、責任者になるアンタがやった方がえぇやろ。ウチは二階をやってくるわ」

「分かった。あとは……」

 レオポルドとコリンに目をやる。二人とも、私の側にいる気満々の顔つきだ。

(だけど、二階部分をパティ一人に任せるのは大変だよね)

「レオポルド、二階でパティを手伝ってきてくれる?」

「!」

(そんなショック受けた顔しないで)

 今後キッチンを主に使うのは私と、私の欲しい食材を自動翻訳で探し出してくれるコリンになるだろう。

 であれば、ここを一緒に掃除するのはコリンが適任だ。

「二階は、ベッドの古いマットを捨てて、新しいマットをセットする必要があるんだって。だから、腕の長いレオポルドが適任なんだ。お願いできる?」

「……そう言うことであれば」

 不承不承と言った顔つきだ。

 ふと気配で背後をふり返ると、コリンが得意げな顔をレオポルドに向けていた。

 全身で「アリスに選ばれたのはボクで~す」と主張している。

 やめなさい、煽るのはやめなさい。

「レオポルド、頼りにしてるね」

 そう言うと、ようやくレオポルドは微かに笑い、きしむ階段を踏みしめながら二階へと上がっていった。

(ふぅ……)


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